22.圧倒的戦力差
戦闘能力に差があっても倒す術はある。
長期戦になってしまえば不利になるため、最初の一撃を不意で放ち仕留める。不意を完璧に防げる存在は多くない。
入口から見て左に壁に張り付いてジェーンは拳銃を構える。スミス&ウェッソンモデル500と呼ばれる回転式拳銃。小説やアニメによく登場するほど有名な拳銃だ。
何の細工もしていないが、不意であればある程度の怪我を負わせることができるだろう。
反対側ではボムがいつでも拳を振りかぶれるように構えている。2方向から同時に攻撃すれば、より一層傷を負わせる成功確率が上がる。
耳を澄まし、目を凝らし、神経を張り巡らせて、標的が入ってきたタイミングで的確に発砲する。
和服姿で眼鏡をした青年は、飛んでくる銃弾に左腕を伸ばし、顔と右腕はボムの顔をしっかりと捉えていた。
放った銃弾は左手で受け止められた。ジェーンは相手は不意状態ではないと悟り、とっさに距離を取ろうと離れて位置へ移動を開始する。
ボムの拳を恐れず前に踏み込んだガイアは、きっちり右肘を曲げてボムの顎めがけて下から突き上げるようにパンチを繰り出す。
格闘技をしたことがあるものなら、綺麗にアッパーカットが決まったと思うことだろう。
脳が揺れると吐き気や目眩を起こしたり、気絶や死亡することもある。魔術師の場合、魔術が解除されたり魔力がうまく制御できなくなったりする為、脳震盪を対策することは魔力を持ってしても難しい。
立っていることがやっとな状態のボムをガイアは決して逃さない。頭を鷲掴みにすると、そのまま勢い良く地面に叩きつけた。
脳震盪を起こしていなければ生きていたかもしれない。ガードがままならない状態で、コンクリートにめり込むほどの威力で叩きつけられ、ボムは即死だった。
マリとジェーン、ボムの誰もが生きて帰れると思っていた。倒せなくても逃げてどこかで生き延びることは出来ると願っていた。
ジェーンは生きるために必死に頭を動かす。
不意ではなかったとしても、片手で軽々と銃弾を受け止める者はそうそういない。圧倒的なほどの戦力差がある場合か、相手が人ではなかった場合はその限りではない。
相手の戦術や癖を把握してマリに繋げば、彼女だけでも生き延びることができるかもしれない。
どちらにしても普通の銃では刃が立たない。
腰に下げていたサバイバルナイフを取り出して強く握りしめる。あまり意味がないかもしれないが、気持ちの拠り所になるだろう。
ジェーンの拳も蹴りも、ガイアにとっては大したことはない。躱して隙を見て、右手で腹を思い切り突き上げるように殴る。あとは先程同様にコンクリートに叩きつけるだけだった。
血にまみれてしまった右手を眺め、ガイアは小さくため息をつく。
最近あった見張られている感覚やヨルから聞いた話から考えて、相手が“蒼月”であることは分かっていた。その為、強い相手を配置されていると思っていた。
蓋を開けてみれば下級兵士が配置されていた。
“蒼月”の目的は誘拐ではなく、相手の戦闘データの入手。戦闘の痕跡や兵士の死体が手に入れば、最低目標は達成される。
これらのガイアの推測は当たっている。
しかし、どこの組織にも所属していない彼にとっては、“蒼月”の思惑はどうでも良かった。自分の主人に手を出したことへの怒りをぶつけられるなら誰でも良かった。
あえて足音を立てながら階段を上っていくと、3階にたどり着いたところでユノとレナに出くわした。ガイアはとっさに血がついた右手を背中に回した。
2人は手を繋いで階段を駆け下りていたようで、少し息が上がっている。
このまま廃ビルを脱出したいと思う2人を、ガイアは止めざるを得ない。進めば死体を目撃することになってしまう。
どうすべきか思考しているとユノの目に涙が滲む。床にストンと座り込む。極度の緊張状態で今まで泣かない努力をしていたユノだったが、安心できる顔を見て緊張の糸が切れた。
「見張りが...急に上に...それで......」
泣き叫んでもおかしくない場面で、彼女は必死に状況説明をしようとしていた。
安心させようと、ガイアはユノの目線に合わせるように屈む。左手でそっと頬を撫でると、深呼吸をして目を合わせてくれる。
「いいですか2人とも。絶対にこの場から離れないでください。下にも上にも行ってはいけません、わかりましたか」
ゆっくり頷くユノを確認し、レナに目を向ける。彼女もユノのそばに座り寄り添って小さく頷いた。
腰が抜けている状態のユノが勝手に下に行くことはないだろう。
ガイアは安心して立ち上がり、上に向かって歩き出した。