21.生き延びると信じている
いつの間にか気絶していたようで、レナが目を開けると廃ビルの中にいた。
体を起こし、周囲を見渡す。近くには誘拐犯の女が1人立っているくらいで、他には何もなかった。ユノがいないと思っていると後ろから声をかけられた。
「起きたんだね、良かった」
振り返ると横座りをしたユノが微笑んでいる。心配をさせまいと、無理をして微笑んでいることはすぐに分かった。右手が少し震えている。
レナはユノの目の前に移動し、質問をする。
「ねぇ、誘拐犯は1人だけだった?」
彼女は問いかけに対して首を横に振る。
「あと2人いる。入口の見張りをしろってあの女の人が指示してた」
「なるほど、1人だけならどうにかならないかな」
気絶しなかったユノは、今の発言と同じことを考えた事があった。
考えた末、実行には移せなかった。
1つ目は誘拐犯が1人で自分たちの見張りをしていること。何か行動を起こしてもどうにかできる自信があるのだろう。もしも出口まで行けたとしても、残りの2人を相手にする必要がある。
2つ目は廃ビルであること。武器にできるものや目眩ましにできるものがない。銃を持っている相手に丸腰で挑めというのか。遮るものが何もない為、自身の運動神経が物を言う。ユノは運動には一切自信がなかった。
最後は人気が無いこと。車が通る音や笑い声がほとんどしない。運良く外に出れても助けを呼べるのか。車に乗せられた後、荷物はどこかに捨てられてしまった。公衆電話や交番にたどり着くか、人に会えるまで捕まらずに走れるだろうか。
そういえば最近誰かに助言をされたことを思い出して、ユノは眉を潜めた。肝心な部分が何も思い出せない。
互いを安心させ合う女子高校生を眺め、マリは内心苛立っていた。
今回のターゲットであるユノという女子高校生には、魔術がかけられていることが予め伝えられている。誘拐されたことが魔術をかけた者に知られれば、襲撃してくる可能性がある。
人の多い場所なら襲撃されても大技を繰り出されずに済むかもしれない。人気の無い場所ではある程度の戦闘が想定される。
また、“蒼月”の本部に直接連れて行かない理由を聞かされていないこと。おそらく“蒼月”が直接襲撃される可能性を防ぐ為と思われる。戦闘ができる者が多い“蒼月”が警戒している点を注意しなければならない。
ジェーンとボムには戦闘になる可能性を伝えて、出入り口で見張りをさせている。相手の力量が分からない中でも生き延びるくらいのことができると信じている。
“蒼月”は魔力を扱える者が偉いという思想があり、使えない者に対する扱いは人権がないに等しい。
もともと3人は同じ孤児院育ちだった。ある日、“蒼月”が孤児院を襲撃し、大人は殺害され、子ども達は実験体として連れ去られた。
後天的に魔力を埋め込み扱えるようにする実験の末、3人は生き延びる結果になった。
しかし、実験結果は“蒼月”にとって芳しい結果ではなかった。
求めていたものは魔術師の誕生。3人は自身の体を強化する程度しか扱いこなせなかった。そのため、“蒼月”からの扱いは暗殺や誘拐をこなす下っ端だった。
それでも人権のなかった日に比べたら自由があり、理不尽な暴力を振るわれることもなく、安定した生活を送れていた。
これからもこの生活が続くと信じていた。
足元が揺れ大きな音が響き、マリは現実に意識を戻した。