16.魔術基礎講義 その2
魔力とは何か。
最初にされる質問で、研究者にとっての永久の課題である。
現在分かっていることはあまり多くない。生き物全てが所有している生命エネルギーの総称。魔力が無くなっていくと生き物は弱り、いずれ死に至る。生きるために必要なエネルギー以上に所有している者を、歴史では魔女と呼び恐れ迫害していた。
判明していることはそれだけである。
魔力が生命のどこからどのように生み出されているのか。全く解明されていないため、生命エネルギーの総称として解釈している。
本当に生命エネルギーという側面しか持ち合わせていないのだろうか。
魔力を使い現象を起こすことを総称して魔術と呼んでいる。
魔術は歴史の中で開発され、そうして現代では衰退している。要因としては、研究者が減った事と実際に使う魔導師が減少している事が挙げられる。
「魔力を自分の体から遠いところで正確に使う。これが難しいんですよ。実際、第1戦闘部隊は体の強化にしか使えない連中ばかりだし」
ユエの言う通り、魔力を正確に使うことが難しい。
魔術を使う方法がいくつも存在する。どれを使っても正確性が重要視される。
正確性を高めるため、詠唱や札、踊りなどを使う必要が求められる。無言呪文というものも存在するが、正確性がより一層求められる。
魔力の量でゴリ押しという形で魔術を実行することも可能ではあるが、戦闘中でないかぎりは求められることはない。
「戦闘中に詠唱してくる魔術師がいたら警戒するべきというか、止めるべきだと思ってますよ」
魔術師の魔法1つで戦況がひっくり返ることは、戦場ではよくある話。
「“女王の蛇”は魔術師を育成してる。あそこが敵対したら...いや、どこも敵対したら厄介だけど」
「“女王の蛇”は女王次第だが、何をしてくるか分からないという点で厄介なのは“天使の教会”だと思っている」
ユエの発言にヨルが付け加えた。
女王という存在を崇拝する“女王の蛇”は、女王次第でどう動くか決まってくるため、予測がある程度できる。
“天使の教会”は普段は普通の宗教団体だが、「神のために命を捧げろ」と言い出すことがある。その為、想定していないことを急に始める可能性が高い。
ここまで聞いたキヨマサは元気よく手を挙げて、大きな声で発言する。
「はいはーい。さっきから出てきてる女王ってなんですかー」
しばらくの沈黙の後、ヨルが口を開いた。
「世界でたった1人。世界の理を壊し滅ぼせるといわれているほどの魔力を持った存在。女王が亡くなると数年後に再び生まれるとされている。彼女の持つ魔力は特殊で、本人に自覚がない時は膨大な魔力をほとんど感知できないそうだ。“女王の蛇”は女王を崇拝し、対する“天使の教会”は神に反する者として敵対している。覚醒前の女王を把握する術はあるが...」
キヨマサは眠くなったようで、あくびを始める。
「魔力の感知に非常に優れた者の勘に近い」
魔力の感知が優れたお陰で目が見えずとも誰がどこにいるかわかるユエのように、秀でた人物が自身の経験上から理解する。圧倒的な魔力の持ち主であると。
現在の女王はユノであるとヨルは確信している。
彼女が一般的な平穏な日常を送れるように願っている。ガイアも同じように思っていると信じている。
ガイアはユノが女王であることに気がついているのだろうか。彼の魔術の知識や手際の良さから、かなり腕の良い魔術師であると考えられる。気づいているが、彼にはユノが何者であっても関係なく、主従関係という仕事を果たすだけなのだろう。
「まぁざっくりとした基礎知識ですね。本当にざっくりとしたやつ。さて、僕がなんで全盲なのに見えているかのように動き回っているのかという話ですね。魔力は生命エネルギーです。誰でも持っているんですよ。よく漫画とかでみる気配とか気を読むとかってやつをやるんです」
感覚を説明することは非常に大変だ。しかも彼は訓練してできるようになったというよりも、目が見えないから身についたものだ。理屈や理論を説明することは難しいのだろう。
「気配がわかるとこんなこともわかるんだ。扉の向こうに『あぁ、遅刻しちゃって入りにくいどーしよ』と困っているコウがいることとか」
この言葉を聞いてヨルは素早く立ち上がり、速歩きで扉へ向かい、勢い良く開けた。
扉が突然開いたことに驚いたようで、コウは小さな悲鳴をあげた。同時に胸ぐらを掴まれ、どこかへ引き摺られていった。
ミーティングルームでは数人から笑みがこぼれた。
「じゃあ、きりが良いからここまでにしようか、お疲れ様でした」
終わりの挨拶を適当に交わし、参加者全員が部屋を出るまで椅子に座っていようと決めたユエ。元気で大きな声で「ありがとうございました」と挨拶をするキヨマサに会釈をする。
人事部を通して比較的まともな方法で採用された最年少メンバー。
2人を使ってヨルは自分の後釜を作りたいのだろう。第1戦闘部隊はヨルへの絶対的信頼から成立している側面が強く、後釜作りは苦労するように見える。
しかし、戦闘員全員が頭を使う業務を一切したがらない為、書類業務をやってくれるなら喜んで隊長になってもらおうとするだろう。
「ユエ隊員、質問してもよろしいでしょうか」
思いにふけていると、調査隊のモモが話しかけてきた。すっかり部屋はこの2人だけになってしまったようだ。
「答えられるものならいいですけど」
「気配が読める人の中でもかなり腕の良い者は心情も察する事ができると、聞きました」
「......」
調査隊は魔術の知識が並み以上にある者を寄せ集めて作られている。基礎講義はあまり役に立たないと思っていたが、彼女の目的は講義ではなくユエと2人きりで接触するだと悟った。
「ヨル隊長の心情もわかるんですか」
「...あー、あの人のファン?」
真面目に質問した。愛想は悪いが、顔がいいヨルには女性ファンが多い。少しでもお近づきになりたいという意図かと思ったが、モモの声色が若干低くなって返事がきた。
「違います」
「ふーん、あのさ、もしもわかったとして言うわけないでしょう。人の心なんて」
「...では質問を変えます。第1戦闘部隊ヨル隊長には、心があると思いますか」
言いたいことがわからずに口を半開きにしたまま、モモに顔を向ける。表情を知りたくても、当然見えない。
「...“自動人形”だという噂がありますが」
「君は噂程度を信じるのか」
声色が低くなるユエに対してモモは一切動じなかった。揺るがない気配に何か言っても無駄だと察し、ユエは大きくため息をついた。