14.空っぽなおとこ
“名もなき組織”は科学と魔術を組み合わせることを得意とするため、科学部門が設立されている。多くの研究員や魔術を学んだ者が集まり、新しいものを作ったり解析を行ったりしている。
今日は戦闘員のコウから箱が持ち込まれた。正方形の30センチメートルの赤いプレゼントボックス。
黄色のリボンで装飾された箱はコウの自宅前に置かれていた。プレゼントをしてくれるような優しい知人もいい子のために来るサンタクロースにも心当たりがなかった彼は、中身をみることなくそのまま職場に持ち込んだ。
科学部門の研究員はコウが箱を持っているところをみて、「もらう相手などいないだろうに」と呟いた。
この箱がコウの自宅に置かれていたことがわかると大声で騒ぎ立てる。
「GPSがついていたらどうするんだ!!捨ててくるのが常識だろうが」
そう言いながら研究員達が箱を奪い取り、外側を回しながら確認する。好奇心には叶わないようで、解析したいようだ。
何の変哲もないただの箱で、宛先すら不明。手に持ったことで箱が軽いことに気がついた研究員達は、資料まみれのテーブルに置いた。
騒いでいるとコウを探しに来たであろうケイが入室してきた。研究員達が箱を眺めながら何か話している中、躊躇うことなく箱のリボンを解き彼は蓋を開けた。
ケイの小さな悲鳴が聞こえ、コウは箱の中身を覗き込んだ。中には大きな蜘蛛が入っている。
あまりの恐怖に蓋を持ったまま動かないケイを無視して、コウは箱に手を入れる。中にいる蜘蛛には触れることができず、手をすり抜けていく。本物ではないようだ。
研究員達も箱を覗きまた何か話し始める。
「ケイ、大丈夫だから箱閉じようぜ」
声をかけられてハッとしたケイはそっと蓋を閉じた。
閉じられた箱を、次は女性研究員が近づいてきてそっと開ける。後ろにひっくり返りそうになる女性研究員。コウは慌てて腕を掴んで転ぶことを阻止する。
箱の中を覗くと、何かのキャラクターらしきクマのぬいぐるみが入っていた。所々に血が付着していて不気味なクマ。コウは躊躇うことなく手を入れる。やはり触れないようだ。
女性研究員はこのクマの説明をしてくれる。
「ゴールデンベアー...ほ、ホラーゲームに出てくるクマなんです。私そいつに失禁するくらい驚かされて」
「いや、そこまで言わなくても」
コウはそう言いながら、女性の代わりに箱を閉じる。
女性が失禁したエピソードを赤裸々に話したことよりも、研究員達は中身が変わったことに興味を示す。箱を開け閉めしながら、中身がどのように変化するか確認をする。
中身に関するリアクションやエピソードから「怖いものや苦手なもの」ではないかと推測が立つ。
自分の苦手なものが蜘蛛であると箱にバラされたケイは、コウの方を向く。
「コウは開けないの?」
「別にいいけど心当たりねぇな」
髪のないスキンヘッドを触りながら、左手で蓋を開ける。コウはしばらく中身を眺め、次第に険しい顔へと変わっていく。中身が何であるかを認識するまで時間がかかったようだ。
「これ、処分しておいたはずなんだけど」
「へぇ~なになに」
中身を覗き込むとコウが大慌てで蓋を勢いよく閉じる。挟まりそうになりケイは咄嗟に後ろに下がった。陽気な印象が強いコウが慌てふためくほど見られたくないものが入っていたようだ。
「そんなに嫌だったのか」
「...いや、まぁ別に。...いや、見られたくはないな」
歯切れの悪い返事を返す。
「怖いものというか死んでも見られたくないもの、なんだけどな俺は」
研究員は恐怖は人それぞれであると語る。物に対する恐怖や事象に対する恐怖など色々ある。それら全てを何かしらの形で表すことができるようだ。
「見られることに恐怖を感じれば怖いものなんじゃないか」
他者から知られたくないものに恐怖を抱くことは当然である。
「手紙に見えたけど」
狙撃手として目が非常にいいケイには見えていたようで、あっさりと中身をバラした。中身を読まれなければ慌てる必要がないと思った為、口にした。
言われた方は顔を真っ赤にしている。何がそこまで恥ずかしさや恐怖を生んでいるのか分からないケイは、首をかしげてみせる。
見られたくないものをバラされて同じような被害者を作りたいと思ったコウは、スキンヘッドに手を当てる。どこかにいい人はいないだろうか。
ちょうどそこに面白い人物が現れる。普段無表情で生活しているヨルだった。
科学部門の部屋がうるさくて気になって入室してきた彼は、すぐにコウの餌食になった。腕を掴まれ引きずられるように箱の前に立たされる。
「隊長、この箱開けてください!!」
「は?」
無表情な彼の深層に何があるのかに興味を抱く研究員達は、一斉に集まって箱とヨルを囲い始める。全員無言で見つめている。
何もわからないまま、断れなくなったヨルは箱の蓋を開けて覗き込む。
中身は空っぽだった。
「で、開けたんだがこれはなんだ」
「コウ、思い切り閉じたときに壊したんじゃないか」
ケイから事の経緯を説明される。
説明されてやっと状況の理解ができたヨルは、小さく頷く。
「なるほど。コウ、お前、ストーカーでもいるのか?引っ越した方がいいんじゃないか」
もしもストーカーの仕業だとすれば、普通のストーカーではないだろう。気持ち悪いと感じるような場面だが、コウは大笑いしながら反論した。
「爆弾仕込まれるような恨みは買っても、好意は貰ったことないなぁ!!」
自分で言って悲しくなったようで、大きなため息が漏れる。
「まぁ、大丈夫です。何かあっても殺し切る自信はあるんで」
引っ越しの心配はないと答えた。引っ越し費用な組織が出してくれることになっているが、彼にとっては部屋の片付けをしなきゃいけないことが面倒だった。
「わかった。そう言うなら無理強いはしない。この箱は低脅威用の物品管理室に保管していけ」
言い残して隊長が退室したあと、研究員達は一斉に話を開始し、部屋が先程以上にうるさくなる。
恐怖対象が何かの事象で箱の処理能力を超えてしまったのではないか。または空っぽと言う状態は正常動作で、何かを表現しようとした姿ではないか。もしくは記憶に残っている恐怖しか正常に表現ができず、トラウマなどで記憶にない場合はバグが起きるのではないか。
研究員の熱が入り、その場に居づらくなった2人はその場をあとにした。