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13.そうめん同好会

 蒼月所属の女を目の前にして敵前逃亡したという謂れのない噂が流れた為、コウはどこにいても肩身が狭い思いをしていた。

 比較的仲の良い事務職担当の男たちに囲まれ、弄られた時は殴り飛ばしたい気分にさせられた。理由のない暴力行為を行えば隊長からお仕置きをされるため、何もできなかった。

 社員食堂のカウンター席でメロンソーダを飲みながらふてくされる。

 海外出張から戻ってきたケイと食事に行こうと思っていたが、例の事件とその後の事後処理でできずにいた。少し高い良い店を予約していた為、ひどく落ち込んでいる。

 自分の右隣にウインナーコーヒーを持ったヨルが座る。乗っかったクリームをコウは見つめる。

 

「隊長って甘党なんすか」

「どちらかといえば。お前はメロンソーダか」

「食堂のおばちゃんになんでもいいって注文したらくれた」

 

 ここの社員食堂は材料が厨房にあればなんでも作ってくれる。その為、メニューを見て注文する人はほとんどいない。互いに持っている飲み物を飲み終えると、ヨルが話の続きを始めた。

 

「今日、夜、飯にいかないか?」

「えーやだな」

 

 唇を突き出して文句を言うとヨルが肩をすくめる。

 

「ケイは行くって言ってたぞ」

「さーせん、行きます」

 

 午後7時にエントランスホールで待ち合わせをすると、コウはスキップしながら席を離れていった。

 何を食べるためにどこに行くという話は一切していない。コウはケイがいるから一緒に行きたいだけなのだろう。

 現在午後4時。ヨルは社員食堂を離れ、時間を何で潰そうか悩みながら、エントランスホールのソファーに座る。誰かが片付け忘れた英字新聞がテーブルに置かれていた為、読んで過ごすことにした。首脳会談や野球選手がホームランを打った話など、彼にはあまり興味が沸く話題ではなかった。

 退屈しのぎをしていると、予定より10分早く2人がやって来た。

 上機嫌なコウに対して鬱陶しい顔をみせるケイ。仲が良いことは喜ばしいことだ。この2人は任務で良くペアを組むため、顔を合わせるたびに喧嘩をされるわけにはいかない。

 

「たーいちょー。行けるっすよ」

 

 満面の笑みを浮かべるコウを無視し、ヨルはスマートフォンを弄る。何かの準備を終えるとスマートフォンを左手に持ったまま立ち上がり、空いている右手を差し出す。

 

「手、出して」

 

 何も説明がないまま言われるがままに、2人はヨルの右手にを添える。手が添えられたことを確認して、ヨルはスマートフォンの画面を1回タップする。

 視界が一瞬で暗くなり、気がつくと暗闇の中に一軒の小さな店が現れた。のぼり旗には「だし巻きたまごはじめました」と書かれている。

 転移魔術で移動したことを理解した2人は、ヨルの手を離し周囲を見渡す。眼の前の建物以外は何もなく暗闇が広がっているだけだった。

 

「隊長、魔術使うなら言ってくださいよ!!心臓に悪い」

 

 コウは声を荒げるが、ケイは非常に冷静に周囲を観察する。

 

「ここは魔術で出来た空間や結界か何か、かな」

「さぁ、入るぞ」

「無視かよ、クソッタレ隊長」

 

 引き戸を開けると、5席ほどのカウンター席がある小さな飲食店になっていった。

 バンダナを巻いた男と小柄な女性が出迎える。

 3人は会釈して席についた。

 

「ヨルさん、珍しいですね人を連れてくるなんて」

「あぁ、そうめん3人前とお持ち帰りでだし巻きたまご1つ」

 

 男にヨルは慣れた様子で注文をして、席についた。

 理解が追いついていなかった2人だったが、ここがそうめん同好会であることを察して席についた。

 バンダナの男は2人を見て丁寧に挨拶をする。

 

「はじめまして、ここはそうめん同好会第1店舗です。私は店主をしてます」

 

 そうめん同好会は自分たちのそうめんの食べ方を追求し、正統出汁つゆ派、ラー油でピリ辛派、カラフル麺党などの多くの派閥が生まれた。そのため、派閥争いが耐えない。

 結果として各自で店を持って、己のそうめんを広めるために奮闘している。

 この店舗は最初にそうめん同好会として構えた店で、そうめんを多くの人が食べてほしいというスタンスで経営している。持ち込みは自由で、材料さえあればメニューにないものも作ってくれる。入店方法は携帯電話に特定の番号を入力し、通話することで今回のように転移される。

 そうめん同好会の簡単な説明が終わると、小柄な女性がお茶を3人分提供してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 ケイは挨拶をしながら受け取ったが、違和感を感じて眉をひそめる。失礼な顔をしてしまったと思い返してすぐに微笑んで取り繕うとした。

 店主は気にしていないどころか、ケイを見て笑みを返した。

 

「さすがヨルの部下ですね」

「え?」

 

 ケイは驚いた顔を見せる。

 

「彼女は自動人形なんですよ、名前はラン」

 

 ランはニコッと笑ってお辞儀をした。

 自動人形であるという確信がケイにあったわけではない。ただ、普通ではないと思っただけであった。

 人間と遜色のない人形に衝撃を受けていると、ランが3人前のざる蕎麦を出してくれた。

 

「俺、ぜーんぜんわかんなかった。可愛い子だなぁくらいな」

 

 そうめんを食べながらコウは呟いた。

 

「ケイの方が気配を読むのは上手いからな」

 

 ヨルはそう言うが、2人は別のことを考えていた。

 人間と区別がつかない人形が作れる技術力がすでにある。区別がつかないだけであればいい。

 何かしらの指令が下った人形が世界にばら撒かれたら、どうなるだろうか。その指令が暴力行為を有するものであったら、パニックは避けられない。区別がつかないから事前に原因を取り除くことができない。

 そうめん同好会が、そうめんにのみ興味を向け続ける確信など何処にもない。

 考えを巡らせていたせいで、そうめんの味がわからなかった。

 食べ終えて「ごちそうさま」と挨拶をすると、店主が店の出入口を指差す。

 

「店を出ると強制的に転移して、元の位置に戻されます。壁ばどぶち破って出ないでくださいね。その場合の保証はありませんから」

 

 壁を破って出ていく発想は全くなかった。過去にやった人物がいたのだろうか。それともただのジョークだろうか。

 ヨルは「先に出てていいぞ」といい、お持ち帰りで注文しただし巻きたまごを待っているようだった。

 2人は顔を見合わせてから、店主へ会釈をして店を出ていった。

 視界が暗くなり、気がつくとエントランスホールに立っていた。壁掛け時計が目に入り、おおよそ店に1時間半滞在していたことに気がつく。

 コウは髪のない頭を掻いた。

 

「どー思います、ケイさん」

「どうもこうも、あれは仕事でしょ。自動人形があそこまで進化してるんだぞっていう」

 

 この組織も研究は行っている。自動人形も研究対象であるが、組織のトップ層から研究禁止の指示が出ているためお目にかかる機会がない。

 他の組織の技術力が危険レベルに達しているのであれば、知識として入れておく必要が出てくる。

 普通に食事が出来ると期待していた2人からしたら、非常に迷惑な話である。

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