仲間
「信じられないわ」
「俺もだ」
学園の休みの日、ヴェネットの住む屋敷に訪れたオーランドが自分の身に起きた出来事について話して聞かせてくれた。
驚いたことに、彼も魔女に命を救われ、呪いを受けたのだと言う。
オーランドが“魔女のきまぐれ”で命を救われたのは今から3年ほど前。
彼は生まれつき身体が弱く、体調を崩しては寝込む生活をずっと続けてきた。
3年前、体調が急激に悪化したオーランドは、医師からもう長くはないと言われてしまう。
自室のベッドに横たわり意識が朦朧としていたとき、突然彼の前に魔女が現れた。
魔女はヴェネットの時と同じように命を助けることができるが、代償が必要だとオーランドに話した。
『代償って?』
『呪いだ。命を助ける代わりに最愛のものに嫌われる呪いをお前は受けることになる』
オーランドは即座に「構わない」と答えた。
身体が弱く、長年、屋敷の中だけの生活をしてきたオーランドにはもちろん家族のことは愛していたが、他に最愛と呼べる存在がいなかったからだ。
もしこの先、婚約者や恋人ができたとしても、今まで1度も恋をしたことがないオーランドはそこまで相手に溺れることはないだろうと思った。
魔女の力で命を救われたオーランドはその後、本人も驚くほど回復し、普通の生活が送れるようにまでなった。ちょっとしたことで寝込んでしまうこともなくなり、貴族の子が通う学校にも通い始めた。
半年後オーランドに婚約者ができた。
笑顔の可愛い、優しい少女だった。
一緒に過ごしているうちにオーランドはどんどん彼女のことが好きになった。
そして、魔女の呪いことなど忘れかけていた頃、呪いが発動した。
呪いはオーランドから表情を奪った。
婚約者の前では無表情、どちらかと言えばむすっとした顔しかできなくなってしまった。
『オーランド様、もしかして何か怒っているの?』
『ち、違うんだ』
突然自分だけに無愛想になったオーランドに婚約者の彼女は悲しんだ。
オーランドがいくら否定しても、その無愛想な表情のせいで信じてもらえない。
オーランドは彼女を悲しませたくない一心で彼女の前でだけでなく、他の、家族の前でさえ同じように無表情でいるように心がけることにした。
―――
――――――
「だんだん無表情で、すべてのことに無関心を装っていることに疲れてきたんだ。結局彼女との関係もギクシャクしたままで。自分を偽っていることも、これ以上彼女に嫌われることも怖くなって、逃げるように留学してこの国に来たんだ」
「そうだったんですね」
「ただ、無表情で過ごすことに慣れすぎて、彼女のいないこの国でそうする必要はないのに表情がうまく出てこないんだ」
少し悲しそうにオーランドが言った。
なんと言葉をかけていいのかヴェネットが思案していると、オーランドが先に口を開いた。
「それでヴェネット嬢の方は呪いが解けたのか?」
「え、ええ。テオドール様に婚約解消されて嫌われた瞬間に解けたみたいです」
「そうか。…それは辛かっただろう」
「えっと…」
「最愛の人に嫌われる怖さはわかっているつもりだ。よくひとりで耐えてきたな」
「そんなことは、…っ…」
「……ヴェネット嬢、これ使って」
オーランドがヴェネットにハンカチを差し出した。いつの間にかヴェネットの両目から涙が溢れ落ちていた。
今までヴェネットと同じような経験をした者に出会ったことなどなかった。だから魔女の呪いについて話すこともできなかったし、仕方がないと思っていたけど、孤独だった。
オーランドはヴェネットが泣き止み、落ち着くまでただ静かに待っていてくれた。
「ありがとうございます。オーランド様。ハンカチ、きれいにして返します」
「気にしなくていい。あと敬語は使わないでほしい。君と俺は言わば同じ経験をした仲間なのだから」
「仲間…なんだか、嬉しいです。ずっとこんな呪い私ひとりだけだと思っていたから」
「俺もだ」
2人で考えた結果、どうやら“魔女のきまぐれ”の同じ経験者だったら魔女のことも呪いのこともこうして制限なく話せるらしい。オーランド以外にはやはり今まで通り魔女のことは話せないままだった。
「…不躾なことを聞くが、ヴェネット嬢は元婚約者のこと諦めないのか?」
「ええ、まだ学園を卒業するまでは諦めないつもり。婚約者は無理でも友だちのように話せるようになりたいって思っているの」
「君は、強いんだな」
「強くなんてないわ。テオ……テオドール様に素っ気ない態度をとられるとやっぱり落ち込むし…でも、それでもまだ諦められないの」
「そうか…」
「オーランド様は婚約者とのことどうするの?」
「俺は…まだわからない」
来年にはオーランドも学園を卒業して国に戻らなければならない。そうすれば婚約者の彼女のことをずっと避けるわけにもいかず、顔を合わせなければならないだろう。
いつまでも逃げてはいられない…でも…
暗い気持ちで俯くオーランドにヴェネットが言った。
「ねえ、私たちお互いを応援することにしない?」
「え…?」
「魔女の呪いのこと相談できる唯一の仲間だもの。お互い、頑張りましょう!」
「あ、ああ。よろしく」
張り切ったように顔の前で握りこぶしをつくるヴェネットに気持ちを和まされ、オーランドは久しぶりに少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「そうだ。オーランド様、この本読んでほしいの」
帰り支度をするオーランドにヴェネットがひとつの本を差し出した。
「原住民についての本だね。ヴェネット嬢、興味あるの?」
「実はテオドール様に私とあなたがマイサー族に興味があって話が弾んだって言ってしまって。嘘だとばれて彼にまた呆れられたくないから申し訳ないけどあなたにも覚えてほしいの」
「……なんだかよくわからないけど、覚えとくよ」
オーランドはヴェネットのよくわからない頼みを快く引き受けてくれた。
同じ経験をして出会ったのがオーランドでよかったとヴェネットは心から思った。