え?
「最近あまりテオドール様に話しかけないのね?諦めたの?」
「そうじゃないけど。いろいろ迷惑かけちゃったからしばらく大人しくしてるの」
野外活動の一件以来ヴェネットは挨拶以外でテオドールに話しかけるのを自重していた。こちらから話しかけると、だいたい迷惑そうに視線を逸らされる。自業自得なのに、そんな態度をされることもだんだん辛くなってきた。
それでも可能な限りテオドールの行動を観察したり、最近は図書室で勉強するテオドールの近くにさりげなく座ったりはしている。
あとは女生徒避けに彼が昆虫おたく(嘘)だと広めたりする程度だ。
そうハンナに話したところ「貴女、結構やばい女ね…」と若干引いていたけど。
本日の放課後も、ヴェネットは本を探すふりをしながらテオドールが図書室にいないか探していた。しかし残念ながら、今日は彼は来ていないようだった。
意気消沈しつつヴェネットが図書室を出ようとしたところで留学生のオーランドと出くわした。彼の手には分厚い本が数冊。
「オーランド様、お怪我は大丈夫ですか?よかったらその本、私がお持ちします」
前回の野外活動でオーランドは足を踏み外したヴェネットを庇って肩や腰に怪我を負っていた。
「ヴェネット嬢、もうすっかり良くなったから心配しなくても大丈夫だ」
「怪我が良くなってよかったです。その節は本当にご迷惑をおかけしました」
そのまま流れで、図書室を出てなんとなく2人で歩いていく。
ふと、窓から外を見ると校庭でテオドールが友人とフロレーラと談笑している姿が見えた。
(私もあんな風に友人の1人として話せる日が来ないかな…)
いつもの調子でついついテオドールの姿を眺めてしまう。
「………」
「彼が気になる?」
「あ、すみません」
「元婚約者同士だったよね?」
「そうです…私が悪くて婚約解消になってしまったんです。優しい彼に甘えてずっと冷たい態度をとっていて、愛想を尽かされたんです」
「そうなんだ。君が彼に冷たい態度をとるなんてなんだか想像がつかないな」
今年度から留学してきたオーランドはヴェネットがテオドールに冷たい態度をとるところを見たことがないのだ。
「どうしてそんな態度をとってしまったの?」
「それは、魔女の呪いのせいなんです」
「え……?」
「―――え?」
(ど、どうして話せたの??!)
ヴェネットは驚き、反射的に口元を手で覆った。
魔女の呪いについて、ヴェネットは今まで何度も誰かに話そうとしたが、その度に口が開かなくなり、1度も話すことはできなかった。魔女の力で呪いについて話すのを制限されているのだろうと思っていた。
目の前でオーランドも驚いたように目を見開いていた。
「ヴェネット嬢ちょっといいか?」
「はい…?」
オーランドは少し慌てたようにヴェネットの腕を掴むと、どこかへ連れていく。
◇
「おい、あれヴェネット嬢とオーランドじゃねえ?放課後に一緒にいるなんて仲がいいんだな。あれって手繋いでる?」
スコットが渡り廊下を歩いていくオーランドとヴェネットを見つけ、テオドールに話しかけた。
「…………」
◇
いつの間にかヴェネットはオーランドに連れられて人気のない校舎の裏庭に来ていた。
(大人しく着いてきちゃったけど大丈夫だよね…?)
そこでやっとこちらに向き直ったオーランドが声を出す。
「ヴェネット嬢は魔女の呪いにかかっていたことがあるの?」
「え、ええ。12のころ魔女に命を救われて、その代償に呪いを受けたの」
「…俺も…」
「…え?」
「俺もなんだ!」
ヴェネットの手をガシッと掴んでオーランドが言った。いつもは無表情でどちらかというとクールな印象の彼が、すごく真剣な顔をしている。
ヴェネットはごくりと息をのんだ。
「オーランド様も…?」
「何をしてるんだ?」
声が重なる。やって来たのはテオドールだった。
ヴェネットの手を握りしめたままのオーランドを見て眉をしかめる。
「令嬢の手をそのように不躾に握るのは感心しないな」
「あ、すまない。ヴェネット嬢もすまない」
「い、いえ」
テオドールに指摘され慌ててオーランドはヴェネットから手を離した。
「「「………」」」
3人の間に気まずい空気が流れる。
「じゃあ、俺は帰るよ。ヴェネット嬢また話そう」
「ええ。………」
オーランドが去った後、テオドールが口を開いた。
「留学生とずいぶん親しくなったんだな」
「あ、ええ。野外活動のグループも一緒だったし。…それに共通の話題で話が弾んで…」
「共通の話題?」
「魔―――、ま、マイサー族。そう、国境の付近の原住民のことについてお互い関心があったりして」
「へえ。……僕には一度も話してくれたことないのに…」
ぼそりとテオドールが言った言葉はヴェネットには最後まで聞き取れなかった。
「…え?」
「なんでもない。日も暮れるから君もそろそろ帰った方がいい」
「そうね…」
どうしてこんな人気のない場所にテオドールが来たんだろう、とか、ひょっとして偶然ヴェネットとオーランドの姿を見て、それで心配して来てくれたのだろうか、とか。
いろいろ思考がぐるぐるしたが、相変わらず素っ気ないテオドールの態度から何か期待しては駄目だとヴェネットは自分自身に言い聞かせた。