野外活動(2)
野外活動当日。
残念ながらハンナは体調不良で学園を休んでいた。そのため5人となったが、グループは順調に学園に隣接する森にて課題の植物を採集していた。
残るは2つ、それぞれ水辺と岩場が生息地の植物だった。
「時間短縮になるから二手に分かれようか?」
それぞれの植物の生息場所が離れているので、時間短縮のためテオドールがグループを2つに分けることを提案した。
「あっ、じゃあ私は―――」
テオドールと一緒に行きたいとヴェネットが発言する前に――
「僕はフロレーラ嬢と水辺の方に行くからスコットはオーランドとヴェネット嬢と岩場の方を頼めるか?」
「オッケー」
「わかった」
男子の方が了承したため、ヴェネットも仕方がなくそれに従った。
合流場所を決め、二手に分かれる。
テオドールとフロレーラが水辺の方へ進むのをヴェネットはつい未練がましく見てしまう。
「残念だった?テオと行動できなくて」
ヴェネットの様子に気がついたテオドールの友人、スコットが尋ねる。
彼は入学当初からテオドールの仲の良い友人だった。そのため、ヴェネットがずっとテオドールに冷たくしていたのもよく知っている。
「そんなことないわ」
「テオから聞いたよ。今さら仲良くなりたいなんて言ったんだって?どういうつもり?」
「言葉通りよ。今までの態度を反省したの」
「今までのことテオに悪いと思っているなら、もう構わないであげたらどうだ?彼に今度こそ優しい彼女ができるよう応援すべきだ」
『優しい彼女』という言葉に勝手に胸がズキリとする。
「…今はまだできそうもないわ」
「ふーん」
岩場にたどり着くと、ゴツゴツした斜面の少し高い場所に課題の植物が見つかった。
「足場が悪いから俺らが採ってくるよ。ヴェネット嬢はここで待ってて」
「ええ、お願いします」
植物は小さな白い花を咲かせていた。
先日の図書室でのテオドールとフロレーラの会話を思い出す。
(たしかテオが好きだと言っていた植物だっけ)
周囲を見渡すとヴェネットでも岩を少しのぼれば採れそうな位置にもうひとつ同じ植物が生えていた。
テオドールに渡せば喜ぶかもしれない。ヴェネットはこっそりと岩のでっぱりに足をかけてのぼり、手を伸ばす。
必死に手を伸ばし、あともう少しで植物に届きそうというとき、岩に生えている苔に足を滑らせてバランスを崩してしまう。
「きゃっ」
(しまった)
まわりはゴツゴツとした岩ばかりの場所、倒れれば怪我は間違いない。
「あぶない!!」
地面に倒れこむ寸前に駆けつけたオーランドがヴェネットの身体を覆い、一緒に倒れこんだ。
「オーランド!ヴェネット嬢!大丈夫か!?」
スコットが慌てて走り寄る。
「ご、ごめんなさい!」
オーランドを下敷きにした形になったヴェネットは慌てて起き上がり身体を移動させた。
彼が庇ってくれたためヴェネットは身体を岩にぶつけることもなく痛みもなかった。
「いてて」
オーランドの方はヴェネットの代わりに岩に身体をぶつけてしまい、肩と脇腹を痛めてしまった。普段は無表情の彼が痛みに顔を歪めている。
「オーランド大丈夫か?立てるか?」
「ああ、なんとか。すまないが肩を貸してくれ」
その後、なんとかグループの合流場所に戻るとすでに待っていたテオドールたちも負傷したオーランドに驚く。
「スコット、悪いが先に行って先生にオーランドが負傷したこと伝えてくれ」
「わかった」
スコットが走って学園に戻っていき、テオドールが代わりにオーランドに肩を貸す。
「オーランド、まだ歩けそうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「本当にごめんなさいっ」
ヴェネットは再度深く頭を下げ謝罪する。
オーランドは「気にするな」と言ってくれたけど、グループの空気は微妙なままでいたたまれない。誰も責めてこないことが余計に堪える。
「取りあえず、学園に戻って早く治療してもらおう」
テオドールがオーランドに肩を貸して歩きだし、その隣を心配そうにフロレーラがつく。
申し訳なくていたたまれなくて、迷惑をかけてしまったヴェネットは後ろからとぼとぼとついていく。
しばらく歩いたところで、ヴェネットは自分の右足首に痛みを感じ始めた。気を張っていて気づかなかったがどうやら岩から滑り落ちた時に足首を挫いてしまったみたいだ。
だが、とても足が痛いなどと言える空気ではなく前を行く3人との距離は徐々に広がっていった。
当然だが誰もヴェネットを振り返る余裕はもってなかった。
右足首の痛みはどんどん強くなり、とうとうヴェネットは痛みに耐えきれずしゃがみこんでしまった。
前を行く3人は気がつかない。
もうあとはこの一本道だし、ひとりでも学園に戻れそうだと、ヴェネットは道端に座り少し休むことにした。
見上げると木々の隙間から空が見えた。
(………ほんとに何をやっても空回ってばかりだな)
じわっと涙が滲む。
(そろそろ戻らなきゃ…)
しばらく休んだヴェネットは木の幹に寄りかかりながら立ち上がる。まだ痛みはあるが、ゆっくりなら歩けそうだ。
その時、向こうから誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「何やってるんだ!」
走ってきたのはテオドールだった。とても急いで戻ってきてくれたようで息があがっている。
「あ、ごめんなさい。足が痛くなって少し休んでいたの」
「どうしてすぐに言わなかったんだ」
「…これ以上迷惑をかけるのが申し訳なくて…」
テオドールは大きくため息を吐いた。
「歩けそう?」
「うん、ゆっくりなら歩けると思う」
「仕方がない。のって」
「えっ!でも…」
ヴェネットの様子を見たテオドールはくるりと背を向けるとしゃがんでみせた。
「いいから、早く。みんな心配してる」
「ごめんなさい」
ヴェネットはテオドールの言葉に甘えて背にのせてもらう。
「ひとつあれば十分だったのにどうして植物を採ろうとしたんだ?」
「テオが…テオドール様が好きだと言っていたからプレゼントしたら喜んでくれると思って」
「いらない。こんなことになるのは本当に迷惑だし……もう2度とやめてくれ」
「…はい。ごめんなさい」
それ以降テオドールは無言でヴェネットを背負ったまま歩く。
前を向いて歩くテオドールがどんな顔をしているかわからないけど、きっと心底ヴェネットのことを呆れているのだろう。
大好きなテオドールに迷惑をかけたい訳じゃないのに。ヴェネットの行動はいつもテオドールを不機嫌にさせてしまう。きっとヴェネットが距離をとれば済むことなのにまだ諦めがつかない。
どうやらヴェネットは自分で思っていたよりも、もっとずっとテオドールのことが好きだったようだ。