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野外活動

 



 ある日の休み時間、ヴェネットは渡り廊下を歩くテオドールを呼び止めた。


「テオドール様、これよかったら食べてください」

「これは?」

「調理実習でクッキーを作って、上手くできたんです。レーズンが入ってて」


 テオドールは昔からレーズンのクッキーが好きだったはず。だから実習でクッキーを作ると知ってヴェネットは急いでレーズンを用意した。

 好物ならテオドールも断らず受け取ってくれるかもしれない。


「いらない」

「え…?」

「君は()()()()()()みたいだけど、レーズンは苦手なんだ」

「えっ、嘘。だって昔は…」

「昔好きだったものが今も好きだとは限らないだろ?」


 テオドールは小さくため息を吐くと向こうへ行ってしまった。



(いつの間に好みが変わってたんだろう…)


 テオドールの好みでヴェネットが知る数少ないもののひとつだったのに。


 小さい頃好きだったものが嫌いになったり、その逆のこともよくあることだ。けれど、仲は良くなかったけど婚約者として長年近くにいたのにこんなことも知らなかったことが地味にショックだった。


(今回も失敗か――)

 ドンッ


「キャッ」

「あー悪い。ごめん!」


 その場にポーッと立っていたヴェネットと通りがかった男子生徒の肩がぶつかり、弾みで手に持っていたクッキーを入れた紙袋を落としてしまった。

 ぶつかった男子生徒はそのまま友人と行ってしまう。残されたのはヴェネットと地面に落ちて紙袋から出て、割れたクッキー。


(片付けなきゃ)


 しゃがんでクッキーの欠片を拾い集める。


「手伝うよ」

「あ、いえ、大丈夫です」

「2人でやったほうが早いよ」


 声をかけてきたのは同じクラスの背の高い、藍色の髪の男子生徒オーランド。たしか隣国から来た留学生だった。


 結局片付けを手伝ってもらったヴェネットはぺこりと頭を下げる。

「あの、ありがとうございました。また何かお礼させてください」

「これくらいなんでもないよ」


 彼は教室でもひとりでいることが多く、たまにクラスメイトと話していても無表情でクールな印象を持っていた。でも話してみると案外親切な人なのかもしれない。




 ◇




「じゃあ、皆さん6人組の班を決めてください」


 今月の野外活動の授業はグループで取り組む。

 どうしてもテオドールと同じ班になりたかったヴェネットは先生の班決めの合図と同時にハンナの手を掴むとテオドールのもとにむかった。

 ハンナは「強引ね」と呟いていたけど大人しくついてきてくれた。



「一緒の班にならない?」


 テオドールのもとには彼の友人と、最近彼らと一緒にいるのを見かける転入生の女生徒フロレーラがいた。

 転入してきたばかりで知り合いのいない彼女に優しいテオドールはよく話しかけている。



 ヴェネットに誘われたテオドールは友人と顔を見合せ困惑した表情をしていたが、そこに留学生のオーランドが「俺もいれてくれないか?」と来たことで、ちょうど6人のグループになったので了承してくれた。



―――

――――――




「ヴェネット嬢、少しいいか?」


 休み時間、珍しくテオドールが話しかけてきた。そのまま人気のない廊下までついていく。その先には教室があるが、使用頻度の少ない空き教室だった。



「ヴェネット嬢、どういうつもりだ」

「どうって?」

「僕はこの前もうこれ以上関わらないようにと伝えたはずだけど」


 テオドールは必要以上に関わってほしくないと言ったのに野外活動のグループにわざわざ誘ったことを咎めているのだ。


「あ…でも、クラスメイトでしょ?同じグループになるくらい普通だと思うわ。それに、いろいろあったけど私はあなたと友人のようになりたいと思っているの」


「僕にあんなに冷たくしてたのは君なのに、今さら都合が良すぎないか?僕は君と仲良くなりたいと思わない。もう構わないでくれ」


 そう言うと、テオドールはすぐに去っていった。


(本当に嫌われてしまったわね…)


 テオドールの言う通り今さら友人になるなど無理なのだろうか。



 どうにかしてテオドールに過去のヴェネットの態度が魔女の呪いのせいだったと伝える方法はないか。ずっと考えていたが、そもそもこの国で魔女は伝説の中の存在だ。森の奥深くに住み人と交流することもない。

 ヴェネットだって直接会うまでは魔女のことなんて知りもしなかった。

 魔女に関する書物もとても少ない。まして、“魔女のきまぐれ”について記述がある書物などヴェネットは見たことも聞いたこともなかった。



 ガラッ


 その時、すぐそこの空き教室から誰かが出てきた。留学生のオーランドだった。


 彼は少し気まずそうに頭をかく。

「ごめん、立ち聞きするつもりはなかったんだけど」

「う、ううん。人がいるか確認しないで話してたのはこっちだから気にしないで」

「…君と彼は…その、あまり仲が良くないの?」


 オーランドは留学生なのでヴェネットたちのことも知らないのだろう。元婚約者同士だと告げると少し驚いていた。



 ◇




 野外活動の下調べのためグループで図書室に行く。


 今回の野外活動では学園に隣接した森に入り、グループで協力して指定された植物を採ってくるのが課題だ。課題の植物は複数あり、生息場所もそれぞれ違うので予め植物図鑑や関連の本で予習が必要だった。



 机についたヴェネットは植物に関する本を読むふりをしながらテオドールをちらっと見る。彼の隣には転入生のフロレーラがちゃっかり座って話しかけていた。


「テオドール様は好きな植物はありますか?」

「僕は野花が好きかな。こぢんまりした感じの白い花が好きなんだ」

「では今回の課題のこの植物は好きな感じですか?」

「そうだね」

「私は―――」



「………」

「ねえ、いいの?彼女ずいぶん親しげね」

 ヴェネットの隣で本を読んでいたハンナに小さく声をかけられる。


「……彼女、昆虫は苦手かしら?」

「え?」



 首を傾げるハンナを放置してヴェネットは物思いにふける。


 テオドールは今のところ親切心から転入生のフロレーラと一緒にいるみたいだけど、フロレーラはすでに友人以上の感情をもっているようだ。テオドールは優しいし格好いいから好きになってしまう気持ちはわかるけど。


 彼の幸せを願うなら、ヴェネットは彼に親しい女性ができたことを喜ぶべきなのかもしれない。でもそれはまだできそうにない。



 結局、その後もヴェネットはもやもやしてしまい、手にしている植物の本の内容はほとんど頭に入らなかった。






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