後日談・アイのことば
純白のドレスに身を包んだ新婦が新郎と腕を組み仲睦まじげに歩いてくる。
「ハンナ、おめでとう」
「ありがとう、ヴェネット」
本日、ヴェネットは学園の同級生だったハンナの結婚パーティーにテオドールと共に招かれていた。ハンナの婚約者は年上で彼女の学園卒業を待って結婚することが以前から決まっていた。
マーメイドラインのウェディングドレスはハンナのスラリとした体型によく似合っていた。美しい黒髪は緩く編まれて鮮やかな花々で飾られている。
「次はヴェネットの番ね。彼と復縁したんでしょ。結婚式には私も呼んでね」
「ちょちょちょっと、ハンナ。まだ気が早いっ」
真っ赤になってあたふたするヴェネットを見てハンナはフフフと楽しそうに笑う。
天気が良く過ごしやすい気候の中、ハンナの結婚相手の屋敷の広い庭園でパーティーは開かれている。
立食形式のパーティーで、皆、自由に飲食しつつ順々に新郎新婦にお祝いの言葉をかけていた。
とても幸せそうに微笑むハンナとその結婚相手をヴェネットは見ていた。
(私もいつか…)
ちらりと隣にいるテオドールを見た。すると、目が合ってにこりとヴェネットに微笑んでくれた。陽光に彼のヘーゼルの瞳が優しく光る。こうして再び自分に笑顔を向けてくれるテオドールを見るたびにヴェネットは嬉しくて幸せな気持ちになる。
学園を卒業して3か月が経った。
ヴェネットはあれから隣国への留学を取りやめ、再びテオドールと婚約した。テオドールの両親は最初難色を示したがテオドールが何度も説得し、ついに了承してくれた。
ヴェネットが魔女に命を救われ、その代償として呪いにかかっていたこと。そのせいで好きな人、テオドールに冷たい態度をとってしまっていたことは、テオドールと相談して周囲には話さないでおくことに決めた。人々に魔女の話が広まることをきっと魔女自身望んでいないと思ったから。
「ヴェネット嬢、元気にしてたか?」
「オーランド様!」
振り返ると、隣国の貴族令息で、元同級生のオーランドが立っていた。
"魔女の気まぐれ"によって命を救われ、同じように呪いを受けた仲間でもある。
3ヶ月前、学園を卒業したヴェネットはテオドールへの未練を断ち切るためにもオーランドの出身の隣国に留学する予定だったが、思いがけずテオドールと復縁できたことで留学は急遽取りやめとなった。
その代わり隣国のオーランドのもとを訪ね、ヴェネットが魔女に助けられ、その代償で好きな相手に冷たい態度しかとれなかったとテオドールにわかってもらえたこと、テオドールと復縁したことなどを直接伝えた。
ヴェネットの話を聞いて驚いていたオーランドだが、復縁したことをおめでとうと喜んでくれた。
在学中から魔女の呪いについて唯一話すことができ、相談にのってくれたオーランドには感謝してもしきれない。
「やあ、オーランドも来てたのか。久しぶりだな」
同じくパーティーに招待された元同級生でテオドールの友人スコットがやってくる。
さっきまで同年代の令嬢に積極的に話しかけていた。彼はただいま絶賛婚約者募集中らしい。
「しかし、まさかヴェネット嬢が俺の亡くなった祖母と同じく魔女の呪いにかかってたなんてなあ。俺の話がすごく役立ったわけだ。ふたりの復縁は俺のお蔭だな」
「スコット様、その節はありがとうございました」
得意げなスコットにヴェネットは改めて礼を言う。
「ヴェネット嬢はテオドールにはまだ言葉で好意は伝えられないままか?」
ふと、思い出したようにオーランドが尋ねる。
「ええ、そうなんです」
魔女の呪いが完全に消え去っていないのか、ヴェネットはいまだにテオドールに「好きだ」と好意を言葉で伝えることができない。
少し悲しげな顔になったヴェネットにテオドールが言った。
「ヴェネット、僕は全然気にしてないよ。君が僕のこと好きなのは伝わってるから」
「テオ…」
「仲が良くてなによりだ」
愛おしげに見つめ合う二人を前にスコットは頭を搔いた。
「他の言葉は試してみたのか?」
「他の言葉?」
オーランドの言葉にヴェネットが首を傾げる。
「例えば…"愛してる"とか」
「あ、いしてる?」
ヴェネットが独り言のように呟く。そういえば"好き"という言葉以外はテオドールに試したことがなかった。
(かなり恥ずかしいけど…)
もし伝えられるならテオドールに自分の気持ちを伝えたい。ヴェネットはテオドールの方に向き直る。
「テオ、あっ愛―ケホケホッ、ケホ」
その途端言葉が詰まり、むせてしまった。
「ヴェネット無理しないで」
心配そうに、テオドールはヴェネットの背中をさすった。
「恥ずかしいとかじゃなく、本当に呪いのせいで言えないんだな。他のやつになら言えるんだっけ?試しにヴェネット嬢、俺かオーランドに愛してるって言ってみてよ」
「え?」
「スコット!」
テオドールがスコットを睨む。
「おお、怖っ。冗談だよ」
「ちっとも面白くない冗談だな」
「テオ、あい…ゲホゲホッ」
「ヴェネット、もうい――」
「ア、アイスクリーム」
むせ過ぎて涙目のまま上目遣いで、恥ずかしそうに頬を染めたヴェネット。何とかして大好きなテオドールに気持ちを伝えたい一心だった。
(伝わったかな…?)
もちろん伝わったテオドールは頬を染めて口を手でおさえる。
照れた様子のテオドールを面白がってスコットが続ける。
「じゃあ、"お慕いしてます"とかは?」
「おしっクションッ…クショッ…」
今度はくしゃみが止まらなくなった。
やはりどんな言葉であっても魔女の呪いの影響でストレートにテオドールに好意を伝えるのは難しいようだ。
無意識にテオドールの服の裾をちょこっと掴みヴェネットは必死に言葉を絞り出す。
「おし…しゅ、シュークリーム…です」
「か、かわい…すぎ…」
もはや言葉の原形は残ってないが破壊力があったのだろう、テオドールはヴェネットを直視できず咄嗟に両手で顔を隠す。耳まで真っ赤になってしまった。
ヴェネットの言葉の威力に翻弄されたのはテオドールだけではなかった。ちょっとした葛藤の末、オーランドは口をひらいた。
「ヴェネット嬢…俺にも1度でいいからアイスクリームかシュークリームって言ってくれないか」
「え?」
「駄目に決まってるだろ」
テオドールが素早く答える。オーランドから見えないようにヴェネットを背に隠した。
「ヴェネットのアイスクリームもシュークリームも僕だけの言葉だから。ヴェネットも他の男には絶対言ってはいけないよ」
「テオドールは案外嫉妬深いんだな」
「う、うるさい」
オーランドとテオドールのやり取りにヴェネットとスコットが笑みをこぼす。
―――
―――――
パーティーの終盤。
「今から新婦によるブーケトスを行います」
司会の言葉で未婚の女性を中心に招待客が新婦の前に集まっていく。ヴェネットももちろん前に出てきた。花嫁からブーケを受け取った女性は次に花嫁になれるというジンクスもある。
「ヴェネット!受け取ってー」
ハンナが勢いよくヴェネットの方へとブーケを投げてくれた。
ところがタイミング悪く突風が吹いて、ブーケがヴェネットの伸ばした手を飛び越えて、思ったよりずっと遠くに飛んでいく。
(ああ、取れなかった…残念…)
少ししょんぼりとヴェネットは誰がブーケを受け取ったのか確認するために後ろを振り返った。
振り返った先、後方でブーケを手にしていたのはテオドールだった。
風に流されたブーケはそのまますぽりと、後方に控えていたテオドールの手の中に落ちてきたのだった。
予想外の出来事にテオドール本人はもちろん横にいたスコットやオーランド、まわりの人たちも驚いていた。数秒間驚いたようにテオドールは手の中のブーケを見つめると、徐ろに視線をあげ、誰かを探す。
そして見つけると真っ直ぐにヴェネットのもとに歩いていき、ブーケを差し出した。
「ヴェネット、受け取って」
「あ、ありがとう」
周囲からワーとかキャーとか歓声があがり、拍手がおこる中、テオドールがヴェネットの耳元に口を寄せて言った。
「ヴェネット、好きだ。これからもずっと君と一緒にいたい。僕と結婚してください」
「!」
信じられないくらい嬉しくて。顔がボッと火がついたように熱い。
目の前で大好きなテオドールが自分を見つめて微笑んでいる。
ヴェネットの目にはじわじわと涙が浮かぶ。
「はい、喜んで」




