最愛のあなたへ
勉強が嫌すぎて現実逃避として書いた話。
めちゃ短いです。
最後までお付き合いしていただけると幸いです。
「お願いだ、ルシア。いかないでくれ!」
そう叫ぶ婚約者、ゼノンは苦痛な顔で力強く私の手を握っていた。
泣かないでと言いたいのに思うように口は動かない。
突如現れた魔物の出現により混乱に陥った街を救うため、私達魔導士は国から派遣された。だが思った以上に魔物の数が多く、ようやく半分をきったかなというところで少し気を抜いてしまったところ、後から羽を持つ魔物の毒にやられた。
すぐに毒抜きをしたが手強いものだったらしく、体内に入ってしまった毒は短時間でもう体を駆け巡ってしまい動けなくなってしまった。
そしてそれを見つけたゼノンが慌てて救護棟に私を運び、今に至る。
霞む視界の中でゼノンを見つめた。
幸せだったなあと、駆け巡る走馬灯を見ながらそう心のなかでつぶやいた。
ゼノンは、、私の初恋の人だった。
伯爵家の次男で幼い頃から魔法の能力に優れていた彼は、スキップして学園を卒業すると同時に国の魔法省に入り、1年という短すぎる期間で1級魔導士にまで登り詰めた人だ。
昔もこうした魔物の大量発生が起こったことがある。当時私は10歳で、大きく口を開けたワイバーンを前に立ちすくんでいるところ、爽快に助けてくれたのが彼だ。
まるで童話の中から出てきた王子様のように、世界を救う勇者様のように。私はその姿に惚れてしまった。
その日から私は魔法省へ入ることを人生の目標とし、日々励んでいた。魔法の才能があったことへ改めて感謝した。
平民である私は勉学の機会が少ない。が、図書館へこもり、誰でも入ることの出来る鍛錬場へ入りびたった。
そんな生活を続けて8年。ようやく魔法省に受かったのは私が18歳のときだった。ちなみに3回落ちた。
初めは魔法省の仕事についていくだけで難しく、何人もやめていくという理由を身を以て体験したため、ゼノンどころではなかった。が、私に機会がやってきた。彼が私の直属の上司になったのだ。
もう嬉しすぎて羽が生えたかと思った。
久しぶりに、というかちゃんとした会話は初めてだったが、案の定昔私を助けてくれたことは微塵も覚えていなかった。でもいいのだ。
こうして憧れの人と隣で仕事できるというのはなんて幸せなことなのだと知った。
私が22歳、彼が28歳。ついに夢がかなった。
なんと彼がプロポーズをしてくれたのだ。もう幸せすぎて死んでもいいと思った。でもそれがいけなかったのだろうか。プロポーズされた5日後に駆り出された為事でこうして死にかけている。
「ああ、神よ。どうか私の最愛の人を救ってくれ。私の命を渡したっていい」
こんな状況でも彼の言葉が嬉しいと思う。やっぱりゼノンが好き、だなあ。
最後の力を振り絞って最期の挨拶をする。
「ぜ……のん。いままで…………あり、がと、、う。わたしは………せかい、いちしあわせだった、よ」
彼はいやだいやだと首をふる。
「喋らなくていい。今までありがとうなんて言わないでくれ!」
どうしてもゼノンには伝えたかったし、それはむりだなと思った。
ふふっと、口角が上がっているかはわからないが彼に向かって微笑む。
「ルシア、、必ずこの騒動が収まったら君の後を追うから。だから……来世ではちゃんと結婚式をあげよう」
そう言うと唇に温かな感触が伝わってきた。それと同時に私の顔に降り落ちる雫も。
ゼノンが死ぬのは、いやだなあ。長生きしてほしい。
でも……彼の言葉が嬉しくて私はまたふわりと笑った。
そのまま意識は沈むように闇へと消えていった。
◇◆◇
ぼんやりと昔のことを思い出しながら教室の窓から外を眺める。見慣れた景色。平和な日常だ。
生まれ変わった世界は魔物も魔法もなく、生活水準もとても高い。
貴族制度なんてなくて、みんな平等で。
そしてとても味気なくて。
何度目かわからないため息を付いた。
魔物のせいで死んでしまった私は日本に生を受けた。
眞鍋由貴。何の変哲もない高校生。
他の高校生と違うところといえば前世の記憶を引き継いで生きているということだけ。
ただこの世界には魔法なんてないし、前世の知識は何一つ使えないため前世の記憶の恩恵を受けたことはない。
騒がしい音が教室へと入ってきた。
そこへ目を向けると、やはり見慣れた人と、その周りをまるで誰も入らせないようにするかのように頑丈に固められた友達の壁。
一宮零。
この高校のアイドルであり、ゼノンの生まれ変わり。
私はひと目見たときから彼がゼノンだとわかった。でも彼は違った。
彼だとわかったとき、そして彼は私を覚えていないとわかったとき、前世の記憶があることを恨んだ。せめて記憶がなければこんな身分違いな恋なんてしない。現実主義である私は高嶺の花になんて手を出そうとしない。
でも私は彼が私を覚えていないとしても、彼のことがどうしようもなく好きだった。
魂が惹かれると言うのはまさにこういうことなのだと実感した。
「おぉおぉ、相変わらずの人気だね、一宮くんは」
小学校からの友人であり、幼馴染の玲奈が私の席の前に座る。
「ほんとに。あんなに人に囲まれて生活してる高校生なんて、漫画でしか存在しないと思ってた」
彼の周りにいるのは一軍ばかり。まあ当たり前か。それにやはり生まれ変わりだからか、仕草や考えはゼノンとよく似ていた、というか本人だ。前世も人柄はよかった。だからこうしてただ頭が良くて格好いいだけじゃなく、人徳者も備えているからこそ人が集まるのだろう。
「私達には縁のない世界だね。前世でどんな徳積んだらあんなりハイスペックな人間になるのか。教えてほしいわ。まあ、私達は私達なりの楽しみ方があるし、それにあんなに毎日人に囲まれている生活も苦しそう」
「そうだね。私はむりだな」
確かに彼の前世での行いは素晴らしい。数百人、もしかしたら何万人もの命を彼は救ってきた。そりゃあ前世の徳が今世に反映されるのであれば、こんなにハイスペック人間になるわけだ。
予鈴がなり、一宮零の周りの人たちは自分の教室へ、自分の席へと帰っていく。
私も数学の準備をしないと、とロッカーから数学の教科書を取り席に座った。
◇◇◇
最悪。なんでお弁当なんて忘れるかな。
いつも、忘れ物したらまずいランキング+忘れると母に怒られるランキング堂々の一位に輝いているのはお弁当箱。いつも絶対忘れないようにしようとしてるのに忘れてしまったとは何たる失敗。
それに何が面倒くさいかって、一回職員室に鍵を取りに行ってまた返さなければいけないという行為が非常に面倒くさい。そして私達のクラスがもっとも職員室と離れているということがさらに面倒くささを増大させる。
しかも職員室に鍵を取りに行ったた鍵がなかったのだ。それならば直でいけばよかったと、無駄足を踏んでしまったことに対して少し文句を言いながら教室のドアを開ける。
何故教室が開いているのか、普通に考えれば誰かがまだ教室にいると考えるのが妥当だろう。しかしその教室にいる人のことなんて誰も想像できない。
ガラッと開けた瞬間、目に入ってきたのは机に伏して寝ている一宮零の姿だった。
何故彼が、と思うよりも先に、人に囲まれていない一宮零を見るのは初めてかもしれないという考えがよぎる。
まあいい。とりあえず私はお弁当箱を持って撤収だ。鍵は、、彼が寝ているからいいか。
教室を出る前に窓を閉める。
…………私も情がないわけではない。こんな真冬にびゅうびゅうと風が吹いているのに窓全開で帰るということはしない。教室に入ったとき恐ろしく冷えていたため、たぶんこのまま開けっ放しだと一宮零が風邪をひく。そしてちょっとした学校の騒動になる。
すべての窓を締め終えたとき、ふと視線を感じることに気がついた。
「…………眞鍋……さん?」
起きてしまった。
「うん。一宮くん、ぐっすり寝てたよ。相当疲れてたんだね」
そういえばこれが今世での彼との初喋りだなと思い出す。同じ教室にいるとはいえ全くというほど接点がなかったから。
「今何時? ……うわ、もう5時すぎてる。寝るつもりじゃなかったんだけど、、いつの間に寝てたんだろ」
「窓も開けっ放しで寒くなかったの?」
「今気づいた。とても寒い」
そう言うと帰る支度を始めてジャンバーを羽織る。
「そういえば、真鍋さんと喋るのって初めてだね。同じ教室にいるのに不思議だ」
不思議も何もそれはあなたが人気者すぎるからだ。一宮零と話したことがないクラスメイトはたぶんいっぱいいる。
「そうだね。一宮くん、いつも人に囲まれているから。……いつも人に見られてるのって、しんどくないの?」
あまり喋るつもりはなかった。そんなに話しても彼は私を思い出さない。私が悲しくなるだけだから、と。でもつい聞いてしまった。
「疲れない……と言ったら嘘になるけど、慣れればどうってことないよ。真鍋さんとかも昼休みはお友達といるでしょ?」
まあそうだが次元が違うし、なんかたぶん種類が違う。
「私はいても一人とか二人だよ。大勢いたらみんなと話すことなんて出来ないもん。一宮くんも、仲いい子だけ一緒にいるとかないの?」
うーん、と彼は少し考える。
「確かに皆よりもよく話すっていう男友達はいるけど……皆僕に近づいてくれるのにその人達とだけ一緒にいるっていうことは出来ないじゃん。皆が楽しくないと意味ないから。僕は、そうしたいんだ」
────ああ、やっぱり彼は彼なんだ。
”皆が楽しくないと意味がない”という言葉は私が魔法省へ入り、彼と始めて話をしたときから彼がよく言っていた言葉だ。
まるで博愛主義のような彼の言葉だが、その言葉で、その行動で何人も命を救われているし、何人も幸せになっていた。だから私はそんな彼がすごく誇らしかった。
「…………そうね。あなたならきっと出来るわ」
そして私はいつもこの言葉を返していた。本人に意図はないとはいえ、昔と同じような会話をして一気に何かこみ上げてくるものがあった。
これ以上話したら私の心が壊れてしまう。
「……っ、ごめんね一宮くん。私もう帰る。鍵お願いするね」
一刻も早く教室を出たかった。彼と話しているのが辛かった。どうやっても叶わないのに、やはりまだ望んでしまう。そんな自分が情けなかった。
教室をでると張り詰めていた糸が切れるように私の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
もういっそのことスッキリするまで泣こう。ちゃんと彼と離れるために、ちゃんと私が一人でも前を向けるように。
ぐちゃぐちゃな感情が頭を支配する。
声を殺し、マフラーで顔を隠しながら廊下を歩く。もうほとんど学校に人は残っていないとはいえ、真っ赤に腫れ、涙を流している姿はあまり人に見られたくなかった。
なんで彼は覚えていなくて私だけ覚えているんだろう。
なんで前世の私は気を抜いてしまったのだろう。
なんでまた彼は人気者なのだろう。
どこにもぶつけられない感情が頭のあっちこっちで飛び回っている。
あなたは私のことを愛してくれたじゃない。
来世では結婚しようって言ってくれたじゃない。
今の何も覚えていない彼に言ったって何も起こらない。
ただ彼が困るだけだ。それに私はだいぶやばいこじらせた女になるだけだ。だから言わない。
でも…………
「うそつき……」
一人のときは言ってもいいじゃないか。
ポツリと出た言葉は冷たい風に乗って消えてしまった。
その瞬間温かい体温とともに後から抱きしめられた。
「まって!! お願い」
ぎゅっと私を抱きしめる腕の力が強くなる。
今何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。
「全部思い出したんだ。ずっと思い出せなくてごめん。君を一人にさせてしまってごめん。ずっとつらい思いをさせてしまってごめん。……一人で泣かせてしまったごめん」
ああ彼だ。私のよく知っている彼なんだ。
「……いつ思い出したの?」
私も抱きしめられている腕を強く握り返す。
「君の言葉だ。いつも僕の口癖の後に言ってくれる君の言葉。あの言葉に、僕のことを後押ししてくれるあの言葉に僕はいつも勇気をもらっていた。きっと出来るって、そう心から思えたんだ」
彼の方を向き、視線を合わせる。
「……あの後、君が死んだあと魔物をすべて壊滅させた僕はすぐに君の後を追った。元々家にあった秘書に魂送りの術が書いてあるものがあったんだ。成功するかはかけだったんだけど……」
こうして私達が今ここにいるということは成功しているということだ。
「でもそのせいで君に長い間つらい思いをさせてしまった。本当に、、すまない」
彼の瞳が濡れていることに気がついた。
「いいよ、もう。私は今あなたとこうして話が出来ていることが何よりも嬉しいから」
もう一度強く抱きしめられた。
「もう僕をおいていかないで」
「うん」
「勝手に死のうとしないで」
「うん、ごめん」
「一人で、泣かいないで」
「うん、もう泣かない」
私も彼に手を回す。
幸せだなと、素直にそう感じた。
「ルシア、、いや、由貴。また僕とまた……一緒になってほしい。今度こそ結婚して、子供もたくさん作って、ちゃんと笑って一緒に死のう」
「ええ」
このときの私はきっと世界一幸せだったに違いない。
この先もずっと彼のそばのいられるのが嬉しかった。
もう一度一緒に生きられることが嬉しかった。
ああ、なんて世界は美しいと、心の底から感じた。
それから今まで博愛主義だった一宮零が人が変わったように一人の少女を溺愛するようになった話は、この学校で知らない人は誰もいない。
◆◆◆
「じゃあお父さんは昔、魔法でいっぱい人を助けていたの?」
「そうよ。何百人もの命をお父さんは助けていたの」
「じゃあお母さんは??」
「私は……」
「お母さんも凄かっんだ。僕よりも回復魔法が得意だってね。いっぱい怪我した人を直したんだ」
へーっと面白そうに子供たちが頷く。
「じゃあずっとお父さんはお母さんのことが好きだったんだね」
「そうだよ。ずっと、ずーっと好きだ。由依斗も零亜もいつかそんな相手が出来るよ」
それからも私達はずっと一緒だった。
孫もできて、ひ孫もこの手で抱くことができて、もう残す事はない。
「今度は、、笑ってこの世を去れそうね」
「ああ、本当に。悔いのない人生だった」
幸せだったなあ。
そう感じながら最愛の彼の手を握り、目を閉じた。
END
一気に書き上げた達成感。
ぜひとも私もこんな恋をしてみたいものです。
ゼノン視点は、ご希望があれば書きます。
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他の作品で皆様とお会いできることを楽しみにしています。