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異世界浄化の旅  作者: 小日部ゆた
第一章_王国編_
3/5

001_ゴブリン村へ

 しばらくするとソーラは上昇していることに気付いた。水中なのだろうか、それにしては息苦しくない。


(俺はどこへ行くんだろう)


 ソーラは成すがままに身を任せた────






 ──どれだけ時間が経ったのだろう。体が濡れて寒い。ついでに地面に敷かれた砂がチクチクとする。



「──おーい、そろそろ起きなよぉ」


 

 聞きなれた声がする。ソーラはゆっくりと目を開けて声のする方に目を向ける。



「おはよぉ!」


「ほわっ!?」



 ソーラはこの状況に驚くばかりだった。まず砂浜に打ち上げられていること。

 

 ──そして目の前に、人間の『若宮希瑠々』がいることだ。


 逮捕時にテレビで見たよりずっと可愛らしい顔をしている。純白の髪に非常に長いツインテール、黒に基調されたロリータファッション。そして日本人にしては珍しい、真紅の色をした両目。全てにおいて、これまでかとメンヘラの要素を詰め込んでいる。



「えっと……キルルだよね?」


「うん、キルルだよぉ」


「だったら、ここに来る前何があったか覚えてる?」


「えとね、お金持ちの家に行きました。それでぇ、変なぐるぐるしたやつに巻き込まれてぇ、水の中浮かんでいってぇ、それで今に至ります」


「うん。まぁそうだね……」



 ぎこちない小学生の作文みたいだったが、とりあえずキルルであることは確認できた。なぜキルルが人間の頃の姿をしているのかは見当もつかなかったが、ソーラはひとまず仲間がいることに安堵する。

 


「あ……!」



 手を見ると自分も人間になっていることに気付いた。白い薄手のTシャツに黒のジーンズ。顔を触ってみると柔らかい。大人の俺だ。


 つまり俺たちは人間の頃の姿に後戻りしてしまっている、ということだろうか。


 状況が理解できないままソーラが立ち上がる。とりあえず周りを見渡してみると、背後には自分たちが上昇してきたと思われる湖、全面には草原と森林が展開していた。

 だが、異常なことに、一つたりとも精魂の姿が見えない。はじめは死んだ生物が近くにいない可能性を考えたが、これだけ植物が生い茂っていてそれはないだろう。

 


「精魂は見えるかい?」


「ううん。全然見えなーい。どうしたらいいのかなぁ……」



 キルルも同じ状況にあるらしい。困った事だ。何とか精神世界を覗けないだろうか。

 そこでソーラはとあるものを思い出した。化け物から渡されたアイテムの中でも全く役に立たないものだったが。



「『精神世界可視化(だて)眼鏡』まだもってる?」


「──お!」



 キルルは謎解きの答えが分かった子供のように、屈託のない笑みをこぼす。そして『だて眼鏡』を取り出し、キルル自らそれを覗く。

 『精神世界可視化(だて)眼鏡』はその名の通り、現世から精神世界を覗くことを可能にするアイテムだ。人間がこの眼鏡をかけると、無数の精魂を見ることができる。まぁ要は幽霊が見える、というロマン溢れた眼鏡なのだが……。使い道が全くなかったため、この眼鏡を見るのは、化け物から渡されたときと、今の二回だけだが……。

 

 

「見えた?」


「おわっ! やばいよこれぇ! めちゃくちゃ精魂多いんですけどぉ!」


「お、おう。まぁ確かにこれだけ自然が豊かなら、生物もたくさん死んでるだろうねぇ……」



 ……まぁ、キルルの様子からすると精神世界が見えたのだろう。ひとまずソーラは安堵の吐息を漏らした。



「そろそろ遊ぶのはやめよう?」


「遊んでないしっ……!」



 わかりやすく不貞腐れた顔をしながら眼鏡をしまう。本当にしょうがない奴だ。死神の時から全く変わらない。



「とりあえず、ここは何処なのかってのは分かる? 俺より先に目が覚めたんだから何かしら分かってるだろ」


「と言われましてもねぇ。私だって何もわからないよぉ」



 キルルが『さぁ?』のポーズを取る。ソーラはため息をつくことしかできなかった。

 先程までは気が付かなかったが、ふと地面を見ると、生えている植物は全く知らないものだった。

 ソーラは人間時代に植物図鑑をよく見ていたのだが、それでも生えている植物の名前さえ分からなかった。


 ──それでは思念伝達はどうか。もしこの世界に他の死神がいるのなら、何かしらの反応があるはすだ。とりあえずあの化け物にかけてみる。

 

 

「……繋がらないな」


 

 化け物の反応は全くなかった。次は不特定多数の死神にかけてみる。これで反応がなければそれはそれで大変な事になるのだが……



「わざわざそんなことしなくても聞こえるってぇ……!」


「いや、そういう事ではなくてだねぇ……」



 目の前にいるキルルが細目でこちらを睨んでいる。少しぐらい察せよ……! とは思ってしまうが、まぁ……キルルのことだ。仕方ない。

 結果として反応があったのはキルル一人だけだった。つまりこの世界には、ソーラとキルルしか死神がいない、ということになる。

 ──ここは地球じゃないのか……?

 そう考えたときだった。森の方からガサッと音がした。



「──!」



 そこにいたのは20匹ほどのゴブリン。どうやらソーラたちの姿が見えるらしかった。弓を構えてこちらを狙っている。



「放てぇぇい」



 一斉に矢が飛んでくる。身の危険を感じたソーラは咄嗟にキルルを庇って倒れ伏した。

 カン、カンと音がする。どうやら矢がソーラを射抜く前に跳ね返されているようだ。人間になってしまったとはいえ、この程度の武器の耐性なら働いているらしい。

 まず分かった事として、ここは『異世界』だということ。それは目の前の光景が物語っている。

 ──そしてこのゴブリン共は圧倒的弱者だ。



「キルル、大丈夫かい?」


「うん……」


 

 立ち上がったソーラがキルルの手を取って起き上がらせる。ゴブリン共は互いに顔を合わせて混乱しているようだ。



「さて、いきなり変な場所に連れてこられて、このザマですか」



 すると、ソーラはゴブリンたちに面を向かって《死のオーラ》を開放する。《死のオーラ》というのは死神が持つ特有の死術だ。効果は『弱者に対して死の恐怖を植え付ける』というもの。基本死ぬことは無いと思われるから、使っても精神世界が汚れることはないと判断しての使用だ。

 おかげでゴブリンたちは完全に萎縮してしまった。

 弱者と分かり、ここで殺してしまっても良かったのだが、このゴブリンが何らかの情報を持っている可能性を否定できなかった。そこで──



「お前たちの(おさ)はいるか」



 ソーラはそう言うと、ゴブリンたちは周りをキョロキョロと見渡す。すると森の奥から年老いたゴブリンが現れた。



「わしじゃ。まずは先程の無礼、お許し願いたい」


「はぁ? あんなことされて許せるわけ? お前らなんて大鎌で一突きで殺せるん……」


 

 怒りが収まらないキルルだったが、ソーラは肩に手を置いて静止する。キルルはふんっ、と言うと顔を背け、仏頂面で腕を組んだ。

 ──すぐ感情的になって、小学生みたいだよ、もう。

 ソーラは呆れ顔をしながら一歩前に出る。



「すいません。今のことは気にしないで。とりあえずここが何処なのか教えてくれますか?」


「その前に。貴方がたはその湖からやって来たのですかな?」


「えぇ、多分」


「やはり、そうでしたか……!」



 年老いたゴブリンはいきなりソーラの手を取り、感慨にふけったように目を細めた。そして武装したゴブリンたちの方へ向く。



「伝説の再来じゃ!ゴブリンたちよ、歓迎の準備をせい!」



 ゴブリンたちは歓喜に満ちた声をあげ、そそくさと退散していった。

 伝説?そして歓迎?何がどうなっているんだ?

 ソーラにとっては、あれだけ敵対心をむき出しにしていたゴブリンたちの態度の豹変が、かえって恐怖だった。



「さぁ、こちらへ。村までご案内しますぞ。そこで様々な情報をお教えしましょう」


「そうですか」



 年老いたゴブリンが森の中へ手招きする。促されるようにソーラとキルルがついて行く。


 森の中は太陽の光がほとんど届かないため、とても暗い。とはいえ、そこには見たこともない神秘的な空間が広がっていた。虹色をした蝶、緑色に光るカメレオン、そして四肢を持った蛇。

 どれも元いた世界では見慣れないものだ。

 しばらく歩いていると、年老いたゴブリンがこちらを振り向いてきた。



「さて、自己紹介が遅れましたな。私の名前はゾロド・ベイザラ。村の村長です。貴方がたは?」


「私がソーラ。そしてこちらが……」


「キルルだよぉ」


「そうですか。いい名前を持っておられる」


 

 村長はそう言うとくしゃっとした笑顔を二人に向ける。その顔についたたくさんの皺が、長い間生きてきている事を想起させる。

 ──すると、村長は前を向き、いきなり立ち止まった。村に着いたようだ。



「さて、着きましたぞ。私たちゴブリンの村、『ドゴンボ村』です」



 左手に持った杖で指す方向には、歓迎の目でこちらを見るたくさんのゴブリンがいた。

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