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幕間D ダイダロス ~ザフィラス ライジング~

 ヒーローズエンターテインメントインクス

 リアルヒーローコミックノベルシリーズ

 ダイダロス ~ザフィラス ライジング~


 前略


 青年部のユニラスは一冊の書物を本棚からとりだした。重厚な装飾が施された淡い水色の表紙。辞書のようにぶ厚く、ページは手垢で汚れている。

「こちらが我らの聖典『カウンの書』になります」

「悪いがアラビア語は読めん。ギリシャ語か英語版はないのか」

 ページをめくりながらダイダロスがいう。

「ありません。需要がないので」

 ユニラスは咳ばらいをすると、表情筋をひきしめて厳かな声を発した。

「カウンの書 第三章一節。『邪悪を排し、邪悪を迎えいれよ。さすれば真の国家が平定されん』。これがザフィラス教における道徳の基本理念となります。邪悪とは悪人のこと。悪人をザフィラスの言霊ことだまによって善人たるザフィラス教徒に改宗させ、彼が悪人だったことは忘れて同胞として迎えいれよということです」

「独善的だな」

「西洋文明のそうした批判は聞き飽きました。ともかく、ザイファの瞳はカウンの書のこの言葉を曲解し彼ら過激派の基本理念としました。邪悪とは破壊の神ザイファの存在を認めないもの。その邪悪は儀式によって転生・・することで真のザフィラス教徒に生まれ変わり、これにより真の国家が平定される。先の言葉をこう解釈したのが彼らザイファの瞳です」

「転生だと。そいつらのいう儀式ってやつは」

「処刑です。ザイファの瞳が過激派と呼ばれている所以ゆえんですよ。月に一度のラグラの日にやつらは処刑を行います。次のラグラの日は……三日後。三日後の正午には我らの巫女様が処刑されてしまうのです。さらに惨いことにやつらは処刑の瞬間をテレビで放送すると。ダイダロス殿。お願いです。どうか三日後の正午までに巫女様をお助けください」


 中略


「待ちなさい、ダイダロス」

 月光を遮るふたつの影が土壁に浮き出た。

 マントで顔を隠していたダイダロスはため息をつきながら振りかえる。三日月を背にふたりの人間が宙に浮かんでいた。否。人間ではない。ひとりは地底人、そしてもうひとりは宇宙人だ。

「悪いが急いでいる。話があるなら走りながら――」

 駆けだそうとしたダイダロスの足元が隆起して地割れを作る。下半身を地面にのみ込まれたダイダロスは焦りこそ見せないものの、不機嫌な大型犬のような唸り声を発した。

「待てといっているでしょう」

 マッドネスガールは砂埃が舞う地面から手を放した。その横でエクストリームマンがマントを夜風にたなびかせながら降りてくる。

「ダイダロス。わたしたちは特別活動局の依頼でここに来た。ロイが何度もきみに連絡をしているのに応答しないからと」

「ロイのいいたいことは分かっとる。ザフィラス正教に関わるなというのだろう」

「来る必要はなかったんじゃないかな」

 エクストリームマンはマッドネスガールに耳打ちする。マッドネスガールは真顔のままエクストリームマンの肩を殴った。

「政治的介入はプロテクション・オブ・ジャスティスの仕事じゃない。あなたの行動はこの国のパワーバランスを崩しかねない」

「パワーバランスだと。ふざけるな。わしがそんな下らない理由で動いているとでも思っとるのか」

 ダイダロスの怒号が夜風を揺らす。サキュラの町の住人が目を覚ますほどの声量だ。

「わしは預言者ゼラの娘を助けにいくんじゃない。ひとりの少女を助けにいくんだ。ザイファの瞳はシラって娘を誘拐した。彼女の母親が預言者ゼラだから、それだけの理由でやつらは罪なき少女を殺そうとしている。わしはそれを止めたいだけだ。政治も宗教も関係ない。ひとりの少女が理不尽に殺されるのを止めたいだけ。邪魔をするというなら――」

 ダイダロスは腕に装着したタブレットに指を走らせた。次の瞬間、エクストリームマンとマッドネスガールに白い稲妻が直撃した。雲一つない夜空からの落雷。対地上用放電衛星――通称ケラノスから放たれたものだった。

「く」

 片膝をつきながらエクストリームマンは顔をあげる。マッドネスガールは身体を伏せて気絶している。

「さすがエクスだ。ケラノスをくらって意識を保てるとは」

「ダイダロス……」

 エクストリームマンは地面すれすれに低く飛んでダイダロスに突進した。地割れに挟まれ動けずにいるダイダロスの上半身を乱暴に掴み引き抜く。そしてそのまま、空へ空へと高く上昇していった。

「次弾発射まであと十二秒。撃つぞ。わしは撃つ。少女ひとり救えないヒーローなんて生きている意味がない。エクス。わしとお前はここで死ぬんだ。稲妻に打ち抜かれ、黒焦げになって、ゴミのように地面に落ちていく」

「待ってくれ」

「のこり九秒」

「ダイダロス。聞いてくれ」

 エクストリームマンは上昇を続けながらつぶやいた。

「ダイダロス。わたしのインカム(通信機)()()()()()()()()

 その声と共に、エクストリームマンはぴたりと空中で停止した。

 ダイダロスは白い息を吐きながらタブレットに指を滑らせ、ケラノスを停止させた。

「これでわたしたちの声は特別活動局には聞こえない。ダイダロス、手伝おう。ザフィラス正教の少女を助けに行くんだ」

「マディは」

「彼女も承知している。ただ、ふたり揃ってインカムを落とすとなると特別活動局が怪しむかもしれない」

「お前たち、わざとケラノスを受けたのか!?」

「そうだ。ダイダロス。状況はどうなっている。説明してくれ」

「ザイファの瞳って過激派のアジトをいくつか探ってみた。だがどこにもシラはいなかった。アジトを治める過激派宗徒もシラの居所は知らないみたいだった」

「隠しているのか」

「いや、本当に知らないみたいだった。自分は過激派の末端に過ぎないからといっていたが」

「それはなんだ」

 エクストリームマンはダイダロスのジャンプスーツのチャックに挟まった薄い水色の花弁を指さした。

「珍しい色だな。ザフィラスにはこんな花が咲くのか。どうしたダイダロス。そんな怖い顔をして。ダイダロス。おい、聞いているのか。ダイダロス」


 中略


「祝福の時が訪れた。これより我らザイファの瞳は破壊神ザイファの名のもとに神聖なる儀式を執り行う。邪悪を排し、邪悪を迎えいれよ。さすれば真の国家が平定されん」

 うす暗い室内。ボロ頭巾を被った男がカメラに向かって高々と宣誓の言葉を述べている。男の背後には猿ぐつわを噛まされた少女が力なく座りこんでいる。ずた袋のような褐色の衣服は砂埃と排泄物で汚れていた。

 少女の周囲ではライフルを構えた男たちが左右に身体を揺らしながらカメラを見つめていた。宣誓を述べる男と同じくボロ頭巾を被って顔を隠しているが、ふたつの小さな穴からのぞく瞳はこの処刑の瞬間を楽しむかのように歪んでいた。

 その瞳が、驚嘆の色に染まる。

 画面にひとりの男が飛びこんできた。ジャンプスーツ姿のその男は手にした片手斧をずた袋を被った男たちに振り下ろしていく。この狭い屋内で周りに仲間が大勢いるため、男たちは手にしているライフルで応戦することができない。必然的にナイフや徒手空拳でジャンプスーツ姿の男に立ち向かうが、なにぶん相手が悪すぎる。世界が誇るヒーローチームPOJがひとり、ダイダロスの敵ではない。

 ものの数十秒で男たちはノックダウンされた。ダイダロスの片手斧は刃が丸く加工されている。それを叩きつけられたところで命を奪われることはない。骨が砕け散り、激痛に悶え、意識を失う程度だ。

「もう大丈夫」

 ダイダロスは少女のさるぐつわを解いてやった。少女は顔中を涙で濡らしていた。

「シラだな。急いでここを出るぞ。しっかりつかまれ」

 ダイダロスは少女を抱きしめて立ち上がった。出口に向かおうと振り返ろうとすると――ダイダロスの耳元でシラが悲鳴をあげた。

「う」

 ダイダロスの背中に衝撃が走った。両膝から崩れ落ち、口腔から鮮血が噴き出す。

「ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー! 羨ましいかなその求心力。羨ましいかなそのカリスマ。我も欲しい。我も欲しいぞ、なぁダイダロスよ」

 ダイダロスはゆっくりと振り返る。人工的な暗闇の広がる()()()()の入り口で、ザフィラス教の修道服を身にまとった預言者ゼラが笑顔を浮かべていた。

「ヒーローというのは我が思う以上に優秀なんじゃなぁ。さて、どうしてこの場所がわかった」

「……ザイファの瞳のアジトに、クリューゲの花が落ちとった」

 ダイダロスはジャンプスーツのポケットから薄い水色の花弁を取り出した。

「あんたの祈祷所を訪れた時に教えてもらった。クリューゲの花は世界で唯一、預言者ゼラの祈祷所にだけ咲いていると。そんな花がどうして敵対する過激派のアジトに落ちている。答えは簡単。全部茶番だった。ザフィラス正教随一の過激派ザイファの瞳の主導者は、ザフィラス正教の最高指導者、預言者ゼラそのひとだった。あんたがこの誘拐劇に一枚かんでいることは確実。そこであんたの玉座の裏を調べてみたら隠し通路を見つけたってわけだ」

「ふぅむ。なるほど。クリューゲの花か。我が訪れたあとも掃除はこまめにするよういっているのに。馬鹿なやつらじゃ」

 ゼラはダイダロスの手から花びらを取ると、大きく口を開いて舌の上に落とした。

「誤解されては困る。なにも我は、ザイファの瞳なる異端の思想を信じているわけではない」

 ゼラは花びらを咀嚼しながらいった。

「邪悪を排し、邪悪を迎えいれよ。さすれば真の国家が平定されん。真の国家を平定するためには邪悪が必要・・となる。我はザフィラス正教への求心力を高めるために邪悪・・を生みだした。それがザイファの瞳じゃ」

「この誘拐劇も茶番だったんだな。実の娘を処刑したフリをして、信者たちのザイファの瞳への敵対心を煽る。ひいては自分達への求心力が高まるというわけだ」

「ひとつハズレじゃ。処刑は確かに行われる予定だった。シラは自分の役目を了解しておる。ザフィラス正教の隆盛のためにシラは死を受け入れたのじゃ」

「おまえさん。自分の娘をなんだと……」

「われらはみな神の子じゃ。創造神ザフィラスの麗しき御子。ザフィラスの教えを世に知らしめられるなら、ひとひとりの命など安いものじゃ」

「……シラ。本当か」

 ダイダロスは腕の中で震える少女にたずねた。

「本当にお前は、自らが死ぬことを望んだのか」

「わた……わたしは……」

 少女は震えていた。全身を恐怖で震わせ、嗚咽とともにダイダロスの胸に顔を埋めた。

 ダイダロスは床に落ちた片手斧に手を伸ばした。しかし灰色のエネルギー波に弾かれ、片手斧はスタジオの奥に飛んでいった。

「無駄な抵抗はよせ」

 手のひらからエネルギー波を放ったゼラは高尚な笑みをつくってみせた。

「われの攻撃を受けて死ななかったのはお主が初めてじゃ。だがそうして意識を保っているだけでやっとじゃろう。その血の量。貴様の内臓はシェイカーに振られた果実のようにずたぼろじゃろうて」

「……どうしてわしを呼んだ」

 ダイダロスは蚊の鳴くような声で訊ねる。

「わしに助けを求めず、勝手にシラを処刑すればよかったではないか」

「欲が出た。それに尽きるな。ヒーロー、特に世にいうプロテクション・オブ・ジャスティスの活躍はザフィラス正教にとって目障りじゃった。ここ数年、お主らのようなヒーローこそが真の神ではないかと口にする信者が増えておる。不都合な芽は早めに摘まねばならん。名高いヒーローのダイダロスが巫女シラの救出に失敗すればお主らの求心力はがた落ちじゃ。そう。お主らヒーローもまた、我らにとっては邪悪に過ぎん。邪悪を排し、邪悪を迎えいれよ。さすれば真の国家が平定されん」

「そうか。よくわかったわい。お前さんこそが真の邪悪じゃ。悪いが加減はできんぞ!」

 ダイダロスはインカムに手を置きながら叫んだ。天井を貫いてひと塊の物体が落ちてくる。それは弾丸のような勢いで預言者ゼラに向かっていく。預言者ゼラはエネルギー波のバリアを張り、身を守った。天井を貫いて降りてきたのはエクストリームマンだった。エクストリームマンはバリアに弾かれ、勢いをそのままに壁に叩きつけられた。

「ふ、ふん。世に名高いエクストリームマンも我の能力には及ばないようじゃのう」

「たしかに、わたしの力は及ばないようだな」

 壁にめり込んだままエクストリームマンはいう。

「だが、()()()()()()()()()()

 エクストリームマンが貫いた天井の穴の先に青空があった。雲一つない青空から、一筋の光が瞬く。次の瞬間、預言者ゼラの身体は白い稲妻に包まれた。叫び声をあげる間もなく、赤くただれた預言者の身体がその場に崩れ落ちた。

「ケラノス最大出力。預言者ゼラよ、お望み通り邪悪を排してやったぞ」

 ダイダロスはタブレットから指を離し、腕の中で震える少女を見つめた。

「ゼラがいっていたことは本当か。本当にお前さんは、殺されるつもりで」

「……はい」

 シラは小さくうなずいた。ダイダロスは彼女のほほを強くはたいた。

 シラは驚嘆の目でダイダロスを見つめる。

「……この馬鹿者が。なぜそうやって命を粗末にできるんだ。死によってなされる大義など存在せん。巫女シラよ。我ダイダロスは偉大なるオリンポスの神々に代わりお主に告げる。自らの生を全うせよ。自らの意志を全うせよ。それこそが神の御子たる我らの生きる道なのだから」


 後略

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