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幕間C ハンター ~ファントムシーフ~

 ヒーローズエンターテインメントインクス

 リアルヒーローコミックノベルシリーズ

 ハンター ~ファントムシーフ~


 前略


「ファントムシーフは盗んだお宝を貧乏な家庭にばらまいている。朝起きて、コーヒーをいれようとキッチンに入ると、果物かごの中にオレンジといっしょに光り輝く宝石が転がっているわけだ。当の怪盗様は善行をはたらいているつもりらしいが、善き市民からしたらいい迷惑だよ。盗品だ。換金するわけにはいかないし、それを所持しているだけで窃盗に関与したんじゃないかと疑われちまう。ファントムシーフは自己満足で義賊を気取っているに過ぎない」

 イエルマン市長は火のついていない葉巻を手の中でくるくると回していた。屋上の手すりに摑まる大鷹は、その動きに興味をもったのか、首を同じように回しながら葉巻を凝視している。ハンターは両腕を組み静かに夜のプラハ市街を見おろしていた。

「チェコの警察はコソ泥ひとり捕まえられないの」

「コソ泥じゃない。殺人犯だ。一週間前に、市街地の裏路地でトマシュ・イエジェクトとアントン・パツラが死体で見つかった。ふたりはいわゆるごろつきで、仕事帰りのハナ・メンツェルを暴行目的で裏路地に連れ込んだ。そこにファントムシーフが現れ、ふたりのごろつきの息の根を止めた」

「その証言は誰が。ハナ・メンツェル?」

「そうだ」

「信憑性は。ヨーロッパの男は女にあま――」

 イエルマン市長は一枚の写真を差しだした。ハンターはそれを受けとり、ドミノマスクの下の瞳を歪ませた。

「犯行後に、ファントムシーフが撮った」

 写真には二人の男女が肩を組んで映っていた。涙で化粧が崩れ、引きつった笑顔を見せているのがハナ・メンツェルだろう。写真越しにでも彼女の恐怖がひしひしと伝わってくる。そしてハナの横で片眼鏡モノクルをつけたオールバックの男が満面の笑みを浮かべてピースサインを作っている。男の白手袋は赤黒く不気味に染まっている。その赤はどこから来たのか。問うまでもない。ふたりの背後に死体が転がっていた。空のビール瓶や古新聞が転がる裏路地に鮮血のプールが広がっている。そのプールの中で腹部に刃物が刺さったふたつの死体が被写体の役目を果たしていた。

「同様の事件がこの一週間で十件起きている。つまりは、世にいう悪人が惨殺死体となって発見されているわけだ。現場に目撃者がいる場合、自分と目撃者と死体の自撮りを撮らせてSNSに投稿させている点も共通だ」

「それで、わたしにどうしろと」

「ファントムシーフを捕らえてくれ」

「どうして警察でやらないの」

「手におえないからだ。つまりやつは、()()()()()()()()ってことだよ」


 中略


「ムッフフ。ちょろいものであるなぁ。この程度でワガハイを止められるとでも思ったのかしらん。ムッフフ」

 暗闇の中を燕尾服姿の男がステッキをつきながら進んでいく。がらんと開けたその広間の壁に窓はなく、等間隔に絵画が飾られていた。

 男はブロンズ像が立ち並ぶエリアを抜けると、広間の中央に位置するガラスケースの前で足を止めた。台座に乗ったガラスケースの中では、絢爛な装飾が施された指輪が鎮座していた。

 親指の爪ほどの大きさのエメラルドの周囲に金で縁どられた乳白色の花弁が広がっており、その花弁には波打つようにいくつもの小さなダイヤモンドが散りばめられている。リングの部分は銀でできており、内側には『Mehr Licht(もっと光を)』と刻印されていた。

 燕尾服姿の男はステッキをガラスケースに叩きつけた。ケースは砕け散り、ガラスの破片が指輪に降りそそいだ。

「おや」

 男は鼻を怪訝に曲げた。ケースが割れると同時に警報でも鳴り響くと思ったのだろう。そのような物騒な音は聞こえない。代わりに、部屋の全てのドアの上からシャッターが降りてきた。そして広間の照明が全て点灯する。白い光の中で男は眉ひとつ曲げることなく平然としていた。

「ファントムシーフ。両手を頭の後ろに組んでその場に伏せなさい」

 どこかから年若い女性の声がした。燕尾服姿の男――ファントムシーフは頭上を掲げた。梁の上に腰かけるレザースーツ姿のヒーロー――ハンターがそこにいた。


 中略


 ファントムシーフの顔面を目がけて弓矢が放たれた。まばたきでさえも遅れをとるその刹那、ファントムシーフの姿が消え、弓矢は空を切って壁に突き刺さった。

 ファントムシーフは数メートル離れた位置にある銅像の肩に腕をのせ、大きくあくびをしてみせた。

「速い」

 ハンターはそうつぶやきながら、二の矢三の矢と次々に放って見せた。弦から手を離した瞬間はたしかに『捕らえた!』感覚が全身を駆ける。それなのに次の瞬間にはファントムシーフの姿は消えている。弓矢よりも素早く動き、避けてみせる。その動きはハンターが過去対峙してきたどのスピードスターよりも素早かった。

「知ってるよお嬢さん。きみはワガハイのようにスーパーパワーをもちあわせていない。きみはただの一般人だ。エクストリームマンやマッドネスガールのような本物のヒーローにはなり得ない。ただのか弱きひとりの少女だ」

 両腕を組んで床に座りながらファントムシーフは高々と笑い声をあげた。梁の上のハンターは対照的に無表情だった。

「能力の有無は大したことじゃない。ヒーローに求められるのは、悲しみを増やさない力だから」

「それならワガハイが本物だ! ワガハイは義賊。富を分配し、悪人を成敗してきた。ワガハイは弱き者たちを悲しみから救ってみせた。ワガハイこそが本物のヒーローだ」

「ひとびとを恐怖に陥れて何がヒーローよ。あんたはただの犯罪者。力に溺れたあわれな獣」

「それでどうする。どうやってワガハイを捕まえる? 弓矢が尽きたらどうする。殴り合いでワガハイに勝てると思うか。ワガハイの速さに勝てるはずがない」

「そんなことする必要はない」

 ハンターが再び弓矢を放つ。それと同時に、インカムで『いま』とつぶやく。すると、広間の壁と床と天井に無数の穴が現れ、そこから矢が放たれた。全ての矢がファントムシーフを狙っていた。全方位からの同時射撃。どんなに速く動けても、逃げ場所がなければ避けられない。

 ファントムシーフは舌打ちをすると、右手を正面に突き出した。そして――

「どういうこと」

 ハンターはインカムに手を置いて声を震わせた。

 ファントムシーフは肩で息をしながら笑っていた。矢は刺さっていなかった。彼は全方位から放たれた矢をすべて避けてみせた。

 もちろん、その動きは文字通り瞬足でハンターの目にはとらえられなかった。だがハンターは自分が目にしたものの中に違和感を覚えていた。ファントムシーフではない。壁に埋め込まれたボウガンから放たれた矢だ。無数の矢のうち、特定の方向から放たれた矢だけが、そう、ファントムシーフが手を向けた方向の矢だけが――

 その時、ハンターは自分の勘違いに気がついた。

 彼女は過去の類例にとらわれていた。超高速のヒーローやヴィランはこれまで何人もいた。だがファントムシーフは厳密には彼らとは違う。彼らと同じように自らの身体を高速で動かしているわけではない。ファントムシーフが掲げた手の先にある数本の矢は――()()()()()()。対象を加速させる能力? ちがう。彼の能力は――

「特定の空間の時間の流れを操っている」

「おや、ばれてしまいましたか」

 ハンカチで汗をぬぐいながらファントムシーフは笑ってみせた。

「あなたは、自分の身体を速く動かしているんじゃない。あなたの身体が存在する空間の時間の流れを速くしているのね。いまあなたは、自分が立っている空間と、人間ひとりぶんの矢が飛んでくる空間の時間の流れを加速させた。加速させた矢を避けると、全方位から飛んできた矢の壁のなかに、人間ひとりぶんのすき間が生まれる。そこを通れば容易に矢の壁は抜けられる。そうでしょう」

「ご明察。ご明察ですよお嬢さん!」

 ファントムシーフは陽気に手をならす。ハンターは弓矢を一本放った。その弓矢は、ファントムシーフの額の目の前で動きを止めた。否。止まったのではない。矢が存在する空間の時間の流れが遅くなっているのだ。ほんのわずかに、少しずつ、矢は前進している。だがその動きはあまりに遅く、止まっているように見えてしまうのだ。

「任意の空間の時間の流れを操る。それがわたしのスーパーパワーです。どうです。すばらしいでしょう。どうぞお嬢さん、降りてきてください。わたしと殴り合いをしましょう。純粋な格闘能力はきっとあなたの方が上だ。だがわたしは、あなたよりも素早く動き、何度もあなたの顔を殴る。このステッキで、スローモーなあなたの顔を殴る。小娘が。あなたのような未熟者に、ヒーローを名乗る資格はない!」

「さっきもいったでしょう」

 ハンターはインカムにそっと手をのせた。

「ヒーローに求められるのは、悲しみを増やさない力だけ」

 とくとくと広間に液体が流れる音が広がった。ファントムシーフは周囲を見渡すが、その音がどこから聞こえるのかわからなかった。

 だがすぐに音の正体は判明した。臭いだった。ファントムシーフの鼻腔に化学薬品の異臭が入り込む。彼は見た。壁に開いたボウガンの穴から流れ出す透明の液体。無数の穴からその液体が流れだし、広間の床にたまっていく。

「ま、まさか。まさか――」

「わたしはハンター。狩人は焦りを知らない」

 ハンターは梁にマッチをこすりつけて点火すると、それをそっと投げ捨てた。

 火のついたマッチが床に落ちる。次の瞬間、広間は轟音と共に巨大な火柱に包まれた。

「時間の流れを変えられても」

 ハンターは梁の上から炎の海を見おろす。

「呼吸は必ずしなければならない。そして、この閉ざされた空間の酸素の量は限られている。時間の流れを遅くして火の回りを遅れさせても、あなたの肺が欲する酸素はどんどん減っていくだけ」

 炎の海の中でファントムシーフの周りだけがヴェールに包まれたように火の手を避けていた。時間の流れを遅らせた空間の中でファントムシーフは焦燥に顔を歪ませた。炎は床を焼き、壁を焼き、ハンターが用意した()()()芸術品も焼きながら黒い煙を放出する。ファントムシーフの周囲が黒い煙に覆われる。彼は両手を広げ、唸り声をあげながら梁の上のハンターをにらみつけている。

「貴様……貴様、なんてことを!」

 だがハンターは応えない。携帯用の酸素ボンベを口にしながら、冷淡に獲物・・をにらみつけるだけだ。

 数分後、燃え盛る炎の中でファントムシーフは崩れ落ちた。空間のヴェールにヒビが入り、黒い煙が彼を覆う。

 その瞬間をハンターは見逃さなかった。

「ヤックヤック!」

 ハンターが叫ぶ。すると、天井を突き破って巨大な一羽の大鷹が舞い降りた。

 大鷹は炎の海にひるむことなく飛びこみ、そのくちばしにファントムシーフを咥えて戻ってきた。

 ファントムシーフは一酸化炭素中毒で気絶していた。火傷は少ない。いますぐ病院に駆け込めば助かるだろう。

「ありがとう」

 ハンターは大鷹の頭を優しくなでると、その背中に飛び乗った。大鷹は激しく羽ばたくと自身が開けた天井の穴を抜けてプラハの夜空に飛びだした。


 後略

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