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幕間B ジューベー ~ゲーミングランドの冒険~

 ヒーローズエンターテインメントインクス

 リアルヒーローコミックノベルシリーズ

 ジューベー ~ゲーミングランドの冒険~


 前略


 メリーゴーランドの奏でる陽気な音楽にあわせて台上の白馬が上下に動いている。装飾がほどこされ光沢を放つ白馬には人間の形をした黒い影がまたがっていた。

 黒い影が弓を構え奇声を発した。陽気な音楽をかき消すほどの声量。ひとりではなかった。メリーゴーランドの上で回転する他の馬の上や馬車の中にも弓を構えた黒い影が現れた。無数の矢がジューベーの背中に向けて放たれ――

 そのすべてをジューベーは一本の日本刀ではたき落とした。

「待っていろ」

 ジューベーは数歩先を行くチヨにそうつぶやくと、メリーゴーランドに向けて飛びかかった。チヨは手の中のクナイを脇下のホルスターに収め直すと、疲労に染まったため息を吐き出した。

 ひと呼吸の間でジューベーは全ての黒い影を倒した。日本刀に切り裂かれた影たちは、透明になって消えていった。

「お見事」

 チヨは片膝をついた。ジューベーはそんなチヨの横を無言で通り過ぎる。チヨは見逃さなかった。ジューベーは笑っていた。ほんのかすかに口角をあげたに過ぎないが、彼はたしかに笑っていた。チヨが先代のキクのあとを継ぎジューベーの従者になってから一年と三月が経つ。ジューベーの笑顔を見るのは初めてのことだった。

「それほどまでに」

 チヨはジューベーの細い五指がつかむ日本刀を――ひじりを見つめた。

「それほどまでに、だ」

 抜き身のままの聖を夜空にかかげ、ジューベーは吠えた。獣のような雄たけびが人工空間ゲーミングランドに響きわたる。

 聖は日本刀でありながら、日本刀特有の弱点である脆弱性を備えていなかった。日本刀は脆い。二、三人の肉を絶てば刃こぼれを起こす。古式懐かしいロールプレイングゲームの世界を模して作られたゲーミングランドは、昨今のゲームのように武器に使用回数は設定されていない。一度手にした武器は、どんなに酷使しても壊れない。ゲーミングランドで作られた聖はどれだけひとを斬ろうとも刃こぼれしないのだ。

 ジューベーは歓喜した。ゲームマスターの罠に落ちてゲーミングランドに放り込まれた自身をほめたたえた。なんとしてでもこの武器を現実世界に持ち帰らなければならない。自身のヒーローとしての唯一の弱点、武器の脆弱性が解消されるのだ。

「ゲームマスターの焦燥が伝わってきます」

 チヨはクナイを構えた。

 一本道の左右に電飾で彩られた屋台が無数に並んでいる。それらすべての屋台から敵キャラクターが現れた。二丁拳銃を構えたカウボーイ。チェーンソーをふり回すホッケーマスクの巨漢。甲冑を身にまとい背丈と変わらない長さの大剣を携えた西洋騎士。片手斧を両手にかかげ不規則に鼻を鳴らすピエロ。羽根冠りをつけた浅黒い肌のネイティブアメリカンがナイフを手に叫び声をあげている。つま先まで伸びる白髭を蓄えたローブ姿の魔術師は、杖の先に赤い球体のエネルギーを溜めていた。

 その他にも、無数の敵キャラクターが一挙にして襲いかかってきた。

 だがふたりが焦ることはなかった。ジューベーは既にゲームマスターの弱点を、この創造世界の弱点を把握していた。それは――


 中略


「それは、お主が優れたゲームマスターであるということだ」

 聖の切っ先をゲームマスター――ケンゾウ・カワカミののどもとに向けながらジューベーはつぶやいた。

 三段腹を包んだ紺色のティーシャツに汗染みが広がる。ゲーミングチェアの上で腰を抜かすケンゾウ・カワカミは陸に打ち上げられた魚のように全身を震わせていた。

「優れたゲームマスターはクリアできないゲームは作らない。現実的にクリアが不可能なゲームとは娯楽ではなく、欠陥を抱えたプログラムに過ぎん。だが貴様は数々の傑作を開発してきた優れたゲームマスターだ。貴様のつくったゲームは、どんなに難易度が高く見えても必ず攻略できるように作られている。拙者はただ集中して死線を避けることを意識すればよかった。拙者の死はゲームの失敗を意味するのだから。死線を避ければ、それが活路だ。さて」

「現実世界に帰してもらおうか。この刀といっしょにな」

「こ、ことわるといったら」

 ケンゾウ・カワカミはのどの奥からそんな言葉をしぼり出した。

 ジューベーは聖の切っ先を、ほんの数ミリ突き出した。ケンゾウ・カワカミののどもとから、一滴の赤い鮮血がこぼれ出す。

「児戯に勤しむ趣味は拙者にはない。拙者はお主と違って加減はできんぞ」


 後略

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