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第一章

 1

 ワールド・トゥデイ 二〇二二年六月五日号 一面

 “若きヒーロー テラトリア皇国皇女殺害 「土のウロコ」世界的供給への懸念”

 六月四日 現地時間一四時頃、スイスのヴァレー州にあるブルックシュルス城で、ジュニアジャスティスとシンクホールマーダーズが衝突。同古城を訪れていたテラトリア皇国の皇女ナターリア・ルキーニシュア・テラトリア(一六)に、若手ヒーローチームジュニアジャスティスのプリンスの攻撃が直撃。皇女は死亡した。

 東欧にある“閉ざされた国テラトリア”は、第一次世界大戦中、大量殺戮兵器の稼働する姿を目にした当時の皇帝テラトリア十一世が『人類に絶望した』ことから戦後になると積極的に他国との交流を拒絶していくようになり、一九四一年のソビエト連邦を最後にあらゆる国との国交断絶を終結した。

 この東欧にある未開の地テラトリアが、現代史にその姿を現したのは二十年前のことになる。一九九二年四月。テラトリア国内で起きた軍事クーデターに、プロテクション・オブ・ジャスティス(以下POJ)が介入、平和的解決に尽力したことを機に現君主テラトリア十三世が各国との国交回復を宣言。同皇帝の『もう少し人類を信じてみることにした』なる言葉は、平和に飢えていた世界中の若者たちの間で流行した。

 ナターリア皇女は今年四月からスイスのヴァレー州にある国立学校に留学しており、昨日は同校の授業の一貫としてブルックシュルス城近辺を訪れていた。何故皇女が戦闘に巻き込まれたのかについての調査は、国際連合事務局の下部組織“デパートメント・オブ・スペシャルオペレーションズ(通称『特別活動局』)とスイス警察が合同で行う。現段階では特別活動局スイス警察共にコメントを発表していない。

 多くの専門家たちは今回の事件が今後の世界的エネルギー問題に大きな影響を与えると述べている。テラトリア北部にあるカイネル山脈で発掘される次世代型エネルギー資源通称“土のウロコ”は、その安全性とエネルギー効率の高さから、核エネルギーに代わる新たなエネルギー資源として世界中から期待されている。テラトリア十三世は“土のウロコ”の独占はせず、平和的活動に尽力しているとテラトリアが評価した国家に対し安価で優先的に輸出することを約束していた。だが今回、アメリカを中心とする西欧諸国と友好関係にあるPOJの実質的な下部組織ジュニアジャスティスの一員によって皇女が殺害されたことを受け、テラトリアは先の約束を反故し、再び“閉ざされた国”に戻る可能性が高い。

 テラトリア国内各地では今日、大規模なヒーロー活動反対デモが行われる予定だ。一部の保守派はプリンスの身柄をテラトリアに引き渡すようSNSなどで声明を発表し、多くの国民がこの意見を肯定的にとらえている。また国外でも“土のウロコ”の供給のためにプリンスをテラトリアに引き渡すべきだとの声が高まっている。

 しかしことはそう簡単には運ばない。ご存じの通り、プリンスは二十九世紀の太陽系全域を支配する未来人類“ハウス・オブ・フォー(フォース家)ス”の一員であり、その本名はターハット・フォース二十五世。彼の身体にもやんごとなき血が流れているのである。

 二十九世紀から二十一世紀にヒーロー修行のために訪れたこの若きヒーローを現代の法律で裁くことは倫理的に正しいことなのか。また文化人類学の専門家ドナルド・ウェイクフィールド教授は『この皇太子の身に何かしらの害が及べば、フォース家がタイムトラベルによって二十一世紀を訪れ、われわれ現代人に攻撃的な姿勢をとる可能性は十分あり得る』とコメントしている。現代の人類が有する軍事兵器と二十九世紀の軍事兵器との間に圧倒的な性能差があることは、二〇〇七年にワシントンで起きた“フォース家の逸脱者”メビウスマンによる米国大統領官邸襲撃事件(通称レッドハウス事変)が証明している。最終的にメビウスマンを捕縛したのは米国軍でもPOJでもなく、二十九世紀からメビウスマンを追いかけてきたフォース家の面々だったことは記憶に新しい。

 “土のウロコ”をとるか、“未来人類との友好”をとるか。現在プリンスを拘束している特別活動局の判断に世界中が注目している。


 2

 二〇二二年 六月十一日 二二時〇六分

 オクラホマ州 テリサ市


「ことわる」

「まだ何もいっていない」

「いいたいことはわかっている。いわせたいこともわかっている。だから、ことわる」

 交渉の相手は両手を後ろに組んだまま直立の姿勢で数十センチほど床を浮いている。足を落ちつけるヒマもないといいたいらしい。すっかり人間味を増してきたこの異星人に、ロイ・フリーマンは憤りを越えて親近感を覚え始めていた。

 国際連合特別活動局オクラホマ支部第二オフィス。交渉部部長補佐官の肩書を持つロイは、デスクの引き出しからタバコを取りだした。

「タバコはやめたほうがいい」

「身体に悪いからか」

「いや。傲慢に見えるからだ。交渉の場面には向いていない。吸うなら、わたしが去ってからにしたほうが」

 忠告を無視してロイはタバコに火をつけた。点滅をくり返す蛍光灯の下で、紫煙が頼りなく揺れている。

「きみを信用しているからだよ」

「信用しているのなら昼間に呼びだしてほしい。他の職員が帰ったこんな夜中ではなくて」

 タバコを咥えたままロイは窓から外の景色を眺めた。あたり一面で風に吹かれた小麦が夜空を見つめている。五年前。特別活動局オクラホマ支部は、小麦農家がもつ敷地の一画にある納屋を改装して設けられた。看板もなく、インターフォンもない。職員たちはジーンズかオーバーオールでの出勤が義務付けられている。それら全ての理由が秘匿性の三文字で片付けられていた。

「おえらいさんの会議は遅々として進まないよ。テラトリアを敵にしたくない。かといってフォース家の反感も買いたくない。ハズレしか入っていないクジなんて誰が引きたがる」

「テラトリアは」

「遺体の引き渡しを要求するだけ。逆に不気味で仕方がない。タイム・フォンで二十九世紀とコンタクトを取ってみたが、フォース家からも返事はない。あれ壊れているんじゃないか」

「クラナリ・フォースは少なくとも二十七世紀まで壊れることはないと保証してくれた。返事がないということは、フォース家もいまのところは沈黙を貫いているということか」

「それならばプリンスの身柄はテラトリアに引き渡すべきかな。沈黙は煮るなり焼くなり好きにしろと表明しているに等しい」

「テラトリアには死刑制度が残っている。テラトリアの国境をまたいだが最後、裁判所経由、電気椅子行きだ。未来人類とて命はひとつ。その責任をきみたちはとれるのか」

「断頭台だ」

「なに?」

「テラトリアにはまだ古色蒼然こしょくそうぜんとした文化が残っている」

 ロイはタバコの火を木製のテーブルに押しつけた。農家の老夫婦が戦前から大事に使い続けていたというアンティークもの。ロイがそのことを部下から聞いたのは、すでにタバコ一ダース分の火を押しつけたあとのことだった。

「お偉いさんが昨日の会議で出した答えがこれだ。プロテクション・オブ・ジャスティスにプリンスの処遇を決めてもらいたい。きみらの結論を()()に改めて会議をおこなう」

「だから、ことわる」

「ことわらないでくれ」

「責任を押しつけるつもりか」

「参考にするだけだよ」

「では、POJの名前は出さないわけだ」

「最終的には公表するよ。あんたらの名前がなければ、一般大衆は納得しない」

「ロイ……」

「エクス。そんな顔をしないでくれ」

 エクストリームマンはマントをたなびかせながらゆっくりと床に降りると、丸型の椅子に座り両手で顔をなでた。

「フォース家が攻めてきたらどうする。きみらはPOJを盾にするつもりだろう。テラトリアが国境を閉ざし“土のウロコ”を独占したらどうする。きみらはPOJを自分達の武力としてちらつかせ、次世代型エネルギー資源を提供するように脅すつもりだろう」

「いい加減にしてくれエクス。これはただの地球人に扱える案件じゃないんだ。だけどこの地球が舞台である以上は、地球人が舵を取らなければならない。ここまでいわないとわからないのか。頼む、協力してくれ。われわれ人類にはきみたちの力が必要なんだよ」

 両目を閉じ、二分ほどエクストリームマンは沈黙を貫いた。

「チームで相談させてくれ」

 エクストリームマンはゆっくりと浮遊すると、窓を開けてオクラホマの夜空に消えた。


 3

 七日後の夜。再び特別活動局オクラホマ支部を訪れたエクストリームマンは、沈痛な面持ちで口を開いた。

「やろう」

「本当か」

 ロイ・フリーマンはビール缶を投げ捨てると、タブレットのメモ帳アプリを起動した。その横でエクストリームマンは冷蔵庫を開きミネラルウォーターのペットボトルをとりだしながらつぶやいた。

「わたしは反対した。だがチームの何人かは賛成した。答えを与えるのは力をもつものの義務だと」

「きみはそうは思わない」

「思わない。わたしたちは政治的な判断力に長けているわけではないから」

「いやいや。そんなことはない。これまできみたちが何度この地球を救ってきた。きみたちがいなかったら今頃――」

「いくつか条件がある」

 エクストリームマンはひとさし指を立てた。

「きみもよく知っているだろうが、わたしたちPOJのメンバーはそろいもそろって、なんというか」

「頑固者?」

「そう、頑固者。頑固者ばかりだ。七人の意見が容易にまとまるわけがない。議論には時間が必要だ。七十二時間をもらおう」

「七十二時間、徹底して議論を行うっていうのか。合宿みたいだな」

「そうだな」

 中指が目にもとまらぬ速さであがる。

「ふたつめの条件。この七十二時間の議論は部外者が立ち入れない場所で行う」

「部外者って、誰のことを指している」

「POJの七人とプリンスを除くあらゆる人間。プリンスは連れていく。必要に応じて話を聞く」

「待てよ。わたしもその中には入れないのか?」

 ロイは電子ペンを突き立てて声を荒げた。エクストリームマンの二本の指が電子ペンを撫でて向きを逸らす。

「三年前にダンダール共和国で起きたことを忘れたのか。人道支援の是非を問う会議で、リフレクトマンが何人もの政治家の世迷いごとを真に受けて……その結果わたしたちはとんでもない危険にさらされた。入れ知恵を受けるのはごめんだ」

「具体的にどこで行うつもりだ。非公表とはいえ、ジャスティスホール(きみたちの基地)の場所を知る者は何人もいる。テレポートで入り込むことができるヒーローだってたくさんいるぞ。いや、それよりも電話線一本あれば入れ知恵なんてできてしまう」

「その通り。既存の建物は信用できない。だからダイダロスとマッドネスガールに、会議をするための新しい基地をつくってもらうことにした。外部との接触を拒む、完全に独立した基地だ」

「ダイダロスはともかく、マッドネスガールだって?」

「基地は地中に建てる」

 ロイは大きくうなずいた。百台の掘削機を用意するよりは、マッドネスガールひとりが地中を掘り進めたほうが仕事は早い。

「すでに二人は作業を進めている。竣工まで半年。ダイダロスの能力をもってしても半年だ」

「ダイダロスで半年ってことは、大手ゼネコンなら十年ちかくかかるってことだな。わかった。スイス警察との捜査だって慎重に慎重をきすため早くても半年以上はかかるんだ。それぐらいは待てるさ」

「三つ目の条件だ」

 エクストリームマンの巨大な親指が勢いよく開いた。

「わたしたちが地下基地にこもる三日間、POJが不在と知って世界中のヴィランたちが暗躍するかもしれない。他のヒーローチームにもこの三日間は治安維持に篤く務めるよう依頼する。だがヒーローたちの力には限度がある。世界中の警察たちにも、三日間の間は勤務者の数を増やして治安維持に努めてほしい」

「オッケー。何とかしてみるよ。きみたち七人が三日間消えるだけで、世界中にとてつもない影響が与えられるわけだ」


 4

 二〇二三年 一月十四日 一〇時四五分 大西洋 アゾレス諸島近郊 無人島


「われながらよくやったよ。半年でこれほどのものを完成させるとは」

 ハンモックに小さく太い体躯を転がす中年男がひとり。ハイビスカスを咲かせたアロハシャツはその下にあるぶ厚い胸板の自己主張を隠し切れず、今にもボタンがはじけて飛びそうだ。ぼさぼさに伸びた茶色の縮れ髪。日焼けした肌の上で無精ひげが泳いでいる。

「驚かないよ」

 エクストリームマンは無表情のまま波ひとつ立たない湖を見つめていた。

「きみの能力をわたしはよく知っている。豪快で下品なふるまいと、冷静で計算高い頭脳が共存していることも」

「エンジニアってのはそういうもんだ。なぁ、ひょっとして。今日って私服じゃまずかったかな」

 男は上半身をあげてサングラスを取ると、戦闘服姿のエクストリームマンを見つめた。銀色を下地に赤い流星のラインが走るシンプルなボディースーツ。銀色のマントは太陽の光を反射させて輝いていた。

「わたしは構わないけど、マッドネスガールあたりが怒ると思うぞ」

「わかったよ」

 ハンモックから降りると、男はアロハシャツを脱ぎ捨て左腕にバンドで固定している手帳サイズのタブレットを操作した。数秒後、青空から大気を引き裂く音が響き男の背後三メートルほどの位置に小型の金庫のような小さな箱が落ちてきた。

「二メートルと五センチずれちまった」

 男はぶつくさとつぶやきながら箱を開ける。中に入っていたのはオリーブドラブ色のジャンプスーツだ。男がそれを持ち上げると、ジャンプスーツに絡みついた何本ものベルトがじゃらじゃらと音を立てた。どのベルトにも大小さまざまなポケットがついており、やかましい音はそれらポケットの中のものが奏でているようだ。

 慣れた手つきでジャンプスーツを着て、ベルトを全身に固定する。箱の中から柄の短い斧を取りだし腰のベルトに収める。最後に男はジャンプスーツの胸元を開いて、濃い毛の生えた胸板を外気にさらした。

「武器はいらない気もするが」

 エクストリームマンは渋い目をしながら体毛の濃いこの男――ダイダロスの斧をにらみつけた。

「存在が武器そのものの男にいわれたくないな。集合時間まであと……一時間くらいか。リックは今日も遅刻してくるかな」

「この時間に来ていないということは遅刻だろう。両極端な男だから」

「またマッドネスガールにどやされるな。おっと。ド派手な野郎のおでましか」

 西の空から小刻みな爆発音が聞こえる。音が大きくなるにつれて、青空に浮かぶ黒点が人間の輪郭に変化していった。背中につけたバックパックから炎を放出させて空を飛ぶひとりの男。両ひざと両ひじ、そして腰の部分をぐるりと金色のラインが囲う漆黒のボディースーツ。軽量ながら頑丈な特殊加工のヘルメットの目元は、ライトグリーンの細かな編み目が装飾されている。アメリカを拠点に活躍するヒーローにしてPOJの一員、ドラゴンフライが湖のほとりに降りてきた。

「よぉ、久しぶり。おれは三番目?」

「その通りだ。あとでブロンズメダルをやるよ」

ゴールド以外に興味ないね。ちぇ。朝食を抜いてくればよかった」

「よく来てくれたな。多忙なきみが三日間も時間をつくってくれるとは」

 エクストリームマンがドラゴンフライに手を差しだす。ヘルメットを被ったドラゴンフライはその手を握り返しながら口元だけで笑ってみせた。

「まったくだよ親友。この七十二時間を捻出するためにおれがどれだけ苦労したことか。まぁいい。それだけの価値がある三日間になるだろう。エクス。テラトリアは本当に何もいってきていないのか」

「ロイによると、な。遺体の引き渡し要請以降、テラトリア皇室は完璧に沈黙を貫いている」

「世間じゃ土のウロコを使った最新兵器で世界征服を企んでいるなんて陰謀論が流れているぞ」

「初耳だ」

「相変わらず俗世間に疎いな」

「それならわしも聞いている。ネットニュースでも話題になっていた。胡散臭い自称専門家どもが真剣な顔でテラトリアの脅威を語っておったわい」

 ダイダロスはドラゴンフライのバックパックを弄りながらいった。

「これだって、土のウロコを使えばパワーが増すわけだろう?」

「その通りだよ職人さん(ディミウルゴス)。今よりも十八倍の速度で飛ぶことができるようになる。実をいうと風圧に耐えられる新しいヘルメットをつくる方が大変でね」

「興味深いな。時間があったら土のウロコについてお前さんの意見を聞きたい。暇な時にワシの部屋に来てくれ。うまい酒を何本か隠してあるんだ」

「楽しみだね。マッドネスガールには内緒だ!」

「四人目だ」

 猛禽類のかん高い鳴き声が湖に響いた。落雷のような勢いで一羽のたかが降りてくる。くすんだ灰色と純白のものが混ざりあった全身の羽毛。曲線を描く黄金色のくちばし。丸太でさえも容易に輪切りにしてしまいそうな黒いかぎ爪。そして何よりも特徴的なのは――

「カックカック。着地」

 ――全長二メートルを超すその大きさだ。

 鷹が湖のほとりに着地すると、その衝撃で土煙が巻きあがった。ダイダロスとドラゴンフライは転げながらうめき声をあげ、エクストリームマンは自分の身体に土が当たらないよう大きく息を吐いて防いだ。

 土煙が落ちつくと、空から降りてきた大鷹はけろりとした表情で三人のヒーローを見つめた。

「あれ。四番目か。それならもっとゆっくりすればよかった」

「ハンター。本当に無茶苦茶だなきみは!」

 ドラゴンフライはヘルメットの角度を直しながら大鷹を指さした。大鷹は向けられた指に興味を示したのか、身体を伸ばしてくちばしで触れようとした。

「やめろよ。おれはお前のエサじゃないからな」

とんぼ(ドラゴンフライ)一匹くらいペロリだよ。この子はすごい食いしん坊だから」

 大鷹の背中の羽をかき分けてひとりの少女が立ち上がった。黒を基調に薄い緑を併せたレザースーツが幼さの残る身体のラインの上を走っている。レガースや肘あてで身体の各所を防護。腰のベルトには小型の鉈とナイフがぶら下がっている。目元は黒く大きなドミノマスクで隠しており、左耳で透明な球状の飾りがついたイヤリングが揺れていた。

 POJの若きヒーロー“ハンター”は大鷹の背中から軽やかに飛び降りる。ドラゴンフライとエクストリームマンのふたりと握手してから、満面の笑みを浮かべて両手を広げる義父(ダイダロス)に抱き着いた。

「よくきたな、我が娘よ」

「お父さん。本当に半年で基地をつくったの。すごい!」

「いや今回は本当に苦労した。場所を探すのにも時間がかかったし、資材と業者をこの島まで運ぶのも大変だった。半年でできるなんて安請け合いした自分を呪ったよ。それよりすまなかったな。時間がなくてそいつが飛び回れる部屋はつくれなかった」

 ダイダロスはハンターの背後で毛づくろいをする大鷹をあごでさした。

「いいよ。三日間くらいこの子なら大人しくしていられる」

「え。こいつも連れていくのか」

 ドラゴンフライがいった。

「もちろん。わたしとこの子はふたりでハンターなんだから。それに、わたし以外にこの子の面倒を見られるひとはこの世にはいないわ」

「大事にしているわりにはまだ名前をつけていないんだな」

 ダイダロスはあごひげをなでながら大鷹の身体を撫でた。だが大鷹は何か気にいらなかったのか、軽く羽ばたいて後ろに下がった。

「名前って一度決めたら変えられないでしょう。そう考えると、なかなか思いつかなくて」

「時間があったら皆で考えればいい。もしくはいまここで決めるか。エクス。きみなら何て名づける?」

「ケン」

「ケネスってこと?」

「いや、日本のカートゥーンに大鷹の……」

 空から聞こえるヘリコプターの音にエクストリームマンの言葉は遮られた。側面に“U”と“N”の二文字が大きく描かれた大型ヘリコプターが東の空から飛んできて湖の奥にあるヘリポートの方へ向かった。

「国連のヘリだ。ロイだな。プリンスもあそこに乗っているのか」

 ダイダロスが訊ねる。

「そうだ。シャットダウンリングで能力を使えないようにして、あとは普通の人間が着るものと同じ、拘束服を着せている」

「シャットダウンリング……やれやれ。まさかあれをヒーローに使う日が来るとわな。わしはそんなことを目的として作ったわけじゃないぞ」

「ヘリの周りには誰も飛んでいなかったけど。護衛は?」

 ハンターの疑問は妥当だった。プリンスの輸送をどこかから聞き出したテラトリアの過激派がヘリコプターを襲わないという保証はない。同様の場合、ヘリコプターの周りに護衛役としてヒーローを伴って飛ばせるのが特別活動局の定石だった。

「ということは、あのヘリコプターの中には()()()がいるってことだろ」

 ドラゴンフライはへらへらと笑いながらヘリコプターの方へ歩き出した。

「たしかに。彼がいるなら、護衛はいらないな」

 エクストリームマンは地面から浮かび、ヘリポートの方へ行こうと親子を促した。

 ヘリポートに着くと、ヘリコプターは既に着地しており、ローターの回転がゆっくりとおさまるところだった。

 ドアが開き、ロイ・フリーマンとその部下数人が降りてくる。ロイは四人のヒーローと一羽の大鷹に気づき、こちらへ来るよう手招きをした。

「よう、ロイ。元気だったか」

 ドラゴンフライが陽気な口調でロイの肩を叩く。だがロイはそんなテンションにあわせる余裕がないのか疲れ切った表情で首をふった。

「元気なものか。この案件の責任者を任されて半年、一日だって心休まる日はなかったよ。やぁ、エクス。ハンター。ダイダロス、基地の件は本当にありがとう」

 ロイは順繰りにヒーローたちと握手を交わす。

「それで、中に?」

 ハンターはヘリの内側に目をやった。

「あぁ。話しかけてやってくれ」

 ヘリコプターの座席に、真っ白の拘束着に包まれたプリンスがいた。ハンニバル・レクターのように口もとを覆うフェイスマスクは着けられていないが、見るからに意気消沈しており、ジュニアジャスティスの一員としてイオンレーザーを放っていたころとは別人のようだった。

「よう、王子様。調子はどうだ」

 ドラゴンフライはサムズアップを投げかけた。だがプリンスはほんの少し目を動かしだだけで、何も応えなかった。

「ドラゴンフライ、やめておけ。プリンス」

 エクストリームマンはヘリコプターの中に入り、プリンスの肩をたたいた。

「われわれがどんな決断を下そうと、それが正義と相反しないことだけは約束する。もしきみがヒーローを自認するのなら、わたしたちを受け入れてくれ」

 プリンスはエクストリームマンと目を合わせ、ゆっくりと、小さく、うなずいてみせた。

「よし。ところで、ジューベーはいないのか。」

 ヘリコプターの中を見回しながらエクストリームマンが訊ねる。ロイもその部下も既に降りており、後部座席にはプリンス以外に誰もいない。

「護衛のヒーローが飛んでないから彼がいっしょかと思ったんだが」

「いっしょだよ。ほら、そっちにいる。先に飛び降りたんだ」

 ロイは四人のヒーローの背後を指さした。

 ふり向くと、木々の間にたたずみ、両目を閉じている青白い顔の()()がいた。

 緋色の小袖に濃紺の袴。ぼさぼさに伸びた黒髪を頭のうしろで無造作にまとめている。腰には一本の日本刀をぶら下げ、それは持ち主と同じく凛とした雰囲気を発していた。

「ジューベー! 空を飛べないお前のことだ。ヘリに乗ってきたんだろう。だがいつの間に降りたんだ?」

 ドラゴンフライが駆け寄り、ジューベーの肩を大げさに揺する。ジューベーは片目を開くと、無愛想な表情でドラゴンフライの身体を強く押しのけた。

「うわ。何をするんだよ!」

 尻もちをついたドラゴンフライが抗議の声をあげる。ジューベーは片目をのぞかせたままその小さな口を開けた。

「……酔った」

 くるりとふり向き、幹の太い木に片手を置く。POJの最強の一画を担う東洋のヒーローは、顔を伏せながら()()()()()()()()

「お、おう。悪かったな友よ。ほら、ハンカチだ。使ってくれ。ロイ、水ないか」

 ドラゴンフライがジューベーの背中をさする。ジューベーはまた小さな口を開けて『すまん』と繰り返した。

 ヒーローたちは移動せず、ヘリコプターの周りで集合時間まで時間を潰すことにした。

 やがて時刻が午後の十二時になると、空からふわりとヒーローがひとり降りてきた。

「待たせたかしら」

 へその部分に編み目が走るワンショルダーのトップスに丈の短いジャケットを重ねていた。ショートパンツからすらりと伸びる足は黒いロングブーツに納まっている。すらりとした体躯ながら、グローブをつけた両手だけがアンバランスに大きい。背中まで伸びた銀色の髪は風に吹かれて揺れていた。

「ようこそ、マッドネスガール。いや、基地の建設にはきみも尽力したんだったな。ようこそというのはお門違いか」

 ロイは宙を浮いて降りてくるマッドネスガールの手をとった。

「別に。わたしはもぐらみたいに土を掘って回っただけ。基地そのものには何も関与していないから」

「だがお前さんがいなけりゃもっと時間がかかっておった。本当に助かったよ」

 ダイダロスがひげをさすりながらいう。

「そもそもどうして地中に基地をつくったの。部外者を入れたくないなら宇宙にでもつくればいいじゃない」

「おいおい。大気圏に資材をもっていく方が大変だぞ!」

「エクスがひとりでやってくれるでしょう」

「できるが勘弁してほしい」

 エクストリームマンは両眼を細めて首をふった。それを見てマッドネスガールが鼻で笑う。

「それで。これで全員集まったの。いいわ。遅刻魔は放っておきましょう。これだからイギリス人は……」

「お国の名前で悪口をいうのはよくないよ。迷惑をかけないイギリス人だってたくさんいるんだから」

「我が娘よ。たいがいのイギリス人は迷惑をかけない。迷惑をかけるのは一部のイギリス人と政治家だけだ」

「真っ当なことをいってもジョークにはならないぜ」

「黙っとれ小僧。まぁいいじゃないか。いまさらリックが遅刻したところで驚きはせん。少しぐらい待ってやろう」

 十分後。空から金属が触れ合うようなかん高い音が小刻みに聞こえてきた。

「遅刻のいいわけが楽しみね」

 マッドネスガールは右の拳を左の手のひらに叩きつける。

 かん高い音は徐々に大きくなっていき、やがて上空にひとりの男が現れた。男は首から下を半透明の鎧に包んでいる。その鎧の内側には氷の中にできた気泡のように白いグラデーションが広がっていた。

 空中で仁王立ちの体勢をとると、男は首をひねりながら周囲を見回した。

「こっちだ。リック」

 ダイダロスが空に向かって大声を出した。半透明の鎧の男は大きく腕をふると、上半身を下に向け例のかん高い音を発しながら降りてきた。

「ど、どうもみなさん。えっと、時間。時間は……誰か時計もってない?」

「十分の遅刻だ。リフレクトマン」

 ロイが腰に手を当てながらいった。半透明の鎧の男――リフレクトマンは、白いドミノマスクの上からこめかみを()いた。

「理由があるんだ。カンタベリーウーマンがアイルランドのスコッチ蒸留所で暴れまわっていて。安心して。既に捕まえて警察に引き渡したから」

「いいわけより先に謝罪の言葉を出すのが社会人ってもんでしょ」

 マッドネスガールが土を踏み荒らしながらリフレクトマンに詰め寄る。マスクの下の青い瞳を困惑に曇らせ、ぼさぼさの金髪を撫でつけながらリフレクトマンは肩をすくめた。

「そのへんにしておけ。すでに十分をロスしているんだ。謝罪を聞く時間さえもったいない」

 エクストリームマンがよく響く声で場に緊張感をもたらす。

「ロイ。これでPOJ全員集合だ。これより我々は地下基地通称“ベース”に潜りプリンスの処遇について会議を行う。ハンター。プリンスをヘリから降ろしてくれ。常にプリンスの隣についていてくれ」

「任せて」

「よし。ロイ、プリンスの身柄は我々が預かる。何か確認しておきたいことはあるか。書類にサインは必要か」

「いや大丈夫だ」

「そうか。ダイダロス。基地まで案内してくれ」

「入り口はすぐそばだ。みんなついてこい」

 ダイダロスを先頭に森の中に入っていく。深い緑色の葉を揺らす木々を抜けた先にあるのは――ダイダロスとエクストリームマンが談笑をしていた湖だった。

「少し待て」

 ダイダロスが左腕につけたタブレットに指をすべらす。数秒後。地面を介して轟音が島中に響き渡ると、湖の中央に水中から黒い筒状の小さな建造物があらわれた。湖の縁からその建造物に向かって伸びる橋も水中からあわせて現れる。

「あそこで七十二時間も過ごすのか? ずいぶん小さい建物だな」

「ばかもの。地下につくったといっただろうが。あの中にベースまで降りるエレベーターがあるんだよ」

 ドラゴンフライの軽口にダイダロスが声を荒げる。

「湖の下につくるなんて怖いな。水が入ってきたりしないよね」

「安心しろリック。この湖の水深は浅い。われわれがこれから向かうベースは湖よりもさらに下、アンダーワールドに近い深度にある。湖の水が入り込むなんて可能性は絶対にない。仮に浸水したとしても、マディがいればすぐに脱出できるだろう。天井をぶち抜いて、土をかき分けて外に出ればいいんだ」

「エクスでもできる。あんたが本気になればこんな土、ゼリーみたいに簡単に突き破れるでしょう」

 マッドネスガールがエクストリームマンを横目で見つめる。

「できるけどやりたくないな。指先が荒れそうだ」

「ああ待て。確認の意味もこめて先に話しておこう」

 ダイダロスが毛むくじゃらの手を出して皆を制した。

「前に話した通り、ベースは外部からの干渉を拒絶するよう造られている。この中に外部との通信装置はないし、地上からの電波の類も通じない。外部との通信手段は皆無と考えてくれ。ダンダール共和国での失敗を繰り返さないためだ」

「なんだかぼくばかり責められてる」

 リフレクトマンは下唇を突きだした。

「そういうな。失敗は若者の特権だぞ。お前さんはチームの中でいちばん若いんだ……えっと、ハンターを除けば」

 咳払いをはさんでダイダロスは神妙な表情をとり戻す。

「ネットも通じていないの? 調べものをしたいときはどうすればいいの。過去の判例とか法律について調べたい時は?」

 ハンターが手をあげて訊ねた。彼女の背後に立つ大鷹が、主人の手にはめられたグローブの先っぽを大きなくちばしで甘噛みしている。

「図書室を用意した。最新の司法関連の書籍は十分すぎるほど揃っておる。アリストテレスや孔子に相談したくなった時のために、倫理の書籍も用意しておいた。日本語版もあるからな」

 ダイダロスにへたくそなウィンクを贈られ、ジューベーはほほをひくひくと痙攣させた。

「古人の言葉なんて必要ない。わたしたちに必要なのはわたしたちが信じるわたしたちの価値観よ。時代錯誤な倫理観に惑わされるのはごめんだわ」

「マッドネスガール。アンダーワールドにも過去を敬う文化は存在するはずだ」

「あら、ならその文化は断絶されたわけね。アンダーワールド最後の生き残りが否定しているわけだから」

「やめなさいよマディ。わかった。調べものをする時は図書室に行く。ネットフリックスが見られないのはちょっと不満だけど、三日間くらいがまんするわ」

「外部との接触が不可能ってのはわかった。だけど、それは科学的な方法に限った話でしょう」

 リフレクトマンがあごをさすりながらいった。

「例えばバス・ストップマン。あいつがその気になれば――」

「バス・ストップマンは五年前のリヴィングソウル事件で死んだぞ」

「例え話だよ、エクス。例えばバス・ストップマンのようにワープ能力をもつやつがベースの中に入ってきたらどうするのさ。他にも空間連結孔をつくって魔術師系のやつがベースの中に入ってくるかもしれない。つまりさ、その気になれば非科学的な方法でベースは外部との接触が可能なんじゃないの」

「タイムトラベルも」

 ジューベーがつぶやいた。その目は未来人類フォース家の一員にして、拘束着にくるまれたプリンスを見つめていた。

「タイムホールからベースの中に直接出ることも可能なのだろう。フォース家が現れてプリンスを奪いにくる可能性だって……ゼロとはいえまい」

「そこらへん、全部まとめて心配はない。いやたしかに。お前らのいうとおりではある。ワープ能力や空間操作系の魔術やタイムトラベルを防ぐ建造物はいかにわしでも造るのは不可能だ。だから今回はこんなものを用意した。リック。行け」

 ダイダロスがリフレクトマンの背中を強く押した。ふらふらと身体を揺らしながら黒い建造物に向かって湖の上に伸びた橋に足を踏み入れる。すると、ダイダロスの左腕につけたタブレットから鼓膜を切り裂くような高音が発せられた。

『警告! 警告! パラノーマルセンサーが異変を感知しました。繰り返します。パラノーマルセンサーが異変を感知しました』

 高音に続いて緊迫感のある機械音声がタブレットから発せられた。ロイが背広からスマートフォンを取りだしどこかに連絡する。

「ジャック。どうだ。そちらでも問題なく感知したな。ああ。たしかにこの音。たまったもんじゃないな!」

 ロイはスマートフォンを耳から離し、ダイダロスに目配せを送る。

「というわけだ」

 ダイダロスは得意げに鼻息を荒くした。

「ベースの周囲三六十度にはパラノーマルセンサーが張り巡らせてある。これは名前の通り、現代人類では解明が不可能な非科学的な能力に触れた際に反応するセンサーだ。今は亡きバス・ストップマンがワープしてセンサーの外から内側に移動すればセンサーが感知してこのタブレットと特別活動局本部にアラートが発信される。魔術による空間移動にも反応。タイムトラベルによる時空間干渉にも反応する。その他もろもろの……まぁとにかく、何らかの超能力を用いてベースに侵入しようとしたらこのアラートが鳴ると思ってくれ」

「つまり今は、リフレクトマンの存在にパラノーマルセンサーが反応したわけね」

 マッドネスガールが長い指を橋の上でたたずむリフレクトマンに向けた。ダイダロスはタブレットを操作し、アラートを止める。

「その通りだ。リックの身体には非科学的かつ超常的エネルギーであるリフレクトパワーが豊富に備わっているからな」

「ここにそのセンサーがあるの? 何も見えないけど」

 ハンターは橋と陸地の境目に手を伸ばしてみた。非科学的な能力をもたないハンターの身体にパラノーマルセンサーは反応しない。

「前にもいっただろう。人間の目には見えないのさ、我が娘よ。特別活動局本部にはわしといっしょにこのパラノーマルセンサ―を開発したエンジニアが七十二時間常時センサーのモニターを監視しとる。このアラート音が鳴ったら会議は中断。POJの全員でもって、センサーに触れた闖入者を退治しにいく」

「話には聞いていたが、すごい発明だなダイダロス」

 ドラゴンフライが両手をたたいた。

「シャットダウンリングと同じで、世界中の警備会社から注文の依頼が来るんじゃないか」

「いや、それはない。実はこのセンサーにはひとつ弱点があってな。稼働に莫大な費用がかかる。まともな経営判断ができる企業なら見向きもしないさ」

「正直にいうと、センサーの稼働費用が一番の難題だったよ。特別活動局のお偉いさんを説得するのにどれだけ苦労したことか」

 ロイは両のまぶたに指を押しつけた。

「十七日の午後〇〇時、ロイがエレベーターでわれわれを迎えにくるその瞬間にパラノーマルセンサーは解除される。その時点では既にわれわれの間で結論が下されており、横やりをいれる隙はないからな」

「わかったよダイダロス。それじゃあ早速、センサーが異星人の身体にも反応するのか試してみようか」

 エクストリームマンが橋の上に移る。ダイダロスのタブレットからアラートが発せられた。

「あんたの身体は非科学的だとよ」

「知っている」

「アンダーワールド出身者は?」

 マッドネスガールが訊ねる。

「地底人はわからん。サンプルはお前さん一人だけだからな」

 果たしてアラート音はならなかった。かつて地球の地下深くに栄華の時代を築いた地底人をパラノーマルセンサーは非科学的とは認めなかった。

 続いてドラゴンフライとジューベーが順番になって続く。科学兵器と格闘能力を武器に戦うドラゴンフライにセンサーは反応しなかった。この陽気な南米人とは反して、幾多の武士もののふの霊魂と同調して超人的な身体能力を手に入れたジューベーの身体にセンサーは反応を示した。

 ダイダロスが橋に入る。古代ギリシャの神々の力を引き継ぐこの毛むくじゃらの男の身体にもセンサーは反応を示した。次に拘束義を着たプリンスが、ハンターに支えられながら橋の上に移った。

「え、鳴るのか」

 けたたましいアラートに向かってリフレクトマンが驚きの声をあげた。

「プリンスは未来人類だからな。体内に蓄積されたイオンエネルギーは現代人にはない特徴だ。これで全員だな」

 ダイダロスはタブレットのスイッチをオフにした。しかし既に橋の上にいるハンターが声をあげた。

「まだだよ。トルックトルック。こっちにおいで」

 ハンターは地面にくちばしを擦り付けていた大鷹に声をかけた。大鷹は主人の声に反応し、大きな翼を羽ばたかせながら湖の上空に飛んできた。その瞬間、タブレットからアラートが発せられる。

「そうか忘れていたよ。あいつは魔術の産物だったな」

 ダイダロスが宙を舞う大鷹を見上げながら額を叩いた。

「魔術師ノアの事件ね。ノアが野性動物に生体改造を施して世界中の都市を襲わせたのって……何年前だっけ」

「八年前だよマディ。嫌な事件だったね。あのあとたくさんの動物園が閉園に追い込まれたそうじゃないか」

 ドラゴンフライはマッドネスガールの肩に手をおいた。

「ふん。動物をせまい檻に閉じ込めておく施設なんて潰れて当然よ」

 肩に置かれた手を払いながらマッドネスガ―ルは声を荒げた。大鷹は鋭い鳴き声を発しながら湖の上を飛んでいる。ハンターが指笛を吹くと、旋回しながら橋の上に降りてきた。

 その時、ジューベーの視線が一か所に向けられた。湖のほとりに生えた大量の常緑樹のうちの一本。ジューベーは助走もつけずに数十メートルの距離を飛び越え、常緑樹の葉の中に姿を消した。木の中から男の悲鳴が響きわたる。ジューベーの身体に触れて反応したパラノーマルセンサーの音と共に。

 木の葉が揺れてジューベーが降りてきた。傍らにひとりの男を拘束している。ジューベーは男を皆のところに連れてきた。顔中にそばかすの広がる栗毛の若い男だった。媚びるように笑いながら、自身の腕をひねりあげるジューベーを見つめている。

「侵入者を許すとわな。昔の特別活動局ならこんなミスはせんかったわい」

 パラノーマルセンサーのアラート音を解除しながらダイダロスがいう。ロイは顔を真っ赤にしながら、男の襟首を掴んだ。男は首からデジタルカメラをぶら下げていた。ロイはそのカメラを乱暴に奪う。

「ちょっと。返してくださいよ。大事な商売道具なんです」

「記者か。どこの新聞社だ」

「フリーランスですよ。POJがこの無人島に集まるって情報を聞いて来たんだ。ジューベー。あんた、あんな小さなシャッター音に気づいたのか。さすがだよ」

 ジューベーは答えない。無言で男の腕をひねり上げる。

「よく撮れている。いいカメラマンだ」

 カメラのデータを確認しているロイの横から、エクストリームマンがのぞきこんでいた。カメラの液晶には、橋の上に立つヒーローたちの姿がひとりとして重なることなくきれいに映っていた。上空を舞う大鷹の姿もうまく捉えている。

「安心しろ。カメラは返してやる。七十二時間後、お前の身の自由といっしょにな」

「は? え、ちょっと」

 特別活動局のエージェントたちがやってきて、記者を拘束して去っていった。記者は『報道の自由を奪うなぁ!』と叫び続けていた。

「それじゃあ。行ってくるよ。島に配置するエージェントの数は増やしておいてくれ」

 エクストリームマンがいった。

「わかった。七十二時間後にまた会おう」

 ロイはエクストリームマンに向けて親指を高々とあげた。

 ダイダロスがタブレットに指をすべらせると、建造物の自動ドアが開いた。

 八人と一羽がそろって自動ドアの中に消えていく。

 ロイの耳に建造物の中にあるエレベーターが起動する音が聞こえた。エレベーターが下降を終えると、筒状の建造物と橋は音を立てながらゆっくりと湖の中に戻っていくよう設計されている。

「頼んだぞ」

 湖の中に戻っていく建造物を見ながらロイはいった。これで全てが解決する。疑う余地は一切ない自信に満ちた瞳だった。

 ロイは知らなかった。彼は何も知らなかった。ベースの中では目を覆いたくなるような惨劇が待ち構えていることを知らなかった。

 だがどうしてロイを責めることができるだろう。惨劇の到来を知るものはこの地球上に誰ひとりとして存在しなかったのだから。

 八人の中に紛れ込んだ犯人を除いて。

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