幕間A エクストリームマン ~故郷からのおくりもの~
ヒーローズエンターテインメントインクス
リアルヒーローコミックノベルシリーズ
エクストリームマン ~故郷からのおくりもの~
前略
「これを見ろ」
ドラゴンフライは大きな封筒を差しだした。普段の彼とは似ても似つかない。真摯な雰囲気が全身を包んでいた。
「マウナケア山にあるおれの天体望遠鏡がとらえた写真だ」
「例の隕石のか。いまさら写真を見せられたところで……これは――」
エクストリームマンは言葉を失った。
落下したが最後、地球環境に過去類をみない多大な影響を及ぼすと専門家たちが警鐘を鳴らす巨大隕石の表面にはある模様が刻まれていた。
逆三角形の中央を走る一本の雷光。雷光の中央には一本の縦線から右に三本の直線が伸びた文字のようなものが刻まれている。その文字はアルファベットのEによく似ていた。
エクストリームマンは両ひざをついて写真を凝視する。彼はこの模様を知っていた。約三十年前、一台の宇宙船がロサンゼルス沖に着水した。バカンスのためロサンゼルスを訪れていたムーア夫婦は、懐中へ沈み始めた宇宙船の中から毛布に包まれた赤子を救い出した。赤子の身体を包んでいたマントにはムーア夫婦が見たことのない模様が刻まれていた。その記号とまったく同じものが巨大隕石に刻まれていたのだ
「ここだ」
ドラゴンフライは黒いグローブに包まれた指先を写真の上に叩きつけた。
「Eの中央に四角い箱みたいなものが埋まっている。次の写真を。そうだ。それが拡大写真。はっきり見えるだろう」
「たしかに」
エクストリームマンは小さくうなずいた。
「エクス。おれが止めた理由がわかっただろう。あの隕石を破壊してはいけない。隕石を宇宙圏で受け止めて、地球の安全な場所に降ろすんだ。隕石はお前の生まれ故郷と何かしら関係がある。この小さな箱の中には、お前の故郷に繋がる何かが入っているのかもしれない。既に何人かのヒーローに声をかけさせてもらった。アルティメイトマン。ブラウン・マッシュルーム。マッドネスガール。コリエンド。レイブンガールズ。みんな快く引き受けてくれた。他のヒーローたちにも声をかけよう。エクストリームマンのためとなれば、みんな助けてくれるさ。おれもフライ・ロケットに乗ってサポートする」
「だめだ」
毅然とした態度でエクストリームマンはいった。
「先の会議で決定した通りだ。宇宙圏で粉々に砕く」
「エクス……」
「しつこいぞ」
彼にしては珍しいことに、エクストリームマンは声を荒げた。
「隕石を受け止めるなど、そんなものはヒーローの仕事ではない。何人ものヒーローが地球を留守にして、その間にヴィランが悪事をはたらいたらどうする。ドラゴンフライ。きみの気持ちには感謝する。だが、余計なことはしないでくれ」
中略
「エクストリームマン。聞こえるかな」
間もなく大気圏を越えようかというエクストリームマンの小型インカムにマッキンリー教授の声が届いた。
「聞こえていますよ、教授」
「よかった。こちらのレーダーもきみの位置を捉えている。そのまままっすぐ飛び続けてくれ。二十分ほどしたら隕石の姿が見えるはずだ」
「了解です」
「正直にいうとね、わたしはいまホットココアを飲みながらモニターを見つめているんだ。何を呑気なと笑うかな? たしかに。あれほどの巨大隕石が地球に落ちてきたらと思うとぞっとするが」
ごくりとココアがのどを流れていく音がインカムから響く。
「エクストリームマンのパンチはそんな忌まわしき可能性を打ち砕く。きみの怪力をもってすれば、あの程度の隕石を破壊するのもわけない」
「お褒めいただき光栄です」
太陽の光を反射して輝く大気圏から、どこまでも続く暗闇に囲われた宇宙空間にエクストリームマンはたどり着く。
「頼んだぞ、エクストリームマン。聞いているとは思うが、今回の隕石の一件はパニックを避けるために箝口令が敷かれている。地球上の99%以上の人間は隕石のことを知らない。もしきみが失敗して隕石が地球に落ちてくることになっても、落下地点のひとびとに避難する時間はない」
「問題ありません」
「よし。それでは健闘を祈る。きみが任務を終えるまでにもう一杯はココアが飲めそうだな。ははは」
エクストリームマンは一筋の光のように宇宙空間を飛び続ける。やがて彼は進行方向に小石のようなものを見つけた。小石はエクストリームマンを間にはさみ、地球に向けて進んでいる。距離を詰めるにつれ、小石はその大きさを変えていく。巨大に、過大に、遥かに、破壊的に。
――思っていたよりも大きい――
エクストリームマンは拳を握りしめる。
――だが、わけない――
全身に力をこめ、隕石に向かって加速する。
エクストリームマンは脳内で隕石の砕け散る姿をイメージした。脳裏の想像が肉体の威力を増幅させる。隕石を完膚なきまでに粉砕する。そのためには脳内イメージは欠かせなかった。
しかし、エクストリームマンの脳裏には別のものが浮かんでいた。
それは両親の姿だった。
海に落ちたエクストリームマンを救ってくれた地球の両親のことではない。自分の実の両親の姿だった。当然ながら彼は両親の姿を知らない。脳裏の両親は黒い影に塗りつぶされていた。
だがその表情はほほえみに包まれていた。だがその香りは慈愛に満たされていた。
記憶にない記憶が両親の姿を見せてくれた。産まれたばかりの自分は両親から愛されていた。両親はどんな思いで愛する息子を小型宇宙船に乗せたのだろう。両親に、自分が生まれた故郷に、幼い子どもをひとりで小型宇宙船に乗せざるを得ない事態があったに違いない。それはいったいなんだ。どうして自分は地球にいる。どうして自分はここにいる。どうして自分の故郷は隕石を地球に向かって飛ばしてきたのだ。どうして。どうして。どうして――
どうして自分は、故郷との繋がりを自らの拳で砕かなければならないのか。
「ようエクス。元気してるか」
マッキンリー教授のハスキーボイスとは似ても似つかない陽気な声が聞こえた。
「ドラゴンフライ。きみなのか。この回線は政府専用で……」
「この程度の回線、ジャックするのも朝飯前さ。で、エクス。いま地球は大変なことになってるんだが、もちろん知らないよな」
「なんだ。なにが起きた。ヴィランが暴れているのか」
「いや、おれだ。正義のヒーロードラゴンフライがとんでもないことをやらかした」
「何をいっているんだ。きみは……どうしたんだ」
「エクス。おれはお前を止められなかった。あの隕石はお前の故郷と何らかの繋がりをもっている。それをポケットのクッキーみたいに粉々にしちまうなんて絶対に間違っている」
「前の話を蒸し返すつもりか。しつこいぞ」
「お前はおれのいうことを聞かない。だから、みんなに説得させることにした。つい十分前に世界中のメディアに隕石のことをリークした」
「な――」
絶句するエクストリームマンを無視してドラゴンフライは言葉を続ける。
「隕石に刻まれた模様のことも。小さな箱のことも全部な。今や地球は大パニックだ。ほら、そこのボウズ。ちょっといいか」
「もしもし。本当にエクスなの? エクストリームマンなの」
幼い子どもの声が無線越しに聞こえる。エクストリームマンは軽く頭を振ってから答えた。
「やあ。きみの名前は」
「ダンです。ダン・フレッチャー。す、すごいや。ドラゴンフライだけでなく、エクストリームマンとも話せるだなんて。ねぇエクス。テレビがいっていたことは本当なの。いまあなたは宇宙にいて、故郷のひとが送ってくれた隕石を壊そうとしているって」
「あぁ本当だ」
「そんなのだめ!」
ダンの大声がエクストリームマンの鼓膜を揺らした。
「だめだよ。隕石には小さな箱が埋め込まれているって。それって、あなたへのおくりものなんでしょう。あなたの故郷のひとは、エクストリームマンなら止められるから隕石を送ってきたんだよ。キャッチボールみたいなものさ。あなたと、あなたと同じ力をもつ家族とのキャッチボール。だからさ、受け止めてよ。プレゼントを壊すだなんてとんでもない。隕石を止めて、プレゼントを受けとるんだ。愛してるよ、エクストリームマン」
「あぁ、ぼくもだ。ありがとう、ダン」
「よく聞けエクス」
無線の声はドラゴンフライに代わった。
「おれの存在に気づいたサマーフィールド小学校の生徒たちが集まってきた。みんなお前と話したいとさ。ほら」
ドラゴンフライのマイク越しに子ども達の声が聞こえてくる。『隕石を止めて』。『故郷との繋がりは大事だ』。『家族を愛していないの』。『あなたの故郷はどんな場所なの』。『あなたならできる』。『あなたのことをわたしたちに教えて』。
エクストリームマンは両眼を閉じた。彼が涙を流すことはなかった。だが彼の心は泣いていた。地球のみんなが自分のことを応援してくれている。自分のことを愛してくれている。自分を家族として認めてくれている。
「ドラゴンフライ」
瞳を閉じたままエクストリームマンはいった。
「すまなかった。わたしは意固地になって、友の提案をこの手ではたいてしまった」
「気にすんな。慣れているからな」
無線の向こうのドラゴンフライはけらけらと笑ってみせた。
「どうだ、覚悟は決まったか」
「あぁ」
そっと静かに両目を開く。迫りくる隕石に向かって、力強く飛び立つ。
「わたしには故郷がふたつある。遥か彼方の見知らぬ星と、清く美しいひとびとが住む地球という星。きみはどうだ? 故郷はいくつある。ふたつあるわたしが羨ましいだろう」
「あんたらしくない嫌味だな。最高だぜエクストリームマン!」
中略
雲一つない青空の下、自身の身体と校庭に黒い影がかかりドラゴンフライはにんまりと笑う。
「おかえり、宇宙旅行はどうだった」
無線機に向かって声を飛ばす。だが返事は頭の上から返ってきた。
「まぁまぁといったところか」
エクストリームマンは巨大な石の塊を軽々と抱えていた。高さ五階分のビルほどの大きさ。褐色色の光沢を放っており、明らかに地球上で発見された鉱物とは異なる様相を呈していた。
「ずいぶんと小さいじゃないか」
「ミシガンスタジアムとほぼ同じ大きさの隕石を置く場所なんてあるのか。受け止めたあとに、丁寧に削ってきた」
「そうか。とにかく降ろせ、校長の許可はとってある。あとであんたもサインを書いてやれよ」
エクストリームマンはゆっくりと隕石を校庭に降ろした。校舎の窓という窓から生徒や教師や職員たちが興奮した様子で見つめている。
隕石の破片の中央には、ドラゴンフライが撮った写真に写っていた例の箱が収まっている。エクストリームマンがその箱に手を触れると、一瞬だけ箱は白い光を放ち、そしてカタリと軽快な音を発した。
「開いたようだ」
「おっと。お呼びでないオーディエンスまで来たようだぜ」
ドラゴンフライが親指を背後に立てた。サマーフィールド小学校の敷地内に何台ものパトカーや報道車両が駆けこんでくる。騒ぎを聞きつけてやってきたようだ。
「まずい」
黒塗りの高級車が三台並んで校庭に向かってくる。そのうちの一台のドアミラーが開き、禿げ頭のブラックスーツが走行中だというのに上半身を外に出して声を荒げた。
「ドラゴンフライ。貴様、政府の回線をジャックするなんて、それでもヒーローのつもりか!」
「おいおい。特別活動局副局長がお出ましかよ」
ぺシャリとヘルメットの上から顔を叩くと、ドラゴンフライは次にエクストリームマンの肩を叩いた。
「エクス。今日はここで失礼するぜ。ガイゼルマンの説教を聞くほどヒマじゃないんでな」
ドラゴンフライの背中に装備された小型のジェットパックが火を噴く。数メートルほど身体が浮き上がり、オニヤンマを模したコスチュームのヒーローは、校舎の窓から歓喜の声をあげる子どもたちに手をふった。
「箱の中身は見なくていいのか」
「あん? 他人の地元の特産物になんか興味はないよ。おれはな、エクス」
輝く太陽を背にドラゴンフライはいった。
「あんたに故郷って言葉の意味を知ってほしかっただけだ。アディオス!」
ジェットパックがひときわ激しく火を噴き、一瞬にしてドラゴンフライの姿は青空へと消えていった。声を荒げるガゼルマン副局長を無視して、エクストリームマンは手にした箱をゆっくりと開ける。
「まさか、そんな」
エクストリームマンは箱の中のそれを手にとり、隕石の上で崩れ落ちた。
涙を流しながらエクストリームマンはいった。
「知っている。わたしはこれを知っている。このにおい。これは、これはたしかに……わたしが昔……」
エクストリームマンが手にしていたのは、一枚の古ぼけた毛布だった。毛布が取り去られた箱は空っぽだ。隕石とともにやってきたのはたった一枚の毛布だった。そしてその毛布には記号が刻まれていた。逆三角形の中に走る三本の稲妻とEに似た文字。彼はたしかに、故郷からのおくりものを受けとったのだった。
後略