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幕間F マッドネスガール ~迫りくる過去~

 ヒーローズエンターテインメントインクス

 リアルヒーローコミックノベルシリーズ

 マッドネスガール ~迫りくる過去~


 前略


「なぁ、プロテクション・オブ・ジャスティス用のメールアドレスを開設してくれないか。特別活動局はお前たちの窓口じゃないんだよ」

 ジャスティス・ホールを訪れたロイ・フリーマンは、プリントされた用紙を差しだした。エクストリームマンはロイのシャツの袖口にコーヒーのシミがあることを気にしながらそれを受けとる。

「何が書いてあるんだ」

 部屋の隅でラップトップパソコンのキーボードを高速で入力しているドラゴンフライは、視線を画面に落としたまま訊ねた。

「マッドネスガールに取材の依頼だ。女性の権利向上活動についてマディに話を聞きたいと。先方の名前は――」

「ジュディ・レイフィールドだろ」

「知り合いか」

「有名人だよ。過激なジェンダー活動家。SNS上で挑発的な発言を繰り返して一部のフェミニストの信奉を集めている。離乳食みたいにすっかすかの内容の本を大量に出版して金を稼いでいるエセ学者さ」

「離乳食にも栄養はある」

「だが大人が食うもんじゃない」

 ドラゴンフライはパソコンから視線を外し、ヘルメットに隠れていない口もとだけをにんまりと曲げた。

「女性ヒーローの代名詞たるマディと接触して話題にしたいんだろう。ロイ。お断りだ。マディはそんな取材に応じないよ」

「ぼくは悪くない話だと思う」

 エクストリームマンがいった。

「おい冗談だろ」

「冗談じゃない。女性の権利向上は全人類共通の課題だ。マディの言葉が少しでもジェンダー活動の促進につながるならば、それは悪いことではないだろう」

「相手が悪い」

 ロイは苦々しい表情でテーブルに両手をつく。

「ジュディ・レイフィールドはとにかく口がうまい。相手の意図しないかつ誤解を生じ得る言葉を引き出す能力に長けている。一の言葉を百の言葉に膨張させるなんてお茶の子(ア・ピース)さいさい(・オブ・ケーキ)だ」

「マディは実直だからな。簡単にいいくるめられるだろう」

「彼女なら大丈夫だよ。何ならぼくが同席して」

「わたしの選択をどうしてあなた達が検討しているの」

 ドアが開く。腕組をしたマッドネスガールが入ってきて三人をにらみつけた。

「少なくともこの室内にジェンダーは浸透していないみたいね」

「ベつにぼくたちは君に意見を押しつけようとしていたわけじゃない」

「だけど、自分の意見が正しいと思っていた。ロイ。断っておいて。主語は『マッドネスガール』で。よろしくね」

「理由を聞いてもいいか。後学のためにな」

 ロイはスマートフォンを取りだしながら訊ねる。

「ヒーローの仕事じゃないから。それだけよ」


 中略


「信じられません。先生の取材依頼を断るだなんて」

「なにいっているの。わたしの期待通りよ。さ、ケイティ。記事を作るわよ。タイトルはそうね……『ヒーロー界に浸透する反フェミニズム』。もう少しセンシティブな言葉はないかしら。『マッドネスガール、男根主義に下る』。いえ、ソフィエスティックなエッセンスも欲しいわね。まぁいいわ。記事を書いているうちになにか思いつくでしょう……」


 中略


「ヒーロー界に反フェミニズム思想が浸透していると主張したジュディ・レイフィールドの記事がネット上を騒がしてから一週間が経ちました。公開直後は記事に同調しヒーローを非難する声が多かったのですが、記事内にて名指しで非難されたマッドネスガールがノーコメントを貫きヒーロー活動に従事し続けたことから情勢は変わり始めました。下手な言い訳をするでもなく、また机上の空論をくり返す自称専門家たちと違い、マッドネスガールは自身の行動によって女性でも現代社会で活躍できることを証明してくれていると評判になっています。え……緊急速報です。太平洋沖で巨大地震が発生。いえ、これは……怪獣? カメラの映像出して。信じられない。なんてすばらしいタイミングなの。視聴者のみなさんご覧ください。マッドネスガールです。マッドネスガールが南太平洋に現れた巨大な怪獣と戦っています。怪獣は巨大な亀のような形をして……首が三つもあるわ! すごい。神様。マッドネスガールが首を一本引きちぎったわ。あぁ、あぁ、すごい。すごいわ、マッドネスガール。まさに戦う女の代名詞です」


 中略


「きみの支援団体マディ・バディーズが世界中で過激な活動をくり返している。元女性秘書への性暴力疑惑で話題になっているトレイドル議員の自宅を襲撃した。議員とその家族はいまもICU(集中治療室)で眠っているそうだ」

「安らかな眠りにならないといいがな」

 ドラゴンフライがけらけらと笑う。だがエクストリームマンもマッドネスガールも笑ったりはしない。

「エクス。わたしはマディ・バディーズについて何もする気はない。ひとがひとを束縛するなんてあってはならないことだわ」

「だが実際にけが人が出ている。きみが彼女たちに『間違っている』と声をかければ彼女たちは活動を止める。マディ。言葉だけだ。言葉だけで暴力を止められるんだぞ」

「だけどその言葉はヒーローという後光に照らされた神託として解釈される。神託っていうのは厄介よ。アンダーワールドの聖魔鉱山街の話はしたかしら。あの街の住民は神の力を騙った似非宗教家の神託のせいでゼラチンミミズの群れに喰いつくされたの」

「話をそらすな。ぼくはただ単に――」

「統率が取れすぎている」

 報告書に目を落としていたジューベーがぼそりとつぶやく。みなの視線を集めたジューベーは、報告書をテーブルの上にばらまいた。

「事件当時トレイドル議員の家にはSPが六人もいたそうだ。元海軍兵士がふたり、元・アメフト選手がふたり、元ヘビー級プロレスラーがひとり、それから中東帰りの傭兵がひとり。一般市民に過ぎないマディ・バディーズの四人がこんな手練れ六人を相手に立ちまわるなんてあり得ない。現場近くのカメラが四人の姿を収めている。そろいもそろって線の細い十代の少女。そんな少女たちが六人の手練れを打ちのめすにはチームワークを活かすしかない」

「なるほど。たしかに統率がとれているな。ん。どうした、マディ」

 ドラゴンフライがテーブルに肘をつきながらいった。見るとマッドネスガールは報告書の中にある一枚の写真を凝視していた。階段から転げ落ち頭を強打して気絶した元ヘビー級プロレスラーの写真。彼の頭のスキンヘッドに傷が走っている。血を滴らせるその傷は記号のような形になっており、転げ落ちた際に自然とついたものでないことは明らかだった。

「そんなことって」

 四つの縦長の楕円が下部を重ねながら扇状に広がっている。マッドネスガールは口を開き、眼前の事実を否定するようにくちびるを噛みしめた。そしてその時――

「こちらリフレクトマン。POJ本部、聞こえる?」

 モニターにリフレクトマンの顔が映った。

「マディ・バディーズがセントモア原子力発電所を襲撃。敵の数は約六〇人! 同発電所はものの数十分で制圧されたらしい。三十分後にマディ・バディーズの首領トゥルースが世界中に向けて犯行声明を発表するとのこと。ぼくはいまウルグアイの上空にいる。セントモア原子力発電所まであと三十分。誰でもいいから応援をたのむよ」

「リック。わたしが行くわ」

 マッドネスガールがグローブに包まれた両手を握りしめながら立ち上がる。

「ジューベー、あなたも来て」

「承知」

「おれたちも行くよ。なぁ、エクス」

「ジューベーとリックがいれば十分。ふたりは残って」

「敵の数は多いんだろ。おれたちもいた方が――」

「ふたりとも、ネット記事を呼んでないのか」

 ジューベーが珍しく苦笑した。

「エクスとドラゴンフライは男根中心主義の象徴だそうだ。ふたりは殊更ことさら彼女たちに嫌われている」

 マッドネスガールが二本の指をふたりに向けた。

「あなたたちは存在するだけで敵の神経を逆なでするの。だからここに残って。よろしく」


 中略


「やっぱり、あなただったのね」

 折れた左腕をかばいながらマッドネスガールは前に進む。半壊した原子炉建屋の前で木彫りのマスクをつけた迷彩服姿の少女が立ちふさがっていた。

「トレイドル邸のSPの頭に掘られた記号。あれはエキリプス部隊のシンボル。今は亡きアンダーワールド平和護憲軍特殊部隊のシンボルを知るのはこの世で唯一、アンダーワールドの生き残りであるわたしだけのはず。エキリプス部隊はわたしの前でマグマに飲まれて死んだ。唯一、死殻変動デストロフィズムの前に熱病で亡くなったティア・シラーを除いて」

「お久しぶりです。隊長」

 少女は木彫りのマスクを外してその表情を見せた。太陽の光を知らない地底人の特徴である白い肌。その白い肌の半分が赤く惨くただれていた。

「生きていたの」

「生きていました。あなたとは違いわたしは臆病で、崩壊したアンダーワールドからここ天上世界に出るまで十年の時間を必要としました。そして失望しました。マティラス隊長。あなたは死殻変動を起こしてわたしたちの世界を破滅させた天上世界人と共に生き、それどころか彼らの繁栄に力を貸していた。あなたはアンダーワールドを裏切った。いえ、あなたの信奉者だったわたしを裏切ったんです」

「ティア。違うの。死殻変動が起きたのは天上世界人のせいじゃないの。あれには複雑な理由が――」

「いいわけです。アンダーワールドは崩壊し、天上世界はその罪を背負うことなく存在し続けている。こんな不公平があっていいはずがない。わたしは誓った。この世界を滅ぼす。アンダーワールドの報いを受けさせる。それがわたしの使命。アンダーワールド最後のひとり、ティア・シラー……いいえ。この世の真実トゥルースを紡ぐものの使命なんです」

 トゥルースはグローブを取ると、片手を地面に当てた。マッドネスガールの足元が激しく揺れる。コンクリートを割って数本の巨大な草のツタが伸び出てマッドネスガールの四肢を掴んだ。一本のツタがドリルのように先端を回しながらはりつけにされたマッドネスガールの腹部に向かってくる。骨折した左腕を襲う激痛に耐えながらマッドネスガールは身体をそらした。ドリル状のツタが腹部をかすめる。鮮血が緑色のツタに飛び散る。マッドネスガールは苦悶の表情でうめき声をあげた。

「マディ・バディーズを結成するのは簡単でした。かつての幼いわたしはあなたに憧れていた。あなたの純粋さを信奉していた。だから同じことをしたんです。あなたの、その偽りのすばらしさを彼女たちに伝えただけ。隊長。ヒーローって恐ろしいですよ。空を飛び、怪物を倒すあなた達を一般人はいとも簡単に信奉する。自分たちが持たない超能力を少し見せられただけで、あなたたちにせられる。ご存じでしょう。マッドネスガールだけじゃない。マディ・バディーズに続いていくつものヒーローたちの支持団体が生まれました。エクストリームマンを支持する“エクストリームパワーズ”。ドラゴンフライとダイダロスを支持する“科学の使徒”。ハンターを支持する“アローズ”。他にもいくつもの支持団体が、幾人もの天上世界人たちが群れて力を誇示しているんです。天上世界人は野蛮ですね。アンダーワールドは平和だった。純粋で、誠実で、みんな信頼し合っていた。こんな、うす汚れたけだものたちとは違う。わたしたち優秀な地底人がこの地上を支配するんです。マティラス隊長。手を貸してください。わたしたちでこの世界をより良い方向に導いていきましょう」


 後略

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