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幕間E ドラゴンフライ ~クリスマス フロム ヘル~

 ヒーローズエンターテインメントインクス

 リアルヒーローコミックノベルシリーズ

 ドラゴンフライ ~クリスマスフロムヘル~


 どうしてうちにクリスマスツリーがないの。

 ぼくがそうたずねるとおとうさんはめがねをはずしてためいきをついた。

 どうしてうちはしちめんちょうのまるやきをたべないの。

 ぼくがそうたずねるとおとうさんはぼくをむしした。

 どうしてうちにはサンタさんがきてくれないの。

 ぼくがそうたずねるとおとうさんはおかあさんをどなりつけた。

 ねぇおとうさん。

 サンタさんってほんとうにいるの。

 ぼくがそうたずねるとおとうさんはぼくをなぐった。

 なんども。なんども。ぼくのいしきがなくなるまでおとうさんはぼくをなぐった。

 なんども。なんども。なんども。なんども。


 中略


「一年でもっとも清らかなる日クリスマスに、ここタイムズスクエアは地獄のような様相を呈しております。ごらんください。あちこちのビルや商店から黒煙があがっています。テロです。被害はタイムズスクエアに留まりません。マンハッタン島のあちこちで同様の事件が発生しており――え、なんですって。本気? ……お、お知らせします。ただいまニューヨーク州警察より発表がありました。ニューヨーク市民の皆さん。テロリストはクリスマスプレゼントを模した箱の中に爆弾を仕掛けているとのことです。クリスマスプレゼントには触れないでください。繰り返します。ニューヨーク市民のみなさん。クリスマスプレゼントには触れないでください。繰り返し……え? 嘘でしょう。ちょっと、上、上!」

 テレビリポーターのリサ・グッドマンに向けられていたカメラが、煌びやかに輝くネオンに彩られたタイムズスクエアの夜空をあおぐ。六頭のトナカイに引かれた巨大なソリが、ビルとビルの間を縫うように飛び交っていた。ソリの上では赤い衣服を着た白髭の男がかん高い笑い声をあげている。男の体躯は細く、つけひげと思わしき白い剛毛がその身体全体を覆っていた。

「すごいわ。どこかの企業の宣伝かしら。あ、ほら。見てください。サンタさんがプレゼントを投げています。タイムズスクエアのみなさんがプレゼントに駆け寄り……駆け寄……あぁ、やだやだやだ」

 交差点の数十メートルさきで耳をつんざく轟音を伴って黒煙が舞った。テレビカメラはその黒煙の先で吹き飛ぶ人の姿を収めていた。悲鳴が飛び交う。炎も飛び交う。爆風を受けた何台もの乗用車がアラート音を発して混乱に拍車をかけていた。

「ホーホッホッホッホ」

 サンタクロースはテレビカメラの存在に気づいたのか、取材クルーの上空へ近づいてくる。赤と緑のラッピングが施された四角い箱を手に取りソリの上から放った。

 ソリの上のサンタクロースの目はイチジクのように赤く血走り、その耳はナイフのように鋭利に尖っている。付け髭の下ではしなびた舌が薄褐色の牙を舐めながら踊っていた。

「あぁ神様」

 頭上を見上げたリサに向かって四角い箱が落ちてくる。リサは動くに動けず、弱々しく首を横に振るばかりで、四角い箱の影が彼女の顔にかかり、そして、そして――

「後ろから失礼、お嬢さん」

 一陣の風が吹き荒れた。

 背中のジェットパックを噴出させてタイムズスクエアを飛ぶ男の姿があった。黄金色のラインを各所にあしらった漆黒のボディースーツ。特殊加工のヘルメットの目元はライトグリーンの網目で装飾されている。闇夜も畏怖する巨大な昆虫、ドラゴンフライが来てくれたのだ。

 ドラゴンフライは手にしていた冷凍銃で四角い箱を凍らせた。そばを飛ぶ昆虫型ドローン『ストライダー』に向けて投げる。ストライダーの頭部が開き四角い箱を収納した。

「ドラゴンフライ。サンタだ。サンタクロースがテロリストなんだよ!」

 ブロンド髪の少年がドラゴンフライに向かって声をはりあげる。ドラゴンフライは二本の指を立てて少年に向けると、ジェットパックの出力を上げた。

「ようサンタクロース。ひとつ私的な話をしてもいいかい」

 サンタクロースのソリに追いついたドラゴンフライは、陽気な口調で声をかけた。

「十歳の時のクリスマスプレゼントだ。おれは『NINTENDO64をくれ』って手紙に書いたよな。どうして電卓をよこしやがった。律儀にクッキーとミルクは食い荒らしやがって。電卓とNINTENDOじゃ天と地ほど――」

「ホーホッホッホ。死ね」

 サンタクロースは赤い目をぎらつかせながら白いくつしたを握りしめた手をふる。

「お?」

 ドラゴンフライのジェットパックの上で音がした。背中に手を伸ばすと、その手は四角くて硬い物体に触れた。

 ドラゴンフライが空中で急停止すると、四角い箱が前方に飛んでいった。数メートルというところで箱は爆発し、ドラゴンフライは爆風に吹き飛ばされて近くのビルの壁に叩きつけられた。

『ジェットパックが故障しました。繰り返します。ジェットパックが故障しました』

 ヘルメット内部のAI音声がジェットパックのエンジン部が故障したことを通知する。

 ドラゴンフライの身体は三十メートル近い高さから地面へむけて落ちていく。ヘルメットの中でアラート音が鳴り響く。

「予備ジェットだ。予備ジェット起動。おいまだか。予備ジェット予備ジェット予備ジェット!」

『予備ジェット起動まであと三秒。…………。予備ジェット故障。起動いたしません。まったくファッキンですね』

「本当にファッキンだよ!」

 自動音声に悪態をつきながらドラゴンフライは空中で手足をばたつかせる。死への覚悟と抗いの狭間で揺れる彼の身体を――心地よいとは言いがたい羽毛が包んだ。

「お互いクリスマス休暇はないみたいね。特別手当はもらえないのかしら」

 少女の声とそれに呼応する大鷹の鳴き声がドラゴンフライの耳に届いた。電飾の色がまぶしく輝くタイムズスクエアを一羽の大鷹が悠々と翔けていく。ドラゴンフライはその背中に両手足を開いて乗っていた。

 大鷹にまたがったレザースーツ姿の少女――ハンターは、ドラゴンフライの手を取り中腰で立たせた。

「助かった。ありがとうハンター。どうしてここに?」

「アリゾナでひと仕事終えた帰り道」

「ハンター、手を貸してくれ。サンタクロースが街中に爆弾をばらまいている。二人・・で協力してコスプレ野郎を捕まえよう」

 大鷹が不機嫌にのどを鳴らし身体を空中で半回転させた。重力に従いドラゴンフライは頭を下に落ちていく。二本の足で器用に大鷹に掴まっているハンターは『カッキラッケ』と大鷹につぶやいた。大鷹は不満の鳴き声を発しながら急降下し、ドラゴンフライの身体をその大きなくちばしでつかまえた。

三人・・で。三人でコスプレ野郎を捕まえよう!」


 中略


「サンタクロースではない」

 赤服の男はドラゴンフライの頭をわしづかみにしながら地獄の管楽器のような声を発した。

「おれの名前はサタンクロース。聖者の生誕祭ごときで浮かれる愚かな人間どもを殺すためにこの世に遣わされた悪魔のしもべだ」

「よかった。偽物のサンタなら殺したところで子どもたちから苦情はこないわね」

 ハンターは大鷹の背中からサタンクロースのソリに飛び乗った。狩猟用のナイフを手に襲いかかる。サタンクロースが左腕をふり、ナイフをはじき飛ばした。

 それでもハンターの攻撃は止まらない。右腕でドラゴンフライの頭をつかんでいるサタンクロースに徒手空拳で殴りかかる。だがサタンクロースはそのすべてを左手だけで捌いてみせた。

 ――何かおかしい――

 ハンターがそう感じた次の瞬間、彼女の身体は巨大な鉄の塊が直撃したかのような勢いでソリの外に飛んでいった。

「チックラック!」

 マンハッタンの夜空でハンターは叫ぶ。大鷹が円弧の軌道を描きながらハンターの身体を受け止める。

「おろかな女だ。たかだか人間ごときが悪魔に勝てるわけがなかろう」

「でもお前だってもとは人間だったわけだろ」

 ヘルメットを掴まれたままのドラゴンフライが軽口をたたく。見ると彼は手元に財布と身分証明書を手にしていた。

 サタンクロースが慌てた様子で赤い服のふところを探る。目当てのものは見つからなかったようだ。ひときわ憤怒に燃える瞳をドラゴンフライに向ける。

「マイク・トーキンズ。二十九歳ね。いや、ちがう。今日が誕生日? クリスマスが誕生日とは。三十歳おめでとうマイク!」

 サタンクロースはドラゴンフライをニューヨークの摩天楼に勢いよく投げ捨てた。流れ星のような勢いのドラゴンフライを大鷹がキャッチする。サタンクロースのソリは再び街の方へと向かっていった。大鷹もそれを追いかける。

「人間だ」

 ドラゴンフライはヘルメットの位置をずらしながら口を開いた。

「あいつは人間だ。いや、あの異形の姿。元人間といった方が正しいかな」

「ミュータント?」

 ハンターが訊ねる。ドラゴンフライは『さてね』と首をかしげた。

「やつの正体なんてどうでもいいさ。問題はどうやって止めるかだ」

「ひとつ気になったことがあるんだけど。ソリの中にプレゼントの箱ってなかったわよね」

 ハンターが訊ねる。ドラゴンフライは空っぽのソリの内側のことを思い出す。

「つまり、爆弾は全部使いきったってわけだな」

 ドラゴンフライがそういうと同時に、サタンクロースが向かった先で爆発音が響きわたった。黒煙がまたひとつタイムズスクエアを不気味に彩る。

「そういえばあいつはおれの背中に……。そうか、そういうことか」

 ドラゴンフライは大鷹の背中から飛び降りた。フライズネストから飛んできたストライダーⅢが、新しいジェットパックを空中でドラゴンフライの背中に着ける。

「しばらくサタンクロースの相手を頼む」

 大鷹と並行してジェットパックを蒸かしながら、ドラゴンフライは大声をあげた。

「どこに行くつもり」

「考えがある。よろしくな。ふたりとも」


 中略


「よぉシリー(おまぬけ)サンタ。なかなかいい家じゃないの。あ、水道代の請求書は特別活動局に送ってくれや」

 庭から伸びたホースをふり回しながら、ドラゴンフライはけらけらと笑ってみせた。ホースの先から噴き出す水が部屋中を濡らしていた。憤怒の表情のサタンクロースは白いくつしたを握りしめながら室内に入ってきた。

「貴様。どうしてここに」

「ソリにプレゼントは積んでなかった。なのにあんたは街中に爆弾をばらまいた。いったい爆弾が入った四角い箱はどこから来たんだ。ついでにマイク。おまえは――」

 ドラゴンフライは自分の背中に親指を向ける。

「おれが気づくことなくこの背中に爆弾を置いた。だがな、おれはこれでも手練れのヒーローなんだ。おまえが爆弾をソリの上から投げれば絶対に気づく。見逃すはずがない。なのにお前は、おれの背中に爆弾を置いた。おまえの能力はワープだ。物体を瞬時に移動させる能力。自宅に大量の爆弾を用意しておいて、街中を飛ぶソリの上にワープさせていたわけだ」

 サタンクロースは白い付け髭の下から犬歯をのぞかせた。

「おれのパパは学者だった。子どものおれにサンタなんて非科学的なものを信じるなと、怒鳴りつけた。クラスでおれだけがクリスマスプレゼントをもらえなかった。欲しいものがあるなら小遣いを貯めて自分で買えと。ちがう。おれはプレゼントが欲しかったんだ。朝起きたら、クリスマスツリーの下に置いてあるラッピングされた四角い箱が見たかったんだ。おれは一度もクリスマスを経験しないまま三十歳を迎えた。そして今朝、悪魔が現れた。悪魔はおれの怒りに呼応してこの能力を与えてくれた。どうしておれだけがクリスマスを楽しめない。理不尽だ。お前らのクリスマスをぶち壊してやる。それがおれの――」

 サタンクロースがくつしたを高々と掲げる。

 空を裂く音と共に室内に一本の矢が飛びこんできた。サタンクロースのくつしたは矢に貫かれ飛んでいき、遠くの壁に突き刺さった。

 窓の外では、弓を構えて笑うハンターの姿があった。

「そのくつしたがないとものを移動させられないんでしょう。もしかしてあなた、悪魔からクリスマスプレゼントにくつしたをもらったの。おもしろいジョークね」

「ワープ能力のない悪魔もどきなんて屁でもないぜ。ぶっ飛ばしてやる。サタンクロース逮捕のニュースがおれたちヒーローからニューヨーク市民へのクリスマスプレゼントだ!」


 後略

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