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妨害2


 あまりの散らかりように頭が痛くなったけれど今後のことを考えてこの物置にしか見えない応接室を片付けることにした。

 今後アシルと会う時にはこの部屋を使うはずだから。

 二人でお散歩してもいいけれど、そうするとイヴォンがついてくるだろうし落ち着いて話せる場所は必要だ。


 とりあえずこの部屋にあるよくわからない機械のような道具を部屋の外に運びだそう。

 いや、外にも多くの物が散乱している状態だ。

 そこに追加して物を置いてしまったら誰かが躓いてしまうかもしれない。


 最終的には外に置いてあるものも全て片付けさせなければならないが……とりあえず動きながら考えよう。


 テーブルであろう物の上に乗っている奇妙な塊を持ち上げた。

 見た目の割に軽い。

 両手で抱えなければならない大きさだが中身は空洞なのかもしれない。

 ここにあるもの全てがそうならば片付けは楽になるが、さすがにそんな都合のいい事はないか。


「シャルロット様、何をなさっているのですか……?」

「この部屋を片付けるのよ。こんな状態ではゆっくり座ってお茶なんてできないでしょ」

「魔術師団の部屋の片付けなんて王女がやるものではありません。そんなのは魔術師達にやらせるべきです。ロバン侯爵、いいですね?」


 さっきまで一人でわたわたしてた癖に急に偉ぶりだした。

 いつものことだけどイヴォンは切り替えが早い。

 そんな態度ができるなら最初からやればいいのに。


「もちろんです。シャルロット様がお帰りになれれた後にやらせておきますのでどうかその汚いものに触るのはおやめください」


 汚いものって……。

 確かに古びているけれど埃は被ってないし明らかに最近ここに置かれたものだ。


「私が帰った後、ね……。それならば持ってきたお茶はどこで飲めばいいのかしら?」

「塔の中では難しいでしょうな。……今日のところはお引き取りください。アシルに用があるのでしたら後日改めて伺わせます。シャルロット様は……確か式典の準備で忙しいと伺っております。ですので」

「駄目よ。そうなったらずっとアシルに会えなくなる気がするから」


 八年探し続けたのだ。

 ようやく会えた彼を諦めることなんてできない。

 それに八年間も私の恋路を邪魔した男の言葉を簡単に信じられるものか。

 最低でもアルベリク卿と話して言質をとる。

 ここで引き下がるわけにはいかない。


「こんな汚い部屋の片付けをする王女がどこにいるというのです。世界中探したっていやしません」

「ここにいるじゃない。そうやって有耶無耶にするのはやめなさい」


 ひとまず物をどかしてテーブルとソファーを使えるようにすればいいか。

 今持っているものは……あっちの空いてる床に置いてしまおう。

 これの上にもいくつか乗せられそうだから、テーブルの上に置かれている細々としたものを移動させようかな。


 イヴォンもアルベリク卿も私を無理やり制止することができないから面白いくらいに狼狽えている。

 そんなに慌てるくらいなら手伝ってくれればいいのに。

 そうすればきっと早く終わるから。


「シャルロット様、後生ですからお止め下さい。どうしても今日片付けなければ気が済まないというのでしたら今から魔術師達にやらせます。ですからシャルロット様は座ってお待ちください」


 本格的に片付けをはじめた私を見てアルベリク卿は必死で止めてくる。


「……座る場所なんてないわよ。全部物で埋まってるもの」


 本来座るべきソファーは物で埋もれている。

 だからこうやって私が片付けをはじめたのだ。


「すぐに椅子を持ってこさせますから! ですから一度手を止めてください!!」










 目の前で七人の魔術師たちがせっせと物を運んでいる。

 それらは全て応接室に置かれていたものだ。


 彼らはやって来るなりエントランスに椅子とテーブルを準備し、紅茶用のお湯を持ってきた。

 せっかくだからとイヴォンに紅茶を淹れさせて予定通りお茶の時間を楽しんでいる。

 相手がアシルではなくアルベリク卿で、場所が塔のエントランスのど真ん中というとんでもない予想外はあるが許容範囲内だ。


 王女はこの程度の予想外で狼狽( うろた)えてはいけない。


「シャルロット様、紅茶のおかわりはいかがですか?」

「お願いするわ。……片付けはじき終わるようね。こんな短時間で片付けられるのにどうして今までやらなかったのかしら?」


 アルベリク卿へ視線を送ると、彼はいつものように曖昧に笑った。


「魔術師たちも忙しいのです。なんせ最近魔物の活動が活発になってきておりますから。片付けよりも重要なことに毎日時間を使っているのです」

「魔物の被害が増えていることは知っているわ。騎士団も対応に追われているもの。だからといって塔の中に物を散乱させていい理由にはならないでしょう」

「ごもっともでございます」


 アルベリク卿は( うやうや)しく頭を下げた。


「アシルのことだけど」

「ところでシャルロット様、先日国境沿いに出現したコボルトの群れですが、対処したものたちによると人間のように連携して貨物を奪おうとしてきたようです」


 あからさまに話を遮られてムッとしたが、彼がアシルの話題を避けたがっているのはわかっていたことだ。

 いちいち怒っていてはきりがない。

 何よりアシルの後見人でもある彼の言葉を王女である私が蔑ろにしている場面を人に見られたらアシルの立場がより悪くなってしまう。

 アシルはただでさえ平民出身で肩身が狭い思いをしなければならないのだ。

 余計な負担をかけたくない。


「……それはもう報告を受けているわ。今は他にそのようなコボルトがいないか探させている」

「さすがはシャルロット様」


 白々しい態度のアルベリク卿を睨みつける。


「ところで応接室に置かれていたものは何なの?」

「あれらは魔道具研究の成れの果てですな。シャルロット様もご存知かとは思いますが、我が国は今質のいい魔道具を作ることに注力しております」

「魔術師不足を補うため、だったわよね」

「ええ。魔道具があればレカトの谷へ配備する魔術師の人数を減らすことができます。そうなれば各地に常駐する魔術師を増やすことができ、国内の」

「待って。今日はそのような講義を聞きに来たわけではないの」


 危うく無駄な時間を過ごすところだった。

 彼の話は冗長で難解だ。

 無駄な内容とは言わないけれども今ここで聞く必要は無い。


 その魔道具研究の成れの果てとやらを抱えた魔術師がちょうどこちら側へやってきた。

 奥の部屋にあれらをしまうのだろう。

 ちょうどいい。

 アルベリク卿と話していたらいつまで経ってもアシルのことを聞けやしない。


「ねぇ、貴方。今日からここへ配属されたアシルという子は今どこで何をしているの?」

「は、はい! アシルは…………」


 その魔術師の彼はちらりと視線をずらしアルベリク卿の方を見た。


「い、今は上の階で適性検査を受けております」

「適性検査?」

「魔術師としてどのような才能があるのかを確認しているのです。なにせ神の祝福を受けた魔術師はここ百年現れておりませんでしたから」


 私の質問に答えたのはアルベリク卿だった。


「それは入団前に確かめるはずでしょう? でなければ宮廷魔術師が務まるかどうかわからないじゃない」

「アシルは特別な子ですから。他のものとは違うのです」


 確かに彼は特別だ。

 けれどそんなことをする必要があるのだろうか。 


「それはいつ終わるの?」

「一日中かかります。ですので今日アシルに会うことはできません」

「……それなら休憩時間に顔を見るだけにするわ。挨拶するくらいなら問題ないでしょう?」

「どうでしょう。アシルは特別な子ですから通常とはかかる時間も異なります。いつ休憩するのかは私でもわかりません。それでも待つというのでしたら私もシャルロット様が満足するまでお付き合いいたします。もうじき応接室の片付けも終わるでしょうからゆっくりお待ちいただけますよ」


 つまり私が勝手なことをしないよう見張り続けるつもりなのね。

 こうなったらアルベリク卿の目を盗んで会いに行くべきか。

 いや、騎士団寄りの立場の私がそんなことをすれば魔術師団と騎士団の溝はより深くなってしまう。


 そもそも彼がこうやって邪魔をするのはアシルが平民だからだろう。

 王女が平民に会って話すことなんて普通はありえない。


 これまでの人生の中で出会ったアシル以外の人はみな貴族か貴族の子どもだった。

 王宮の使用人にも平民はいるけれど、みな私の前には出てこない。

 それがナフィタリアでの当たり前なのだ。


 とはいえアシルは神の祝福を授かった特別な人間だ。

 王宮での叙任式に呼ばれたように、しばらく待てばアシルの功績が認められて普通に会えるようになるかもしれない。

 悔しいけれどそれまで待つべきか……。




 でもやっぱり一目でいいから会いたい。

 だって八年も待ったのだ。

 声をかけなくてもいいし気付いて貰えなくてもいい。

 アシルが近くにいることを確認したかった。


「……私、ここへ来るのは今日が初めてなのよ。これまでは騎士団での鍛錬や勉強で忙しかったから宮廷魔術師とは講師をしてくれたアルベリク卿としか関わりがなかったの」

「そうでしたか。わからないことがあれば何でもお聞きください」

「ではこの塔の中を案内してくれるかしら。これからは魔術師達とも親交を深めたいの」


 私の言葉にアルベリク卿は僅かに目を細めた。


「…………わかりました。今魔術師達は魔物の研究に励んでおります。いくつかの部屋に通すことはできかねますが、それでもよろしいですね?」

「もちろんよ」


 そうやって中を歩いていれば、もしかしたら偶然会えるかもしれない。

 会えなくとも姿を見たり声を聞いたりすることくらいはできるかも。


 


 私たちは奥の塔の上に続く階段をのぼりはじめた。






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悪役令嬢は皇子様からの婚約破棄を望んでいたはずなのに script?guid=on
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