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失意



 あれから一ヶ月が過ぎた。

 ドラゴンの死骸はある条件と引き換えにナフィタリアが全てを所有することとなった。

 現地の調査も終わって変質したコボルトからはじまった問題は解決したと言えるだろう。


 ナフィタリアの王女がドラゴンを討伐したという報せはすぐさま大陸中に広まったらしい。

 近隣諸国から山のような手紙が届き、しばらくはその対応に追われ息をつく暇もなかった。

 が、それも先日ダルタの王子と会談して一段落ついたところだ。



 日常が戻ってきていた。


 私はいつも通り公務に追われているしアシルは魔術の研究で忙しくしている。

 変わったことと言えばアシルが叙勲されたことくらいだ。


 本当はドラゴン討伐に関わった褒賞として小さな領地と爵位を貰うはずだったのにアシルはそれらよりドラゴンを要求した。

 そして国王陛下はその要求を受け入れた。国王陛下にとってドラゴンの死骸なんてなんの価値も無いものだったからだ。


 あまりにも予想外の展開にアルベリク卿も苦笑いしていたが、当の本人はドラゴンを手に入れることが出来て満足したようだ。

 叙勲されても爵位はない。準貴族と同等の待遇を受けられるものの平民という身分は変わらないまま。

 残念だけど国王陛下の決定を覆すことは出来ないのでアシルを貴族にするのは次の機会をまたなければならない。


 それでも勲章を授かったのはめでたい事だ。

 お祝いのパーティーを開こうとしたら、その時間が勿体ないからと叙勲された直後から魔術師の塔に篭って研究をはじめてしまった。


 思わずため息が出てしまう。


 アシルに会えるのは夜にこっそり思い出の庭園に行った時だけ。

 そのときも半分はアシルの研究の話を聞いている。せっかく生きて帰ってこれたのだから頑張って好きになってもらいたいのに、私たちの関係は一歩も前進しない。


 当然告白もできていなかった。


 彼の功績が認められたとはいえ身分は平民のまま。

 しかもドラゴンの討伐で私は彼の命を救っている。その過程で私は貴族の女性としては致命的な傷を負った。

 こんな状態で告白なんてしたら、アシルは断ることができないだろう。

 それは私の本意ではない。

 

 けれどこの先どうすれば先に進めるのかがわからない。

 アシルに意識してもらうためには……やっぱり魔術の勉強を頑張るしかないのだろうか。共通の話題があればもっと一緒に居たいと思ってもらえるかも。

 けれど私が公務や訓練の隙間に魔術の勉強をしたところでアシルの話し相手になれるだろうか。


 しかも明日にはまた皇子がナフィタリアに来るのだ。

 このままでは以前と同じようにまた二人が楽しそうに話しているのを眺めることになるだろう。

 なんとかしなくては。

 



 そんな事を執務室で考えていると、エラが手紙を持ってやってきた。


「シャルロット様、国王陛下からの手紙を預かってまいりました」

「国王陛下から……? 何かしら」


 差し出された手紙を受け取る。


 エラは私の侍医としてナフィタリアに来たはずなのに何故か侍女としても働いていた。

 痣の治療だけでなく私の食事管理や肌や髪のケア、そして訓練の付き添いとアドバイスまでしてくれている。

 毎日アシルと共にドラゴンの研究もしているし、私と同じくらい、いや私より忙しいかもしれない。

 彼女のおかげで痣も治ってきている。

 顔や腕の痣はまだまだ目立つが、もともと色の薄かった痣はよくよく目を凝らさないと見えないくらいになっていた。

 元々皇子の側近だったようだしノルウィークの中でもかなり優秀な人材なのだろう。

 ありがたいけれど少し申し訳ない気もしていた。


 そんな気持ちを振り切るように手紙の封をあけ中身を確認する。




 そこには私の結婚相手が決まったという事が書かれていた。



 信じられなくてもう一度手紙を読み返す。

 確かにノルウィークのテイラー子爵を私の伴侶にすると書いてある。


 知らない人だ。

 隣国とはいえ貴族全員を把握できているわけではない。

 小国といえども王女の伴侶として選ぶくらいなのだから皇族の血が入っているかよほどの傑物なのかもしれない。

 だって私の伴侶となる人なのにもう爵位を継いでいる。若くして貴族の当主として認められるのは優秀な証拠だ。


 だとしてもどうして急にこんなことを……。


 手紙の最後には国王陛下の名と御璽が押されていた。これは偽物なんかじゃない。


 泣き出しそうになるのを必死に堪える。


 王が決めた事を覆すことなんてできない。

 私は受け入れるしかないとわかっている。けれど受け入れたくない。


 私には好きな人がいるのに。




 ううん、駄目。もう決まったことなのだから受け入れないと。

 初恋は叶わないと聞く。私の場合もそうだっただけだ。

 きっと件の子爵は素晴らしい人に違いない。いつか愛することもできるだろう。


 だから気持ちを切り替えよう。

 アシルのことは忘れて伴侶となる人のことを考えなければ。


 ゆっくりと息を吐き、顔に出ないよう細心の注意を払いながらエラへ視線を向ける。


「エラ……、ノルウィークのテイラー子爵がどういう方なのか知ってる……?」

「テイラー子爵……? 彼は…………あまりいい噂は聞きません。祝福を授かった魔術師ではありますが、使用人に手を出し婚外子が十人もいます。子爵夫人が去年の暮れに亡くなっているのですが、あまりにも突然でしたから……社交界では様々な憶測が飛び交っていました。ですがご息女は優秀な魔術師で、彼女の性格や能力には何の問題もございません。今後関わることがございましたら彼女自身を見てあげてください」


 婚外子?? ご息女?

 テイラー子爵は寡夫なのか。

 魔術師の娘がいるのだから年齢は……四十くらいだろう。

 そうだとすれば国王陛下より年上だ。


 どうしてそんな人が私の結婚相手になるのだろう。


「話が逸れてしまいましたね。申し訳ございません。ナフィタリアにテイラー子爵が来るのでしたら、私がシャルロット様をお守りいたしますのでご安心ください」

「ありがとう……。少し一人にしてくれるかしら」

「わかりました。部屋の外で待機しておりますので何かございましたらお声かけください」


 エラは一礼して退室した。




 私の結婚相手は父親ほども年齢の離れたノルウィークでも評判の悪い男性。

 ううん、もしかしたら噂は正しくなくて、実はとてもいい人なのかもしれない。会ってもいない人を噂で判断するのはいけないことだ。


 だとしても年齢差は覆らないし私より年上の娘がいるという事実も変わらない。



 涙が零れる。


 自分で相手を選ぶことができないことは理解していた。私は王女なのだから、自分の感情より優先しなければならないことは沢山ある。

 それでも伴侶となる人は同年代の誠実な人だと思っていた。

 アシルでなくても王族の伴侶として相応しい人であると……。




 王女である私は子を産まねばならない。

 王家の血を絶やすことは許されないから。身体の弱い妹が子どもを授かれなかったときのために産まないという選択はとれない。

 これは王女の義務だ。



 そして国王陛下の決定は覆せない。

 異論を唱えてもいけない。 

 ずっとそう教えられてきた。




 …………。


 けれど今なら国王陛下も私の言葉を聞いてくれるかもしれない。

 私はドラゴンを討伐し国を救ったのだ。

 一人で成し遂げたわけではないけれど、私がいたおかげで被害は最小限に抑えられたと皇子も言ってくれたし、それを国王陛下も聞いている。

 今後の外交において私の存在は不可欠だ。これまでのようにぞんざいに扱われることはないはず。


 それにもしかしたら国王陛下はテイラー子爵のことをよく知らないのかもしれない。

 彼のことを知ればきっと考え直してくれるはずだ。


 意を決して国王陛下に直談判することにした。


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悪役令嬢は皇子様からの婚約破棄を望んでいたはずなのに script?guid=on
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