討伐4
次は左側から爆発が起こる。
吹き飛ばされつつも倒れないよう堪えたけれど、その直後のドラゴンの噛み付く攻撃を完全に躱すことはできなかった。
左肩に激しい痛みが走る。
幸いにもドラゴンの牙が掠めただけだったけれど、このままでは何も出来ずに終わってしまう。
どうにかしなければ。
『お前の力は稀有なものだ。生きたまま取り込んで我の力としてやる。光栄に思うがいい』
前方で爆発が起こり、また吹き飛ばされた。
直撃させないのは私を弄んでいるからなのだろう。動けなくなったときが本当の終わりだ。
急いで立ち上がって次の衝撃を覚悟する。けれどそれはいつまで経っても来なかった。
「シャルロット様!」
背後から呼びかけられ驚いて振り向くと、そこにはアシルが居た。
「俺が時間を稼ぎます。逃げてください」
「何を……魔術師がこんなところにいたら危ないわ。早く離れて」
ドラゴンの爆発させる魔術は強力で、直撃しなくても危険なのだ。アシルのような細い身体では持ち堪えられない。
けれど近くで爆発が起こることはなく、代わりに周囲で小さなパチパチという何かが弾けるような音がした。
「大丈夫。少しくらいなら俺も役に立てるから」
『我の邪魔をするな!』
ドラゴンが火の息を吐いた。
これまで出てきたもののなかで最も強く大きな炎が私たちに迫ってくる。
この身体ではアシルを抱えて避けることなんてできない。死を覚悟したそのとき、アシルに腕をひかれて抱き寄せられた。
熱風に包まれる。
けれど私たちは燃えてはいない。
アシルがドラゴンの炎を遮って守ってくれている。
「こうやって防ぐことはできるんだけど、あれを倒すことはできそうにないんだ……。だから俺の魔力が尽きる前にできるだけ遠くに逃げて」
「い、嫌よ……。貴方を置いて逃げるくらいなら、ここで一緒に」
「駄目だ。……イヴォンに教えてもらったんだ。俺達はシャルロット様を守らなければならないって。でもここであれを倒すことは無理だから…………。アンナ、昔の約束覚えてる?」
「ナフィタリアをどこよりもいい国にするって約束……?」
「うん、絶対に叶えてほしい。アンナが行ったら次はアルを逃がすよ。二人でノルウィークの帝都に逃げるんだ」
「待って、勝手に決めないで。私……」
縋るように右手でアシルの身体に触れると、アシルの顔が苦痛に歪んだ。
びっくりして手を引っ込める。黒いローブでわかりにくくなっているが、彼の身体は傷だらけだった。
「ごめん。言い争っている時間がないんだ。この炎が途切れたら洞窟の出口へ走って」
きっとアシルの言う通りにすればここから逃げ出せる。
皇子と二人で帝都まで逃げれば祝福持ちの騎士や魔術師が沢山いるのだ。きっと何とかなるだろう。
でもそうするとアシルは死ぬ。
ここにいる人も上にいるイヴォン達も全員死ぬ。
私が生き延びるために多くの兵士を犠牲にする。それは決して採ってはならない選択だ。
「私は、私はナフィタリアの王女なの。王女として正しい行いをしなければならないわ」
「だったら逃げるんだ。アンナが生き残れば国はなくならない。俺たちが絶対に」
「違う! 王女がすべきことは民を犠牲に生き延びることではないわ」
ドラゴンの炎が途切れた。
「民を守ることよ」
覚悟を決めてドラゴンを見上げる。
赤い目が私たちを睨んでいた。アシルに邪魔をされて怒っているのだろう。
足にかけた魔術の効果はまだきれていない。
痛みで左手には力を入れられないけれど右手はまだ使える。
自分の魔力がどれだけ残っているのかはわからない。
でも大丈夫。
だって私は王女だから。
「待って、行っちゃ駄目だ!」
腕を掴まれたけれど、それを振り払いそのまま駆け出す。
アシルの顔は見なかった。
決意が揺らいでしまいそうだったから。
右側が爆発した。
吹き飛ばされながら身体に強化の魔術をかける。
たどり着くまでに動けなくなるわけにはいかない。
すぐさま体勢を立て直してドラゴンに向かう。
身体をぐっと屈めて大きく跳躍した。
剣を振って雷の斬撃を飛ばすが、それはドラゴンの額に当たってはじける。やはりドラゴンの身体の中からでなければ魔術は効かない。
『愚かだな』
私を嘲笑うようにドラゴンはそう言って大きな口を開けた。
チャンスだ。
そう思ってもう一度剣を振ろうとしたが、それはあの爆発によって叶わなかった。
バランスを崩した私は瞬く間にドラゴンに食べられてしまった。





