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討伐


 少しするとイヴォンと数人の兵士が穴からおりてきた。

 降りてきたというか滑ってきたというか……。

 ノルウィークの兵士たちがこの穴から行き来出来るようロープを掛けてくれることになったらしい。


 準備が整うのを待つ間、アシルと皇子にここに来るまでの出来事を伝えると二人は渋い顔をした。


「シャーリィ、怪しい物があるからってすぐに破壊するのはよくない」

「今回はたまたま正解だったけれど、これからもそうとは限らないからね」

「それに得体のしれないものを考え無しに押すのもやめた方がいい。それが罠に繋がっていたり、それこそ落とし穴だったら目も当てられない」


 私はみんなのために全力で最善の行動をとったのにどうしてお説教されているのか。


「でも危険かもしれないからっていちいち調べていたらここまでたどり着けなかった。時間を浪費してもいいことなんて何も無いわ」


 あの繭の中身がどうなっているのかも、猶予がどれだけあるのかもわからない。

 しかし早いに越したことはないはずだ。


「安全を確かめることを時間の浪費とはいわないよ。何にしても君が来てくれて助かったことは事実だ。感謝している」


 皇子は私の手をとり優しく握ってくれた。


「僕たちはこれからあれをどうにかして討伐しなければならない。あれは生物を捕え、変質させる魔物だ。野放しにすれば勢力を拡大し続け人間の手に負えない存在になるだろう」


 アシルが見てるからできれば離してほしいと思ったのだけど、皇子の手が微かに震えていることに気がついて浮ついたことを考えていた自分が恥ずかしくなる。

 相手は得体の知れない魔物なのだ。

 もし討伐に失敗すれば国に大きな被害がでるだろう。

 そして皇子もアシルもあれと二時間以上も対峙していた。

 精神的な限界も近いのかもしれない。


「大丈夫。きっとなんとかなる。ううん、絶対になんとかしてみせるわ」

「……君がそう言うと何とかなる気がするよ」


 皇子は力無く笑った。

 私の言葉は彼を元気付けるには足りない。それは私の力が足りないからだ。


「あれの中身に何が入っているのかはわからない。けれど繭の形態をとっているということは虫に近い変化をしていると思うんだ。だから羽化する前の身体は柔らかい……と思われる。と言っても成虫に比べて柔らかい、程度かもしれないけれど」

「あの繭を切り裂く必要があるのね」

「ああ。でもできることならあの繭に入っているうちに仕留めたい。だから火をつけて燃やすつもりだ」

「それは…………大きな蒸し魔物ができちゃうわね」

「はは、そうだね。でもそう簡単にはいかないだろう。……繭から魔物が出てきたらできるだけ一斉に攻撃したいんだ。向こうの体勢が整うのを待ちたくはないからね」

「わかったわ。そうなるとまずは魔術で攻撃するの?」

「うん。何が効くかわからないから手当り次第試すしかない。……雷の魔術が使えるのは君とアシルしかいない。そしてアシルの魔術はまだ未完成だと聞いた。だから君が来てくれて本当に助かったよ」


 そういう皇子の表情はどこか暗い。


「本来なら僕が君を助けてあげるつもりだったのに……逆に助けられてしまうなんて、ちょっと情けないね」

「そんなことない。貴方が私の手紙を見てこうやって来てくれて助かったわ」

「ありがとう。…………無事に帰れたら君に渡したいものがあるんだ。受け取ってくれるかい?」

「ええ、わかったわ。楽しみにしてるわね」


 今この状況でなぜそんなことを? と思ったけれど皇子があまりにも真剣な表情だったから聞き返すことができなかった。

 私が頷いたのを見て笑顔になった皇子はようやく手を離してくれた。


「じゃあ僕は大隊長達と話してくるよ。二人は準備が整うまで休んでいて」


 そう言い残して皇子は兵士が集まっている場所へ行ってしまった。



 休んでいてと言われても、目の前にあんな気持ち悪いものがあるから休むに休めない。

 アシルの方へ視線を向けると、彼は繭の方を見てじっと考え込んでいた。


 やっぱりアシルは私に興味無いんだな。

 私と皇子が手を繋いで話していることよりも魔物の方が気になるのだろう。


 魔術より下は百歩譲って許せるけどあの繭の魔物より下なのは由々しき事態だ。

 好きになってもらうための努力が足りなかったのかもしれない。

 とりあえず話しかけてみよう。


「あの魔物が気になるの?」

「……うん。これまでの調査結果とここで見たものをあわせると、あの魔物はこの辺りに住む魔物達を誘き寄せて捕獲し、自分のために働かせていた……と考えられる。あの魔物は誘き寄せる方法、つまり魔物をコントロールする術を持っているんだ」

「……魔物の好きな匂いとか?」

「それもあるかもしれないね。人間には感知できない何かを発しているんだと思う。…………本来魔物は自分より強い魔物の傍には近寄らないんだ。それに関してもどうやって強さを見極めているのかはわかっていない」


 あ、これ話が長くなるやつだ。

 アシルは魔術や魔物の話になると話が止まらなくなる。

 前は少し寂しかったけれど今はそれすらも愛おしいと思う。

 もう二度と会えないと思っていたからかもしれない。

 また会えてこうやって声が聞けることが幸せだ。


 目の前にあるのは気持ち悪く蠢く巨大な繭だからムードも何も無いけれど。


「魔物の生態はまだわからないことが多いんだ。けれど、もしそれを解明できたなら……俺の夢が叶うかもしれない」

「誰もが魔物に怯えなくていい世界にしたいのよね」

「うん。俺は魔物に襲われる人をなくしたいんだ。誰も悲しい思いをしなくてすむように」


 その夢は初めて会った時に聞いたことだ。

 懐かしい。

 もしかしたらあの時に私の運命が決まったのかもしれない。


「…………ねぇ、アシル。聞きたいことがあるの」

「何?」

「私はナフィタリアの王女として民に認めてもらえると思う?」

「…………その質問の意図はよくわからないけれど……シャルロット様は誰よりも王女に相応しい方だと思う」

「ありがとう。貴方にそう言って貰えて嬉しいわ」


 心残りは沢山あるけれど、私の人生の全てがそのアシルの言葉で報われた気がした。

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悪役令嬢は皇子様からの婚約破棄を望んでいたはずなのに script?guid=on
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