贈物
その晩も私はあの庭園へ向かった。
今日は泣きたい気分ではなかったけれど、なんとなくまたあそこへ行けばアシルに会える気がしたから。
約束したわけではない。
だからアシルは居ないかもしれないし来ないかもしれない。
それでもあの場所でアシルのことを想いながら時間を過ごすのは悪くないはずだ。
庭園に足を踏み入れ、ガゼボへ目を向ける。
そこには昨日と同じようにアシルが居た。
「今日もここへ来てたのね」
嬉しさを極力表に出さないように声をかけた。
ゆっくりと振り返る彼は私が来たことに驚いていないようだった。
「アンナがまた来てくれる気がしたから」
「……また貴方の期待に応えられたみたいで嬉しいわ」
アシルの言葉に飛び上がりたくなる程嬉しくなった。
けれどもここで喜んではいけない。
アシルに私の好意を気付かれてはいけないのだ。
落ち着いてアシルの傍に寄る。
手を伸ばせばいつでも触れられる距離だ。
このくらいなら普通だよね。近すぎないし遠すぎないよね。
内心ドキドキしていたけれど王女たるものこんなことで感情を表に出してはならない。
冷静に、なんてことない顔をしていなければ。
「実はアンナに渡したいものがあるんだ」
「な、何かしら」
プレゼント!?
アシルから私にプレゼントをくれるなんて。
今日は何の日だったかしら。誕生日……は七ヶ月も先だし国の記念日でもない。この国にはバレンタインやホワイトデーなんてないし……。
なにも心当たりがない。けれどアシルからの初めてのプレゼントだ。大事にしなくては。
「これ、俺が作った魔道具なんだ」
アシルがローブから取り出したのは懐中時計のようなものだった。
「魔道具……?」
「うん。明日は俺達が先に出発するだろう。だから急いでもう一つ作ったんだ」
その懐中時計のような魔道具を受け取ると見た目よりずっしりとしている。以前見た魔道具と全然違っていた。
「例のオーガから作ったんだ。これは魔力を感知することのできる魔道具だよ。前見せた石の魔道具版。こいつは特別製で、変質したオーガやコボルトに付いていた特殊な魔力を検知できる」
アシルは魔道具を持つ私の手に自分の手を重ね、丁寧に使い方を説明してくれた。
話はしっかり聞いてはいたけれど、アシルの手が私に触れてるしなんだかいつもより距離も近いしでちょっと自信が無い。
「ありがとう。嬉しいわ」
「この魔道具が反応する場所は危険な魔物がいる場所だ。絶対に近付いちゃ駄目だよ」
真剣な顔をして注意してくれるのはいいけど、小さな子どもじゃないんだからそこまで念を押さなくてもいいのに……。
それより、やっぱり距離が近い気がするんだけど、これ、どうしたらいいのかしら。
でもこれはチャンスかもしれない。
今の所アシルは私に恋愛的な好意は一切ない。
いつも魔術のことばかりだし、異性というよりはただの年下の女の子という扱いだし。
だからちょっと意識させるようなことを言って恋愛対象として見てもらわなければ。
私が先に好きだと言ったらアシルは断れないけれど、ちゃんとアシルから好きになってもらえればなんの問題もないはず。
完璧だ。
じゃあアシルに好きになって貰うためになにを言えばいいだろう。
…………わからない。
恋愛経験は全くないのだ。男心なんてわかるわけがない。
とりあえず私を意識してもらえる事を言わないと。
「あ、あのね、アルから聞いたんだけど、ノルウィークでは剣の祝福を授かった人と魔の祝福を授かった人が結婚する決まりがあるんですって」
「そうなんだ……」
アシルは少し困ったような顔をした。
…………これは直球すぎたかも!
これじゃ私とアシルが結婚するべきだって言っているようなものじゃない。
なんとか誤魔化さないと。
「あっ、あのね、ノルウィークには貴族の子どもたちを集めた教育機関があって、そこでは勉学だけでなく社交性や礼儀作法、魔術、剣でも採点されて順位が付けられるんですって。その成績で結婚相手を決めるらしいの。も、もちろん家柄や政治的な理由も考慮されるみたいだけど……」
アシルは小さく頷いた。
これはまだ誤魔化せていない気がする。
「好きな人と結婚できないのは少し悲しいなと思って……。だ、だから他意はないのよ」
「うん、わかってるよ。アンナもその教育機関に通いたいの?」
「えっと……そうね。子どもたちが集まるような場所は羨ましいと思うわ。ナフィタリアにはそんな場所ないから。……共に過ごせば気の合う友人もできるでしょうね」
杏奈の人生では少ないながらも気の置けない友人がいた。
けれど私にはそのような友人はいない。
学校に通っていたら違っていたのだろうか。
なんだか最近は杏奈の人生を思い返すことが多い。
ゲームのことや学校のこと、家族のこと。
彼女の人生はたった十五年と五ヶ月で終わってしまった。もしあの時死ななかったら、どのような人生を送ったのだろうか。
「アンナならきっと沢山の友達ができるよ。それに絶対成績もいいはずだ」
「もちろんよ。私、何だってできるもの。ノルウィークでだって絶対に一番になるわ」
確かノルウィークの第四皇子も十七歳だ。
私の二つ上なのだから学年で一番になることは可能だろう。うん、嘘は言っていない。
……ノルウィークの教育機関はいつ入学するのだろう。日本と同じ春なのかな。
杏奈は入学式の次の日に最期の日を迎えた。
そして今は春。
…………。
「……そういえば、まだお礼を言ってなかったわね」
「お礼?」
「ええ。アシルのおかげで魔術を使えるようになったし、アシルが昨日元気付けてくれなければ私はアルに勝つことは出来なかったもの。貴方がいなければ私は祝福を授かっただけの何の価値も無い王女だった」
そもそも私が今日まで頑張れたのはあの日ここでアシルに会ったからだ。
今の私があるのはアシルのおかげだ。
「ありがとう。貴方と出会えて良かった」
「うん。俺もアンナに出会えてよかったと思ってるよ」
少し怪訝そうな顔をしたアシルは、それでも笑って返してくれた。





