公務
次の日、私達は午前中は別行動することになっていた。
私には公務があるからだ。
ノルウィークの皇子が来ていても、魔物の異変が起きていても、公務がなくなることなんてない。
それに今回の魔物の異変と同様の異常が別の場所で起きていないとも限らないのだ。各地に異常が発生していないかをしっかり見定めなければならない。
私の執務室に届く報告書に目を通して問題がないか確認していく。
毎日やっていることだし難しいことではない。集中すればすぐに終わる仕事だ。
……だけど、どうしても二人のことが気になって仕方がない。
今日の午前中、アシルと皇子は魔術師の塔でオーガについて調べたり国境沿いの地図を見ながら周辺情報を共有したりするらしい。
本来ならば皇子は国賓で、間違っても平民であるアシルに接待させてはならない。
魔術師ならばアルベリク卿に任せたいところなのだけれど皇子がそれを断りアシルと過ごすことを決めてしまった。
正直私は気が気じゃない。
昨日のこともあるけれど、アシルは皇子と魔術の話をしているときが一番楽しそうなのだ。
同性だから恋敵にはなることはない。でも皇子がアシルと仲良くなりすぎて私の入り込む余地がなくなるのは困る。
早くこの公務を終わらせて二人に合流しなくては。
そんなことを考えているとイヴォンに強めに名前を呼ばれた。
驚いて顔をあげると呆れ顔のイヴォンが私を見つめていた。
すっかり彼が居ることを忘れていた。
手伝いに呼び出しておいてこれは酷いかもしれない。
「俺の話聞いてたか?」
「えっ、あ……ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら」
「…………そんなにあの二人のことが気になるのか?」
「そ、そんなのじゃないわ。ただちょっと疲れてるだけよ。昨日少し頑張ったから……」
といってもしっかり食事もとったし睡眠もばっちりとった。
間違いなく体調は万全なのだけど、精神的にはそうでもない。
昨夜あの庭園でアシルに会って抱きしめられた。
混乱した私はただ固まって時が過ぎるのを待つことしかできなかった。
未だにどう行動するのが正解だったのかはわからない。
けれど昨日の私の行動が不正解だということはわかる。
それで若干落ち込んでいるのだ。
まあぐっすり眠れてしまったので本当に若干なのだが。
「シャーリィはノルウィークの皇子のことはどう思ってるんだ?」
「優秀で素晴らしい方だと思うわ」
「それだけか?」
そんなわけがない。
彼に対しては一言で表せない感情を抱いている。
嫉妬や劣等感、羨望、そして恐れ。
彼は私やアシルに優しくしてくれている。けれどその背後にあるのはノルウィークという大国だ。
どうしても彼だけを見ることなどできない。
「それ以外に何かあるとでも? それより何か言いたいことがあるんでしょう」
「ああ。隣国の王子からの手紙のことだが……」
「それは代理を立てるかしかないわ。今はノルウィークの皇子が来ているのよ。私を名指ししているけれど別に妹でも構わない内容だもの」
隣国の王子の訪問を知らせる手紙が届いたのは今朝のこと。
なんのことはないただの外遊だ。
もともとの予定ではあと三週間は後の予定だったのに二週間前に突然前倒しの連絡をよこしてきたのだ。そして今朝の手紙で公爵の訪問予定が王子に変わったと知った。
あまりにも直前の連絡でみな対応に追われている。
けれど隣国はナフィタリアと友好関係にある国だ。おざなりな対応はできない。
「こちらの内情を知らないとはいえ迷惑な話よね。けれど向こうもノルウィークの皇子が居ることを知れば引き下がるでしょう」
今日の二人の調査とあちらの状況次第だけれど、早ければ明日の朝にはここを出立することになるだろう。
隣国の王子が来るのも明日の午前。上手く行けば入れ違いになる。
「シャーリィをわざわざ指名したんだ。魔道具の技術提携について話をしたいんだろ」
「そうかもね。でもそんなこと手紙には書いてないもの。それにダルタと提携するよりはもっと別の国の方が……。ううん、今それを話していても仕方がないわ」
これまで全く興味のなかった魔道具だが、どうやらナフィタリアの魔道具は他の国のものよりすごいらしい。
何がどう凄いのかはわからないけれど、皇子が一生懸命話していたからきっとお世辞ではないのだろう。
けれどその魔道具の評価は魔術師達よりずっと低い。魔術師の使う魔術より威力が低いのに鉱石を材料とする関係上、製造にコストがかかりすぎるからだ。
使える場面も限定される。使い勝手も良くはない。
それでも魔道具はあると便利なものだという。
どうせ提携するなら宝石の資源が豊かな国がいい。
カタビアだったらアダマンタイトとルビーとアクアマリンの鉱山があるからナフィタリアにも利があるのに。
「何にしても調査の結果を待つしかないわ」
もし出発が明日以降になるのなら皇子とダルタの王子が顔を合わせることになる。
念の為に話しておいた方がいいだろう。
◇◇◇◇◇
午後は昨日と同じく訓練場で三人で訓練することになっていた。
けれどそこにアシルは居ない。
皇子に尋ねると、捕獲したオーガを更に調べるために地下牢にいるらしい。
少し残念だったけれど嘆いている時間が勿体ない。
皇子にダルタの王子が訪れることを話した。
「ああ、僕のことは気にしなくていい。ここにはノルウィークの皇子として来ているわけではないからね。僕たちは明日の朝王宮を出発するから、シャーリィは気にせずダルタの王子と会談するといい」
皇子の言葉は私の予想したものと真逆だった。
「でも私が討伐に参加するにはアルと離れないことが条件だって……」
「うん。でも外交は王女の大切な務めだ。それを邪魔するつもりはない。会談が終わったら向こうで合流しよう。何か調査に進展があれば都度伝書鳥を飛ばすから心配しないで」
皇子は私に配慮してこう言ってくれたのだと思う。
けれどそこは一緒にいてと言ってほしかった。
「調査は順調で国境沿いにて変質した魔物を何頭か捕獲したようだ。オーガと同じ特殊な魔力を帯びていたし、その魔力の主の居場所を突き止めて討伐する必要がある」
皇子は淡々と話す。
その報告は私も受けていた。
「相手は言葉を話す魔物を作り出せる存在だ。念の為にノルウィーク側に応援を要請するつもりだよ。もしかしたらこれまで確認されていた上級魔物よりもずっと厄介な魔物かもしれない」
「それでも倒さなければ国を守れないわ」
「……大丈夫。僕は君を助けるためにここにいるのだから」
不安は消えない。
けれど結局やれることをやるしかないのだ。





