出会2
「そう。君も神の祝福を受けた子だね。僕は『魔』の祝福だよ。君は?」
「…………『剣』」
お互いの左手の甲を見せ合う。
アシルの手には渦巻き状の炎の痣があった。
「『剣』と『魔』、道は違うけど僕達は祝福を受けた同志だ。……知ってる? この国には祝福を受けた人間が少ないんだって」
「知ってるわ。だからこそ私たちは大切にされてるの。国の宝なのよ」
授業でそう習った。
特に私は王女だから。
神からもこの国の民からも愛されているのだと何度も何度も聞かされたものだ。
……そういえばアルベリク先生は神の祝福を受けた人間はこの国では私一人だと言っていた。
ならこの目の前にいる子はなんなのだろう。
「そう。神の祝福を受けた僕達は祝福を受けるに足る人間であると証明しなければならない」
「証明……。そんなこと考えたことなかったわ」
「うん。だから僕と同じく神に愛された君にそれを示そう。僕は誰よりも優れた魔術師になるよ。そして誰もが魔物に怯えなくていい世界にするんだ」
なんとなくアシルは王女である私より国のことを考えているのだと感じた。
祝福を授かったもの同士だというのに私の方が劣っている気がして悔しかった。
けれどそれを認めるわけにはいかない。
だって私は王女なんだから。
「私だってあなたに負けない。すぐに誰よりも強くなってみせるわ。それにこの国をどこよりもいい国にするの」
「うん、楽しみにしてる。君が誰よりも強くなったらまた会いに来るよ」
アシルはそういって嬉しそうに笑った。
「さあ、そろそろお喋りはおしまいにしよう。君はこんなところでのんびりしてられるような立場じゃないだろう?」
その言葉にドキッとした。
私が王女で授業をサボって来ていることをアシルは知っているのだろうか。
「そ、そうよ。私は忙しいの。こんなところでゆっくりお喋りする暇なんてないんだから。…………ちゃんと約束は守るのよ? 私、絶対に忘れないんだから」
強がりを残して私はその庭園から急いで立ち去った。
あの後『アシル』という名前の貴族令息を探したけれど見つけることは出来なかった。
当然だ。アシルは平民の子で貴族の子ではなかったのだから。
私以外の祝福を受けた子どもの話も最近までずっと隠され続けた。
私が平民の子に興味を持つのを防ぐためだったのかもしれない。
どれだけ探しても見つからない彼を幻だと思うこともあった。
けれど諦めることができなくて『会いに来る』と言ってくれた彼を信じて努力し続けた。
そのおかげか今では剣の腕は騎士団長にも引けを取らないくらいだし学業も優秀、礼儀作法も完璧。
どこからどう見ても完璧な王女、それが今の私だ。
ゆっくりと肺の中の空気を吐き出した。
パーティーの最中にバルコニーに出てくる人なんて普通は居ない。
貴族たるもの社交を疎かにすることはできないから。
だからこそ私はここでアシルを待っている。
彼に貴族との交流なんて必要ない。
そもそも平民の彼に伝手があるとも思えない。
ここでならアシルと気兼ねなく会話ができる。
彼が偶然を装ってバルコニーに出てきてくれれば……。
程なくして背後からガチャリとガラス戸を開く音がした。
胸が高鳴る。
でもここですぐに振り向いたらアシルを心待ちにしてたみたいじゃない。
平静を保たないと。
私は今一人で過ごす時間を邪魔されたのだ。
怒るほどのことではないが、笑顔で迎えるわけにはいかない。感情を抑えて……そう、少し素っ気ない態度をしよう。
小さく息を吐いてゆっくりと振り返る。
けれどそこにいたのはアシルではなかった。
「まさか王女殿下がこんな場所にいらっしゃるとは。私は人と話すのに疲れてしまって……」
金髪碧眼の彼はクレマン侯爵家の四男だ。
少し困ったように笑う彼は人好きのする人で、周囲からの評判も剣の腕もいい。
アシルがいなければ今日の叙任式の主役だっただろう。
「そう。私も少し疲れてしまってここで休んでいたの」
ほっとしたような表情をした後にこちらへ近寄ってきた彼にいつもの笑顔を向ける。
「一人でゆっくりと過ごすといいわ。ここは中と違って静かよ」
ゆっくりと足を踏み出す。
もうここに用はない。
「王女殿下……」
「お互い一人になりたくてここに来たのよ。これじゃ意味が無いでしょう?」
何か言いたげな彼を残しバルコニーからパーティー会場へと戻った。
会場内を見回してもアシルはどこにもいなかった。
もう帰ってしまったのだろう。
ここは貴族たちの社交の場。平民であるアシルには居心地が悪かったのかもしれない。
今にして思えば私から声をかけるべきだった。
アシルのために気を使ったつもりだけれど、この国には祝福を受けたものは二人だけ。
私が興味を持って話しかけても不自然ではなかったはずだ。
後悔してももうアシルはここにいない。
いつもは最後まで会場に残っていたのだけれど、今年はそんな気になれなくて早々に会場を後にした。
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