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皇子2



「シャルロット様と二人で話したいことがあります」


 私の執務室に入ると皇子は真剣な表情でそう切り出した。


 未婚の女性が男性と二人きり。

 アシルやイヴォンとはまた意味が変わる。

 相手はノルウィークの皇子だ。彼らは祝福を持ったものの中でも群を抜いて秀でているという。

 何かあった場合に相手を無力化させることなんてできないし、そもそもナフィタリアの王女がノルウィークの皇子を拒絶することなど許されない。


 いや、躊躇うのは悪手だ。

 彼がここで私に何かするとは思えない。彼自身何度も時間が無いと口にしているのだから。

 信頼を示すために平然と受け入れる方が良いだろう。


「わかりました。イヴォン、席を外しなさい」

「…………扉の外で待機しております。何かありましたらお呼びください」


 イヴォンは固い表情で退室した。


 部屋には私と皇子の二人きり。私の部下に聞かれてはならない事とはなんなのだろうか。

 まさか国境沿いに騎士と魔術師を遣わしたことがバレてしまっているのだろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。

 もしそうならこんな回りくどいことをせず堂々と抗議すればいいのだから。


「おかけください。紅茶を用意いたします」


 今ここで用意出来る最も質のいい茶葉を取り出す。

 皇子が来ると事前にわかっていたならもっといいものを準備できたのに。

 さすがにお茶の質が悪いからと機嫌を損ねることはない……と思いたい。


 皇子はゆっくりとソファーに腰を降ろした。

 当たり前だけど動作の一つ一つが優雅だ。


「私の申し出を受け入れて下さりありがとうございます。親しくない男性と二人きりになるなど、シャルロット様のお立場を考えるとあってはならないこと……。ですが、どうしても貴女だけに話さなければならないことがあるのです」


 彼の様子から後ろめたさは感じない。

 きっと私を陥れたり辱めたりする意図はないだろう。


「お気遣い頂きありがとうございます。ですが問題ございません。ここには無粋な勘繰りをするものなどおりませんので」


 そもそも部屋に近寄ることを許可しているのは私が信頼している臣下と特定のメイドのみ。

 彼らが私に不利になるような情報を外部に漏らすことは有り得ない。


 紅茶を皇子の目の前に置く。

 少しだけ申し訳なさそうに視線をさ迷わせた彼は小さくお礼を言ってくれた。


 私が座るのを待って彼は口を開いた。


「話さなければならないことは二つあります。まず一つはシャルロット様からの手紙のこと」


 皇子は懐から私が帝国元帥に出した手紙を出した。


「この手紙の宛先は元帥宛になっておりますが、私の個人的な事情により彼はこの手紙を読んでいません。そして手紙の内容は……ナフィタリアの王女が帝国元帥へ送るものとしては些か不適切です」


 それは重々承知の上だ。

 ナフィタリアは小さく弱い国だ。ノルウィークの庇護下でしか生き長らえることのできない国。

 今は国家として独立しているものの、実態はノルウィークの属国だ。

 そんなナフィタリアの王女がノルウィークに“指示”を出したのだ。皇帝の怒りを買っても不思議ではない。





 手紙の件をここで持ち出したということは、これを公にしない代わりに何かしらの見返りを求められるのかもしれない。


「ですので書き直していただけますか?」

「…………はい?」


 書き直す????

 手紙を??

 何故そんな事を言われているのかさっぱりわからない。


「この手紙を読んだのは私だけです。ですから書き直して元の手紙を燃やしてしまえば差し替えたことなど誰にもわかりません」


 先程から変わらない笑顔で皇子は有り得ないことを言う。

 私が送った手紙はナフィタリアからの公式な要請書だ。それを差し替えるなんて……。

 私にとっては有難い話だけれど皇子にとってはリスクしかない。

 もしこの事が露見したら皇子とてただでは済まないだろう。


「援軍の規模を指定する部分をなくしましょう。その上で元帥に判断を仰ぐ文章を加えてください。これまでの手紙と同じように」


 しかし彼は冗談を言っているようには思えない。

 公文書を差し替えて、私の無礼をなかったことにする。

 その意図はなんだろう。


「そのように警戒しないでください。これは単なる善意の申し出です」

「では見返りとして私は何を差し出せば良いのでしょう?」

「必要ありません。シャルロット様はただ元帥にいつも通り手紙を出しただけなのですから」


 笑顔は変わらない。


 彼の言う通り手紙を差し替えた場合、ナフィタリアにどんなデメリットがあるだろうか。

 私が彼に弱みを握られることくらいか。しかし彼にとってもこの事実は弱みとなる。

 皇太子の座を狙う皇子がそのような汚点を残しておくとは思えない。





 けれど、この場合彼の言う通りにする方が国のためになるだろう。


「……ご厚情痛み入ります。お話が終わりましたら新しい手紙を書かせていただきます」

「今書いてください。この件の真偽が気になったままでは大切な話ができないでしょう。ああ、でも急がなくても大丈夫ですよ。シャルロット様に淹れていただいた紅茶がありますから」


 人の良さそうな笑顔で皇子は言う。

 その笑顔を本当に信じていいのか私にはわからなかった。

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悪役令嬢は皇子様からの婚約破棄を望んでいたはずなのに script?guid=on
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