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魔術4


 美味しいプリンと紅茶に癒され、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 頬を撫でるそよ風が気持ちいい。


 こんな穏やかな時間を過ごせる日が来るとは思わなかった。

 隣にはアシルがいる。そしてイヴォンもいる。

 そしてここは私のお気に入りの場所だ。


「シャルロット様、手を」


 アシルに促されて右手を差し出す。

 彼は私の手を両手で包み込むように握った。するとゆっくりと右手が温かくなり、その温かいものが身体にどんどん流れ込む。


 魔術の訓練をはじめてから毎日アシルに魔力を流してもらっている。魔力を感じることができるように、とのことだけどその兆しは今のところない。

 アシルからの魔力はわかっても身体に流れる私の魔力というものを感じ取ることはできない。

 この行為に意味があるのかどうかはわからないけれど、アシルと手を繋ぐ口実ができたので不満は無い。


 どうせもう少し休まないとイヴォンは訓練の再開を許してくれないのだ。


「シャルロット様は確実に前に進んでいますから安心してください。焦りは目の前の事象への認識を歪めてしまいます。落ち着いて多角的な視点で考えましょう。そうすればきっと望む答えを導き出せます」


 アシルは優しく話しかけてくれる。

 彼の声を聞いているとなんだか落ち着くし嬉しくなってくる。

 訓練の中で失敗して落ち込んだ時はいつもこうやって手を握って優しく慰めてくれていた。

 アシルのおかげで不安は軽くなり、前向きに考えられるようになった……気がする。


 それにこうやって手を繋ぐことにも慣れてきた。

 まだちょっと緊張するけど、彼の体温を感じることができて心が温かくなる。


 思い返せばこんなふうに手を繋いでくれる人なんて今までいなかった。

 騎士団のみんなとは親しいけれど王女と臣下という線引きはどうしたって消えない。どれだけ親しくなっても絶対にその線は越えられないのだ。

 けれどアシルはそんな境界線を軽々と飛び越えてきた。


 まあそれは単純に彼が王族との接し方を知らなかっただけなんだろうけれど。

 でも嬉しかった。



 だから今は私にとって幸せを感じられる大切な時間だ。


 たった数日でこんなに感じ方が変わるとは思わなかった。少し前の私ならこの何もしない時間に耐えられなかっただろう。

 未来のために常に努力をしなくてはいけないと思っていた。

 今もそれは変わらないけれど、大切な人の気持ちを蔑ろにして努力することは王女がやる事ではない。

 少し前にそのことに気が付いてからは二人と過ごすこの時間を大切にしようと思えるようになった。




 それでも私の状況は何も変わらない。

 ナフィタリアの王女として国を守る必要がある。

 そして国のために今回の件でノルウィークとの関係を悪くしてはならない。


「シャルロット様、ひとつお聞きしても宜しいですか?」

「ええ、もちろんよ」


 数日でアシルの言葉遣いは随分と綺麗になった。訓練が終わった後、私に内緒でイヴォンに習っていたらしい。

 さすがに所作は綺麗だとは言い難いが、魔物の調査討伐においてはもう充分だろう。

 本当は私が教えたかったのになんだか悔しい。


「どうしてご自分を追い詰めてこられたのですか? 神の祝福を授かったシャルロット様は誰よりも優秀です。この国の人間がシャルロット様に適うはずもありません」


 アシルは優しい声で話してくれる。

 少し迷ったけれど、二人には話してもいいような気がした。


「…………人間はいつ死ぬかわからないのよ。最期に後悔するような人生にしたくなかったの」


 杏奈は後悔してばかりの人生を送った。

 そして最期に彼女は人生をやり直すことを強く願ったのだ。


 私は杏奈ではないけれど、杏奈だった過去がある。

 だから今回は後悔しない人生を送りたかった。


「妥協して逃げてしまえば楽になるわ。でも最期の瞬間に頑張らなかった自分を責めることになる。私は人生に満足して自分を褒めてあげながら最期を迎えたいの」


 できることは全てやったのだと、私は頑張ったのだと胸を張れる生き方をしたかった。

 それに私は王女なのだ。王族が胸を張れない国は民が可哀想でしょう?


「……どうしてそのような悲しい考えを?」

「悲しいかしら? 私は前向きな考えだと思っているわ。余裕がなかったのはやるべき事が多かったから……誰よりも完璧でいたかったのよ。だって私は王女だもの」


 ずっと王女であることだけを心の拠り所にしていた。


 でも落ち着いて立ち止まってみたら、私の周りには私を支えてくれる人が沢山いた。


「だから今回のことも王女として最善を尽くすのよ。どんな最悪の事態が起きても必ず民を守るわ。ナフィタリアに生まれたことを後悔するような人がいてはいけないの」


 それでも現状はかなり厳しいと言わざるを得ない。


 一番の懸念は援軍が到着する前に魔物が動き出すこと。

 今のところそのような報告は受けていないけれど、これからそうならないとも限らない。

  次にノルウィーク側が私の要請を拒み祝福を持った騎士や魔術師が来てくれないこと。



 どちらにしてもナフィタリア側の戦力をどれだけ向上させられるかが問題になる。

 正直私が努力したところで結果は変わらないだろう。何をしたとしても複数人分の働きはできない。


 だからといって努力をしなくていい理由にはならないのだ。

 もしかしたら今の努力が功を奏して奇跡が起こるかもしれない。

 私の稼いだ5秒が国の未来を繋ぐかもしれない。

 限りなく低いけれど可能性はゼロではないのだ。


「とはいっても本当に最悪の事態が起こったらどうなるかわからないのだけれど。そんなことにならないよう神に祈るしかないわよね」


 アシルもイヴォンも寂しげな表情で黙り込んだ。


 あれ、駄目だったかな。

 今のは二人を心配させてしまうような内容だっただろうか。


「大丈夫よ。たった五日で魔術を使えるようになったのだもの。きっとなんとかしてみせるわ」


 二人を安心させるために慌てて明るく言った。

 


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悪役令嬢は皇子様からの婚約破棄を望んでいたはずなのに script?guid=on
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