指導
私達がいる場所は塔の裏側、物置小屋の影になる場所だった。
私が座っている椅子はボロボロでかなり古い。
もし椅子が壊れてしまって尻もちをついてしまったらかっこ悪いから警戒しておこう。
あれだけ泣き喚いてしまったからもうこれ以上かっこ悪いことなんて無いかもしれないけど。
恥ずかしいを通り越して消えてしまいたい。
けれどアシルはまったく気にしていないようだ。
それが気にしないふりをしているだけなのか、本当に気にしていないのかはわからない。
「よくあることなんだ。無理しすぎるとシャーリィは大泣きして俺に八つ当たりする」
「そんなに頻繁に泣いたりしないわ。もう子どもじゃないもの」
「前回は二ヶ月前だったな」
「あれからまだ二ヶ月しか経ってないなんて……。じゃなくて、そういうことは隠してよ!」
ここにはアシルがいるのに。
王女の秘密を部外者に簡単に話すなんて、イヴォンは護衛失格よ!
「い、いつもはあんなに泣かないのよ。騎士団の一部の人の前だけだし、少し涙が出るだけだから……」
「見られたんだから隠しても仕方ないだろ。いつもあんなんだし言うことも同じ。そもそもシャーリィは誰より泣き虫なんだ。そして立ち直るのも誰より早い」
「イヴ!」
どうしてそんな明け透けに喋ってしまうのか。
恥ずかしくて顔が熱くなる。
私は王女だからこんな情けない姿を見せるわけにはいかないのに。
慌てる私を見てアシルは苦笑している。
「シャルロット様はまだ子どもだから無理は良くない。人を頼ることは悪いことではないよ」
あからさまに子ども扱いされてムッとした。
まだ大人ではないけれど王女として生きてきたのだから子どもでもない。
「アシルまでそんなことを言って……。私たちはひとつしか違わないのよ。子ども扱いしないで」
「えっ?」
「え?」
驚いたような反応をされてどうしていいかわからなくなる。
何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。
「シャーリィ、アシルは今年で18だ。3つも違う」
「えっ、でも叙任式……。それにイヴより小さいし……」
「俺は平民だから。魔術師になったのは二年前。魔物討伐、調査の功績とロバン侯爵の後ろ盾があってようやく宮廷魔術師にしてもらえたんだ。イヴォンより小さいのは……気にしてるからあまり言わないでほしい」
「ご、ごめんなさい。もしかしてアルベリク卿がアシルに調査をさせるって言ったのは……」
「うん、各地で魔物の調査をしてきたから。魔物のことはそれなりに詳しいと思うよ」
そんなところも勘違いしていたのか。
何一つ正しい判断はできなかったのだと知る。
あ、また落ち込みそう。
「だからシャルロット様の力になれるよ。魔術と魔物のことは俺がこの国で一番だと思う。だから無理せず頼って」
アシルは祝福持ちの魔術師だ。私がどんなに努力したところで彼には叶わないだろう。
でも本当に頼っていいのだろうか。
アシルは神に選ばれた人間だ。
私が選んだわけでも、国王陛下が選んだわけでもない。
神が選んだ人間なら信じても大丈夫だろうか。
「…………俺達だって剣の才能があるわけじゃないけど、少しでもシャーリィに近づくために毎日訓練してる。それに俺達はみんな貴族だ。爵位があるやつもいる。味方はシャーリィが思うより沢山いるんだよ。怯えなくていい」
本当にそうなのだろうか。
信じて進もうとした瞬間、みんな離れて行かないだろうか。
家族という絆でさえ脆く崩れ去った。
今はもう両親と妹とは殆ど話さない。公務の時だけに顔を合わせる他人同然の仲なのだ。
他人との関係はもっと簡単に壊れるだろう。
イヴォンもいつか離れていくかもしれない。だっていつも私に呆れてるし。
護衛だから私に優しくしてくれるだけだ。
ううん、違う。
イヴォンはずっとそばにいてくれた。
私が何を言っても、どれだけ泣いても傍で優しく慰めてくれた。
信じたい。
「ありがとう。少し気が楽になったわ」
まだ心の底から信じることはできない。
とはいえそれに拘って時間を無駄にするわけにもいかない。
結局やることをやるしかないのだ。時間は有限で、浪費した時間は取り戻せないから。
「……私に魔術の才能はないみたいだけど、訓練すれば使えるようになるのよね? 六日で使えるようになるかしら?」
「諦めて剣の訓練した方がいいんじゃないか?」
「ううん。貴方達が調査に行ってくれてる間に騎士と魔術師の合同訓練を行ったの。その時に、もし騎士が簡単な魔術を使えたら戦術が広がると思ったのよ」
味方の状況に応じて柔軟に対応できることは間違いなく強みになる。
そして騎士が魔術を習うことで相互の理解が深まる。
理解が深まれば連携の練度もあがってより手強い敵に対抗できるようになるだろう。
けれどそれはかなり大きな負担になるだろうことが予想できる。
だからこそまず私がやる必要があるのだ。
「もし本当に無理なら別の方法を考えるしかないけれど、何もしてないうちに諦めてたら何も出来ないもの。もう少し頑張ってみたいの」
「わかった。シャルロット様が魔術を使えるようにしてみせるよ」
アシルの言葉に頷く。
彼は神の祝福を授かった人間だ。きっとなんとかしてくれるだろう。
「魔力は誰の身体にもあるから魔術が使えないなんてことは絶対にないんだ。見えなくても操作出来れば問題ない」
アシルは私の右手をとって両手で包むように握った。
手を繋いでいる。
どうしよう! アシルと手を繋いじゃった!
泣いてる時にも優しく手を握ってくれたけど、何にもない時に手を繋ぐのはまた違う。
様々な不安が急に湧き上がってきた。
手汗大丈夫かな。
クリームも塗ってきてるし香水もちゃんと付けてるし、ここまで歩いてきたけど汗かいてないからきっと大丈夫。大丈夫だよね???
「集中して。身体の中の魔力の流れを感じるんだ」
集中なんてできるか。
意外と手が熱いとか爪が綺麗な形してるとかそんなことしか考えられない。
「……少し俺の魔力を流してみるよ。どう?」
「どうって……手が熱い………かも」
実際は手どころか顔も熱い。
好きな人に手を握られているのだ。平静を保つなんて土台無理な話。
心臓が破裂しそう。ああ、でも幸せだ。
「王女の手を握るなんて不敬な行為はそこまでにしてもらおうか」
イヴォンがアシルの手を強引に離してその幸せな時間は終わってしまった。
あああああ! イヴォンの馬鹿!!





