第2話声
カランッ
「あら、いらっしゃい、珍しいお客様ね」
ニャー
「そう、でも貴方にはその子を助けるだけの力はないわ」
ゥニャー
「それではこれをあげるから、それを伝えて御覧なさい」
ボクがこの日暮横町3丁目に来たのは、つい2週間前のことだった。ボクの名前はクロ。日暮横町3丁目のお豆腐屋さんの真帆ちゃんがつけてくれた。
「お前、どこから来たの?ふふ、カワイーのネ」
「あら、また来たの?うちは豆腐屋だから、こんなものしかないわよ」
真帆ちゃんはそういって、お店のさつま揚げをくれた。それは久しぶりに食べる魚の味がした。
「いつも来てくれるのね、気に入ってくれたのかな?じゃあ、名前がないと不便ね。んー・・・綺麗な黒い毛をしてるからクロでいいよね」
ニコニコと元気に笑う真帆ちゃん。腹ペコで死にそうになっていたボクを助けてくれた真帆ちゃん。ボクは、日暮横町3丁目のお豆腐屋さんに住み着いた。
その真帆ちゃんから死臭がし始めた。3日くらい前からだったかな・・・。真帆ちゃんの首の後ろに黒い影が漂っていた。ボクはすぐ気がついたけど、真帆ちゃんや他の人間には見えていないようだった。
ニャー
「クロ?どうしたの?危ないよ、どいてー」
いつもどおり、元気に仕事をしている真帆ちゃん。ボクは、真帆ちゃんの死臭が気になった。気になって、散歩中もずっと考えていた。そして気がついた。
真帆ちゃんのことを、いつも見ている怪しい男。なんだこいつは。真帆ちゃんを見て、いつもいつも付けねらっている。ボクはその日から、その男を追いかけた。その男の家は日暮横丁3丁目のはずれにあって、お店とそう離れてはいなかった。真帆ちゃんはこの男のことを知らないようだった。
「ねぇ、クロ、最近どうしてあの人についていくの?なにかくれるの?」
少しだけ心配そうに真帆ちゃんがボクを撫でてくれる。
ニャー
ニャー
ニャー
「ニャーじゃわかんないわ、ふふ」
真帆ちゃんは笑っている。いつも笑っている。
真帆ちゃんがこの男に殺されるって、ボクは知ってる。だけど、そんなことさせない。絶対させない。そう思って歩いているときだった。不思議な匂いにつられて少しだけあいている扉から、お店に入った。
女の人が、ボクに近づいてきた。
「あら、いらっしゃい、珍しいお客様ね」
この人は、普通じゃない。ボクは思った。ボクは精一杯の思いでこの女の人に伝えた。
「そう、でも貴方にはその子を助けるだけの力はないわ」
女の人がそういうとボクはわかっているけど、なんとかしたいと思った。店の中を見回してイロイロと見たけど、やっぱりボクにはわからなかった。どうすればいいのか、わからなかった。
ゥニャー
女の人は、黙って不思議な首輪を持ってきた。
「それではこれをあげるから、それを伝えて御覧なさい」
女の人が首輪を付けてくれた。そしてボクは店を出た。
真帆ちゃんのもとへと走る。夜になり、閉店した豆腐屋の前で一鳴きすると、真帆ちゃんがドアを開けてくれた。中に入って、いつもどおり、真帆ちゃんの部屋へ連れていかれる。
「どこ行ってたの?・・・あら、首輪してる。誰かにつけてもらったの?」
「マホチャン、アブナイヨ」
あれ?
「え・・・」
「マホチャン、アブナイ」
ボクの声?
「く、クロ、なの?」
真帆ちゃんはボクを離した。怖がっているように見える。
ボクは床に下りると真帆ちゃんを見上げた。
「マホチャ・・・アブナイ」
「な、なんで・・・お、おとーさん!!」
「マッテ、マホチャン」
真帆ちゃんは慌てて下におりていってしまった。ボクは、しゅんとしてそのまま動くことができなかった。しばらくすると真帆ちゃんのお父さんとお母さんがあがってきた。後ろに、真帆ちゃんもいる。
「オトーサン、オカーサン・・・マホチャンガ、アブナイヨ」
「ね、ホラ、しゃべってる・・・」
「何言ってるんだ真帆、鳴いてるだけじゃないか」
え?おとーさんとおかーさんには普通に聞こえてる?ボクは首をかしげ、もう一度真帆ちゃんを見た。
「やぁねぇ真帆ったら、きっと夢でも見たのよ」
真帆ちゃんのおとーさんとおかーさんは笑いながら下に下りていってしまった。真帆ちゃんは恐る恐るボクに近づいた。
「さっき、しゃべったよね・・・?」
「マホチャン、アブナイヨ」
真帆ちゃんはさっきより怖がって居ないみたいだった。
「マホチャン、ボク、キライ?」
首をかしげて真帆ちゃんに聞くいたけど、真帆ちゃんからの返事はない。
「マホチャン、ボク、コワイ?」
ビクッとして、真帆ちゃんがこっちを見る。
「・・・クロ、なんだよね?」
ニャーォ
普通に鳴いてみせる。真帆ちゃんは少しだけ安心したのか、ボクの頭を撫でてくれた。そして、ごめんねと呟いた。
「マホチャン、アブナイ。ボク、イツモミテタ。アノオトコ、アブナイ。マホチャン、コロサレル。ボク、イツモミテタ、ボク、シッテル」
真帆ちゃんは青くなった。そして、泣いた。
「何、それ・・・どういう・・・」
「ミッカマエカラ、マホチャン、シンダヒトトオナジニオイ、スル。マホチャン、コロサレル・・・ダカラボク、コエ、モラッタ。マホチャン、タスケル」
真帆ちゃんはまだ震えているようだった。そして、疲れたのか眠ってしまった。
朝、目が覚めると真帆ちゃんは学校に行く用意をした。そして学校へ行った。だけどボクはいつもより死臭が濃くなっていることに気がついて、学校へついて行った。中には入れてくれなかったけど、真帆ちゃんは震えているように見えた。
学校の帰り道、この日の真帆ちゃんは部活とかいうやつで、遅くなった。ボクは思った。今日だ・・・。
真帆ちゃんを守るようにしてボクは近くを歩いた。そして後からついてくる男の影を見ていた。
突然、男が走り出して、すぐに真帆ちゃんに追いついた。ボクは真帆ちゃんと男の間にジャンプして、男の顔を引っかいた。男は小さく呻いたけど、ボクを睨んだまま真帆ちゃんの目の前に立った。
「や、なに・・・クロ・・・」
真帆ちゃんは震えていた。目からはナミダが溢れていた。
「こぉの、クソネコッ!」
フギャアアアアアアアアアア
ボクは、精一杯の力を振り絞って飛び掛る男の首や顔を引っかいた。
「キャアアアアアアアアアアアアア!!!」
真帆ちゃんが叫んだ。男は包丁を持ったまま、痛がって倒れている。真帆ちゃんの声に、近所の人たちが顔を出す。周りに人が集まり、だれかが警察を呼んだらしい。男は逃げようとした。真帆ちゃんは近所の人に支えられている。
警察が来て、男は逮捕された。真帆ちゃんは、無事だ。
「ク、クロ・・・クロ!」
どうしたの?真帆ちゃん、助かったのに、なんで泣いてるの?
ニャー
あれ?しゃべれない・・・あ、そっかさっき首輪、切られちゃったんだ。もう、しゃべれないんだ。
ニャー
「クロッ!」
真帆ちゃんは制服を血だらけにしてボクを抱きしめてくれた。
ああ、気持ちいいなぁ。よかった、真帆ちゃんから死臭が消えてる。
ボク、なんだか眠いや。だから、真帆ちゃん、起きたらまたいっぱい撫でてくれるかなぁ?