65.甘いものはお好きですか?
休みともあって人出が多く感じられる黒前駅。そんな構内を歩いている俺達が向かったのは、駅のコインロッカー。もっぱらここへ遊びに来る時は荷物を預けるのが定番みたいなもので、結構利用する人も多い。
さて、ロッカーに荷物は入れたし、あとは……湯花に任せても良いんだよな?
最高の手作りお弁当を食べて、気分は最高潮な俺。しかし、どういうことか当の湯花の様子がさっきからおかしい。さっきというか、俺がお弁当食べ始めた時からなんだけど……
「よっし、荷物はオッケー。じゃああとは……任せて良いんだよな?」
「うっ、うん。任せて?」
やっぱり、どこかモジモジしているというか…………はっ! そうか、もしかして俺を楽しませる為に必死に考えて来たプランが、果たして上手くいくのかどうか不安なのでは? ったく、まぁそこまで考えてくれるのは嬉しい。けど……
「湯花?」
「えっ? ……はぅ!」
1番癒される湯花の笑顔が見たいんだけど?
少し緊張気味に見えた湯花。そんな彼女の小さな手を、俺は優しく包み込む。いつもより温かい手の温もりが俺にまで伝わってきて、思わずギュッと握り締めた。
「どした?」
「……もぅ」
「とっ、湯花?」
「これじゃあ、どっちが誕生日なのか分かんないじゃん」
どっち……? はっ! 俺ってば出過ぎた真似を! そうだ、湯花がエスコートしてくれるんだもんな? 危ない危ない。その雰囲気ブチ壊すとこだったわ。
「ごめんごめん。じゃあ誕生日お祝いプラン……お願いしても良いかな?」
「ぜっ、絶対ワザとでしょ? ったく海ってば……じゃあ付いて来てね?」
おっ、何とかいつもの湯花に戻ったかな? さすがの切り替えの早さ。
「あっ、湯花?」
「んー?」
「本当にお弁当ありがとうな? めちゃくちゃ美味しかったよ」
「はっ! もぅ……バカバカバカ」
えぇ!? 怒られた?
「せっかく……落ち着いたのに」
落ち着いたって……むしろ良いことなのでは?
「落ち着いた? 一体どうい……」
「はい、じゃあ行くよ? 時間に遅れちゃダメだしね?」
そう口すると、俺の手を引きながら歩き出す湯花。けど、何でだろう……手に感じる体温が、さっきより温かく感じる。けど、少し前を歩く湯花の行動は、それこそいつも見せてくれる姿そのもので……とりあえず一安心した。そして、
「えっと、確か最初は右で……」
片手は手を繋ぎ、片手でスマホを操作してその目的地を必死に探していた湯花に連れられて、到着したのは……
「つっ、着いたよ! 海」
「ここは……ミルク&カスタード?」
シックな外見とは裏腹に看板に書かれたキュートな名前。漂ってくる甘い匂いに、列をなす人達。そんな光景を前に、俺の脳裏をよぎったのは、あのタピオカ専門店に初めて湯花と行ったあの瞬間の出来事。
ここはもしかして……
「出来たばかりのスイーツショップだよ?」
正解したはずなのに、なぜか少し気が重くなる。けど……
「一緒に……行こう?」
さっきまでとは、うって変った湯花の表情を目の当たりにしたら、
「おっ、おう……」
行けない訳がない。行かない訳がない。あぁ、どうか……奇跡的に土曜だけど、店内が女の子で溢れてませんようにっ!
カランカラン
はっ、はっ……! これは……
外見は……普通だった。シックで雰囲気のあるお店だった。だけど、湯花に引かれながら店のドアを開けた瞬間に、俺の目の前に姿を現したのは……可愛いぬいぐるみ、キュートな机に、ポップな椅子。
なんて……女子向けなんだ、タピオカの比じゃない! これは、こんな雰囲気は……結構ツラいぞ!
「いらっしゃいませー2名様でしょうか? ただいま込み合っておりまして、こちらにお名前を……」
「あっ、予約してた宮原です」
「少々お待ちください?」
ん? 予約? 確かに結構並んでる人居たもんなぁ。それも予測済み?
「ん? 海、どしたの?」
「いや、その……」
「それではこちらの方へどうぞー」
「ほら、行こう? ふふっ」
そりゃ行きますけど……あっ! なんで俺の方見ながらニヤニヤしてんだ湯花っ! ……はっ! まさか、この内装の事まで知っていたのか? てか予約までしてる時点でそうに決まってる!
「ほらほらー」
くっ、これはやられた。
店内はあからさまにポップな内装。それこそお菓子の国って言った方が良いのかもしれない。しかも、可愛いぬいぐるみの数々はまさに女子なら誰でも歓喜するでしょうよ。けど……
俺、大丈夫か? ……って! お客、女子しか居ないって訳じゃない!?
並んでた人達の比率も、全員が女子って訳じゃなかった。むしろカップルや家族連れが目立ってた気がする。けど、あのタピオカショックのおかげで、中に入るまでその不安は消えなかったけど……これだけ野郎どもが居れば安心だっ!
「それではこちらのお席にどうぞー」
「はい、ありがとうございます」
よっし、とりあえず座ろう。
「にっしっし」
席に着くや否や、満面の笑みを浮かべる湯花が、俺に向かって話し掛ける。
その笑顔、いつもなら癒されるはずなんだけど、この状況に限れば見方が変わるんですけど? そう、まるで俺を嘲笑うかのような小悪魔的な微笑み! ……絶対知ってたな? くそっ、湯花にお任せプランだったから全然わからなかった!
「湯花……これは一体?」
「にしし、ここは先週オープンしたばっかりのスイーツショップなんだ」
先週オープン? 全然そんな話聞こえてこなかったけど……俺が無知なだけか? けど、この人気っぷりだと相当味も良いんだろうな。よく予約なんて取れたよ。……それに免じて、ポップでキュートな世界観に連れて来てくれたことに関しては許してあげよう。
「なるほどなぁ。てか、結構人気っぽいけどよく予約なんて取れたな?」
「んー、でも狙った時間帯取れなくてさ? お昼食べて1時間くらいしか経ってないけど……ごめんね?」
「なんで謝るんだよ。むしろ……そこまでしてくれて嬉しいよ」
「ホントっ!? 実はさ? 本店は東京にあるらしくて、友達からおススメされたんだ? それに私ケーキまでは作ったことなくてさ……だから今年は結構評判の良い、ここのケーキ食べてもらいたくて」
東京の友達かぁ、前にタピオカのこと言ってた友達か? 都会っ子のお墨付きがあるんなら間違いないだろうな。
「失礼します。ご予約はスイーツバイキングということでしたが、よろしいでしょうか?」
「大丈夫です。それ2人分で」
「かしこまりました」
ん? スイーツバイキング?
「湯花? もしかして……」
「土曜、日曜はスイーツバイキングやってるんだ。海って結構甘い物好きでしょ? デートの時必ず食後にパフェとか食べてたし」
ギクっ。まぁ……結構デートしてたらそのくらいバレるよな? ……俺そんなに甘い物頼んでたっけ?
「そっ、そうだな。結構好き」
「でしょー? だからさ、本当は時間帯をもうちょっと遅くしたかったんだよねぇ」
「大丈夫、甘い物は別腹だから」
「ふふっ、海ってば女の子みたい」
なっ! ……でもまぁいいや。湯花の前では素の自分さらけ出せる。てかむしろ見てもらいたいくらいだからな? それに、
「そうかぁ? 湯花は甘い物どうなんだ? 結構好きそうだけど?」
湯花と2人で過ごす時間が楽しいことに変わりはない。
「ふふふっ、聞くまでもないでしょー?」
そうだな。人のこと言えないくらい、必ず食後に俺と同じでデザート食べてたもんな?
「じゃあ思う存分楽しめるな?」
「うん! じゃあ早速いっちゃおう? スイーツバイキングぅー」
「スタートぉ!」
「スタート!」
こいつは……最高に美味いぞ? 程よい甘さに、とろける舌触りのチーズケーキ! 何個か食べたけど、間違いない! ここは当たりだ!
「んー! 幸せぇ」
何個スイーツ食べたかな? ぶっちゃけ詳しくは覚えてない。けど、ただただ口にしたケーキやスイーツの感想を一緒に言い合う。それだけで十分幸せだった。
「おっ、このチョコレートケーキも美味いぞ!」
「えっ! 本当? 少し貰っていい?」
「良いけど、どうせなら新しい……って!」
「ん? なに?」
新しい方が良いんじゃない? って言おうとした瞬間もはやフォークで連れ去られたんだが? まぁでも、その美味しそうな顔見たら、
「なんでもないよ」
なんでも許せるんだよなぁ。
「ホントに美味しいー! よっし、じゃあ次持って来よう!」
いっ、いつの間に目の前にあったお汁粉とモンブランを平らげたんだ?
「お腹壊すなよ?」
「大丈夫、まだ半分くらいだから!」
おっ、おう……その小さな体のどこに収まってるんだ? マジで宇宙なんじゃないのか?
「よぉし、海も行く?」
「俺はまだ残ってるから、行ってきて良いぞ? 財布とか見とくから」
「ふふっ、ありがとう」
「どういたしまして」
「あっ! そうだ海……マッ、マロングラッセ……食べる?」
ん? マロングラッセ? 栗のやつだよな? そりゃ湯花に取って来てもらえるなら……
「うん。お願いします」
「わっ、分かった」
何だって嬉しいに決まってるじゃん。
それにしても、バスケして、豪華なお弁当食べて、食後? にスイーツバイキングで食べ放題。そしてその隣には湯花。
考えれば考える程、めちゃくちゃ……
最高の誕生日じゃんか。




