64.10月9日
10月9日土曜日、普段であれば部活に勤しむ日であることは間違いないけど……
【海おはよう。そして16歳の誕生日おめでとっ!】
目が覚めてスマホを見た瞬間、嬉しさで自然と顔がほころぶメッセージ。
それを見た途端、一気に高揚感に包まれる。
そして、そんなウキウキ気分で朝食を食べていると、
「あっ、海? 誕生日何が良い? 一応聞いておくけど?」
「母さんはいつものようにケーキと……適当に買っとくね?」
「じゃあ、私は現ナマでも用意しようかねぇ」
朝から癖の強い我が家の女性陣。まぁそれでも誕生日を毎年祝ってくれるのはありがたい。けど、今年に限れば……少し霞んでしまいますけど。
そして、いつものように自転車に乗り、いつもの駐輪場に停めて……駅の中へ足を踏み入れた瞬間、目の前の椅子から飛び上がる影。
「あっ、海! 誕生日……おめでとう」
甘い声に優しい微笑み。そして一般的な高校生なら致命傷間違いなしのその言葉は、俺にとっても例外じゃない。
うっ!
目覚めた瞬間、目に入ったメッセージでさえ嬉しかったのに……行き合った途端の、声・表情・言葉の3コンボは色んな意味で致命傷だ。
「あっ、ありがとう。てか朝のメッセージ見た時から……嬉しかった」
ダメだ。こんなところで倒れてちゃ、今日のデートでどんだけ瀕死状態になるんだよ。
前々から今日は部活が終わったらデートしようって話にはなってた。湯花がめちゃくちゃ張り切ってて、
『欲しい物考えておいてね? 一緒に買いに行こう? たくさん楽しませちゃうんだからっ』
そんなこと言われて、そりゃ楽しみだったけど……
「本当? にっしっし。でも、お楽しみはこれから……でしょ?」
直接言われると……やっぱり色々とヤバイっ!
そんなこんなで、朝からテンション上がり気味な今日の俺は、部活でもいつにも増した鋭さを発揮。パスにドリブル、シュートまで冴え渡る姿に妙な自信すら感じる。
やべぇ、今日はなんかめちゃくちゃ体が動くぞ? しかも相手の動作1つ1つが良く見えてる。これだったら……キャプテンを止められる!
試合形式の練習の中、ここ最近俺がディフェンスについているのが下平キャプテンだ。
もともとキャプテンはディフェンスがめちゃくちゃ上手い。けど、逆に攻める時はフリーの状態でしかシュートは打たなかったから……そこまで脅威じゃなかった。まぁ打たれたらほぼほぼ決められちゃうんだけどね?
ところが、鳳瞭大学への進学、立花先輩と付き合っていると皆の前で口にした翌日から、そのプレースタイルは……
「キャプテン」
「はいよ」
大きく変わっていた。
来た。焦るな、適度な距離感保て? 近付き過ぎたら抜かれる。離し過ぎたらシュート打たれる。細かい動作に集中しろ……あとはパス出しそうになったらカットに行け! 周りに誰か……
チラッ
「よっ」
はっ!?
スパッ
「ナイシュー」
「さんきゅ」
マジ……かよ。一瞬だぞ。ほんの一瞬目だけで動かして近くの様子見ただけだぞ。けど、まるでそれを、俺がその一瞬でも目を離すのを分かったかのような完璧なタイミングでシュート? しかもそこに至るまでが異常に速くて、体が……反応できなかった。
そんな動きを平然とやってのけるキャプテン。その表情にはまだ底の見えない何かを感じる。
いや、キャプテン……点取れるなら前の大会でもガンガン攻めてくださいよ。
なんてつくづく思ったけど、その姿を目の辺りにして、どこか嬉しくなってる自分が居た。
なんで今まで隠してたのかは知らないですけど、今のあなたはこれまで以上に凄い。それこそ、目の前の壁が突然越えられないくらい高くなった心境ですよ。でも、そんな状況を俺は喜んでます。ディフェンスができること、色々な攻めができること、一緒に……プレーできること。
もっともっと俺に教えてください。もっともっと俺を試してください。
その分俺はもっと上手くなれる気がします。いや、なってみせます。
だから、絶対……
「なぁ湯花、いきなり変わったよな? 下平キャプテン」
「ん? あぁ、確かに」
「ディフェンスはさることながら、あの圧倒的なオフェンス力ヤバくね?」
「独特の間って言うのかな? それにあのフェイドアウェイシュート格好良いよねぇ」
ん? 格好良い…………なんだ。ちょっとムッとしたんだけど? いや、ちょっとどころじゃなくて、結構イライラするんですけど?
湯花にそんな気はないんだろうけど、それでも他の人に対して格好良いって言われると……なんか嫌だっ!
「あれ? 海?」
「……ん?」
「海? なんか怒ってる?」
「……怒ってない」
「怒ってるじゃんー、どしたの? ……あっ、もしかして」
「怒ってないって」
「……嫉妬?」
「っ!」
「当たりかな?」
「ちっ、違うって」
「ごめんごめん。けど、嫉妬してくれるなんて……嬉しいな」
うっ、嬉しい!?
「なっ、なんでだよ?」
「だって……そのくらい私のこと想ってくれてるって証拠なんだもん」
「そっ、それは……」
「ふふっ、じゃあ海? そのお詫びにお昼……食べよ?」
あぁもう、なんか体のキレは良い感じなのに……今日は湯花には勝てる気がしないなぁ。
「よいしょっと」
「よいしょって……」
湯花に上手く交わされたような感じのまま、いつものお昼タイムを迎えた訳だけど……その手に持って来たお弁当の大きさで、いつもとは違うってハッキリ分かった。そして目の前に置かれたのは、3段重ねの立派な重箱。それだけでも驚き過ぎて声が出ないっていうのに、その蓋を開けた瞬間……
「すっ、凄ぇ!」
さっきの嫉妬なんて、跡形もなく消え去った。
まてまて、1段目にはちらし寿司!? 色合い鮮やかでめちゃくちゃ美味しそう! そんで2段目は……よっしゃ! 俺の好きな唐揚げじゃん! ん? 全部そうかと思ったら、隣にあるの若干違うな。 えっ? ローストビーフ!? あとは……あっ、人参のマリネ! それに野菜たっぷりの生春巻き。最後に3段目は……湯花特製のはちみつレモンに、パインと苺といったカットフルーツ! まてまて、運動会じゃん? お花見じゃん? そのくらい豪華なんですけど!?
「にっしっし」
「湯花……これ全部……」
「初めて作ったのもあるから美味しいか自信はないけど……作ってみました。うちではさ、誕生日になぜかちらし寿司ってのが定番だからご飯ものはそれにしたんだ。海好き嫌いないし……どうかな?」
どうかなって、むしろ懇切丁寧にお礼をするレベルなんですけど?
「湯花……」
「なっ、なにかな?」
「最高過ぎるよ……」
「ホッ、ホント?」
「凄いよ、誕生日とはいえこんな立派なお弁当初めてだ。いや、むしろお弁当のレベルじゃないよ」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって! けど、まさかローストビーフは……」
「そんなに手間かからなかったよ? 味付けもちょっと薄めにしたから、お好みで胡椒かソースを……」
「これも手作りなのっ!」
「そっ、そうだけど……」
嘘だろ? 作り方は良く知らないけど、ローストビーフだぞ。てか、本当に簡単だとしてもわざわざ俺の為にそれを作ってくれるの?
「なぁ、食べても良い?」
「うんっ! どうぞ?」
「いっ、いただきます」
んっ! 程良い厚さなのにやっ、柔らかい! そしてほんのり感じる脂に少量の胡椒が良いアクセントになってこれは……
「美味しいっ!」
「やったぁ」
何これ? めちゃくちゃ美味い! てかやっぱ料理上手過ぎ! それに……ここまでしてくれて、感謝しか出てこないよ。湯花……
「湯花、本当に美味しい。てか料理凄すぎ! 本当、毎日食べたいよ」
「まっ、毎日……」
「あぁ、湯花は絶対良い奥さんになる。それは俺が保証するよ! それくらい毎日食べたいんだ……そうだ! 湯花、俺の奥さんになってよ。そうしたら手料理毎日食べれるし……」
「えっ! おおおっ、奥さん!?」
「一緒に居られるんだからっ」
本当にありがとう……
「…………」
あれ? 急に黙った? しかも赤くなってない? 俺……思いつく限りの感謝の言葉を言ったつもりなんだけど……?
「……湯花?」
「おーい、湯花?」
「……急に……ズルいよぉ」
ズルい? 俺そんな変なこと言った? でもやっぱり、
湯花は恥ずかしがってる顔も……可愛いなぁ。




