63.下平 聖
あぁ、皆泣いてる。そうだよな県勢初の快挙が目前まで来てたのに……
けど、俺は知ってる。それが叶わなくても、俺達はやれることをやった。死ぬ物狂いでキツイ練習にも耐えた。それは……その事実は……誇れるものだろ? だから……キャプテンの俺が皆を認めないでどうする。
『皆、顔を上げよう。俺達は……自分達のできる全てを出し切ったんだ。胸張ろう』
『お前は……悔しくないのか!』
えっ……
『おっ、お前は涙も出ないのか!?』
違う……
『あと一歩だったんだぞ? それなのに……』
違う違う……俺だって……
『聖……』
『お前は最低なキャプテンだ』
「はっ!」
……こうやって目が覚めるのはいつぶりだろう。
ここ数ヶ月は治まっていたはずなのに……あぁ、わかってる。今日がその時なんだろ?
心配するなって、やれるよ。やれる。
自分自身を……取り戻せる……
――――――――――――
俺がバスケに出会ったのは、幼馴染の明に誘われてミニバスの見学に行った時だった。まぁ保育園から一緒だったし、その時は同じ部活に入れたことが嬉しかったかな?
それに俺達の小学校のミニバス部は、その近辺じゃ結構強かったけど……監督は優しくて、基礎の基礎から丁寧に教えてくれたっけ。そんな感じで、バスケに夢中になるのに時間は掛からなかった。
とにかくドリブルが面白かった。
とにかくパスが気持ち良かった。
シュートが決まるのが嬉しかった。
練習も試合も楽しくて仕方なくて……県大会でもそれなりの成績まで行けたけど、そんなことよりも友達とバスケが出来ることが何より1番だった。
もちろん中学でもバスケを続けたよ? 同じ小学校だったやつらが揃って同じ中学校へ。県内じゃ強豪って呼ばれるところで、練習はめちゃくちゃキツかった。でも、小学校の時の先輩も居たしさ? 声出して励まし合って、部活が終われば皆で買い食いして……それに併せるように上手くなっていく自分も、仲間も……誇らしかった。
そして3年生の時、俺はキャプテンを任されたんだ。全員が賛成してくれて……嬉しかったよ。だから俺もそれに応えようと声出して……毎日、皆の様子や仕草なんかを確認することだけは怠らなかった。
自分で言うのもあれだけど、その年のチームの雰囲気は最高だったよ。その証拠に県大会でも見事優勝して、全中への切符を手にし……勢いそのまま決勝にまで勝ち進んだ。そして決勝戦、俺達の誰もが勝ちを信じて戦った。必死になって戦った。けど……負けた。
ブザーが鳴った瞬間、皆泣いてた。膝から崩れ落ちる奴もいた。俺だって……悔しかった。でも、キャプテンの俺が泣いたら……今まで自分達が耐えてきた練習を、それまで自分達がしてきた努力を、その全てを否定してしまいそうだったんだ。だから必死に堪えて……
『皆、顔を上げよう。俺達は……自分達のできる全てを出し切ったんだ。胸張ろう』
でも、その言葉は……届かなかった。
『下平……お前は最低なキャプテンだ』
その言葉だけが胸に刺さって……
それから色々な高校から声を掛けてもらったけど、どこにも興味は湧かなかった。そんな中、俺は家から近いってだけで黒前高校を選んだんだ。女子は強豪として有名だってのは知ってたし、男子もここ数年で力をつけてきてるってのもわかってた。
そして出会ったんだ。不思木監督と。
監督は出身校がどうとか、そんなの気にしないで……皆を対等に指導してくれた。異様に短い練習時間を聞いた時は不安になったけど、終わってみれば結構体がキツくて……驚いたなぁ。あっ、あと居残り練習禁止とかもね?
けど……練習してる部員は皆どこか楽しそうで、試合になれば……
「下平打てっ!」
「頼む!」
ごく普通にそう言ってくれて、ごく普通に褒めてくれて……こんな自分を必要としてくれることが嬉しかった。けど、あの時のトラウマはそう簡単に消えない。
自分の思うがままに何かを言ったら、この雰囲気が……あの時のように崩れてしまう。それが怖かったんだ。
皆は俺のこと、人の話を聞いてくれて、その人の考えを尊重してくれる理想のキャプテンだよ? なんて言ってくれるけど……そんなの嘘なんだ。本当は自分の意見を言って、あの時のように皆に嫌われるのが嫌で……臆病なだけ。
だから、晴下が3年生と一緒にウィンターカップに出たいって言った時も、とりあえず3年生に話聞いた。そしてその意思がないと分かった瞬間、なにもしないまま……それを晴下に伝えた。
最低なのは分かってる。
いつまで自分を偽っていればいいのかを考えると……苦しい。
でも皆にそれを知られたくない。
そして俺はまたキャプテンを任された。それを皆が望んだから。
今のメンバーは贔屓目に見ても良い選手が揃ったと思う。大河は中学時代のメンタルの弱さを克服してチームの大黒柱に。中学時代県選抜に選ばれた晴下と丹波は2年生になって格段にレベルが上がった。特に晴下は身長も高いし何でもできる……絶対的なエースにまで成長した。
そして……雨宮。
もしかしたら彼の存在が俺を変える引き金になったのかもね?
一目見ただけでわかるバスケが好きって雰囲気は、まるであの頃の俺を見ている様だった。実力だって同学年の中じゃ県内でも上位かもって感じたしね? 良い意味どこでもこなせる。悪い意味突出した部分がない、劣化版の晴下。けど……入部した時点でスタメンだった徹よりも格段に上手かった。
そんな事実を……監督に言える訳ない。ましてや同級生をスタメンから外せなんて言える訳なかった。
春季大会を目の前に、U-18の話が来たけど俺を求めてくれたチームの為に……断った。
でも、結局……そのどちらも自分の口からは言えなかった。
そして春季大会が終わったある日、雨宮と宮原から居残り練習をしても良いかってお願いをされた。最初は2人して遊ぶだけなんじゃないかと思ったけど……とりあえず明にも話してさ? 両キャプテンがOKだから、その旨監督に言ってお願いしてみなよって話したよ。
そんで部活終わったある日、着替えを済ませた後ちょっと体育館に2人の様子見に行ったんだよね? そしたらさ真面目に練習してんの。しかも……
『俺がこの短期間で先輩達の力になれることといったら……スリーポイントしか思いつかない』
『だね。私もそう思う。ドリブルもジャンプシュートも先輩達には遠く及ばない。けど飛び道具なら……』
『『決定的な武器になる』』
必死に自分達の力になろうと頑張って、黙々とシュートを打ち続ける2人。次の日も、その次の日も……休むことなく居残り練習する姿は……純粋に嬉しかった。
つくづく……昔の俺を思い出して仕方なかったよ。
そして、総体前にあれが起こった。
『聖、俺を外して雨宮をスタメンにしてくれ』
その言葉を聞いた瞬間、俺は少しづつ変わっていた……いや、取り戻していたのかもしれない。
今までの俺だったら、その徹の意見をそのまま受け止めてただろう。けど、考える間もなく俺の口から出たのは、
『なんでだ? どうしてそんなこと言うんだ?』
その真意を問う言葉。
『お前もわかってるだろ? 俺よりも雨宮の方が上手い……それだけだ』
『だけど、お前は3年……』
『そんなの関係ないだろ? 上手い奴がスタメンを張るべきなんだ、プレー時間が多く有るべきなんだ。それを1番理解してるのは俺なんだぞ』
『だけど……』
自分でもおかしいと思ったさ。なんで俺は……徹の頼みにウンと言えないんだ? いつものように、徹の意見を尊重できないんだ?
そんなの考えれば簡単な話だよ。……徹が積み重ねた3年間の努力も、一緒に過ごした楽しい時間も知ってたし、なによりも……そうしたくないって俺自身が思ってたから。
でも結局、
『俺は全国へ行きたい。その為に、上手い奴をスタメンにするべきなんだ! 分かってくれ!』
徹の言葉に負けて……大河や監督に相談したよ。でも確かに……その時俺は、あれだけ怖かった自分の意見を……徹に話してたんだ。
まぁそれを自覚したのは、総体の3日目。敬に会った時だったんだけどね。ふっ、相変わらず熱血漢で上から目線だったよなぁ。そしてその脳裏に『お前は……悔しくないのか!』あの時の泣きじゃくる姿が浮かんできたっけ。
『噂だとお前も呼ばれてたらしいが? まさか県の春季大会如きに出てるとはな?』
けどそれもすぐ消えちゃったよ。自分のことはどうでも良い。けど、俺にとって大切なチームがバカにされた気がしたんだ。絶対勝ちたいって心の奥底から思って……だからあの時、翔明実業戦でのラストワンプレーの時、
『……雨宮ですね?』
自分なりの考えが口から自然に飛び出してた。
もちろん居残り練習の成果は普段の練習でも顕著に現れていたし、あの日の雨宮のスリーポイントはノリにノッてたんだ。このメンバーの中で今1番成功率があるのは……雨宮だって自信もあった。
そしてそんな俺の意見を……皆は賛成してくれたんだよ。その瞬間、心の中にあったトラウマが……少しだけ消えたのを覚えてる。
結局シュートは外れて、明には1年生にプレッシャー掛けるなって怒られたけど……俺は後悔なんて1つもなかった。雨宮が外れたなら、俺や晴下がシュートしても入らなかったって自信があったから。でも雨宮には酷いことしたと思ったよ? だから……晴下と宮原連れて教室まで来て……
『先輩とウィンターカップ行きたいんですっ!』
そう言われた時は驚いたし……嬉しかった。だって俺だったらあの場面任された時点で嫌だもん。なんで1年の自分? って。けど、目の前の3人の目は本気で……本気で俺を頼ってくれてる目でさ? 久しぶりに……
あの時、自分の意見を口にして良かった。
そう思えた。
そうなったら、なんか今まで我慢してたのがウソみたいに、ポロポロポロポロやりたいこととか、思ったこと口にするようになっちゃってさ? 良い例が夏合宿だよ。勢いそのまま言ったら、なんか監督もOKしてくれて……めちゃくちゃ楽しくて思い出に残る、良い合宿だったなぁ。
皆が俺を認めてくれて、俺の言うことに賛成してくれて、俺のことを信用してくれている。
その事実だけでも、俺の心には響いて……だからこそ、やっぱり嘘は付けないんだって覚悟を決めたんだ。
だから……だから……
――――――――――――
昇降口から1歩出ると、辺りはもう真っ暗になっていた。そんな中、
「やっと終わった?」
横から聞こえてくるその声は、
「ごめんな明? 待たせちゃって」
いつ聞いても俺を安心させてくれる。
「それで? 監督はなんて?」
「あぁ、色々と言われたよ」
『なぁ下平? そろそろ本気出したらどうだ?』
『本気ですか?』
『去年のお前の方が点数取ってた。けど、3年になってからはシュートの本数自体減ってる。まぁお前のことだから? 時期エースの晴下とかを育てようとして、自分でシュートできる場面でもワザとパス出してんだろ?』
まいったな……そこまで丸わかりなんですか?
『すいません』
『お前は優し過ぎるんだよ。それに自分を抑え過ぎ。大体さ? 俺が何でポイントガードだったお前をスモールフォワードで起用してるかわかるか?』
『……なんとなくですか』
『バカ野郎。お前の得点能力がピカイチだからだよ。そんなの一目見りゃわかるし、中学時代ポイントガードだって聞いて驚いたんだぞ? でも、お前の性格知ったらなるほどってなったけどな?』
……監督、全部お見通しなんですか。俺は、皆にシュートを決めてもらいたくて……だからポイントガードとして皆のアシストに力入れてた。それが自分の役割だと信じて。そして、あの出来事以降……その気持ちはますます膨らんでいた。
『監督には敵わないですね』
『当たり前だ』
『すいません。見た瞬間分かるんですよ。晴下も雨宮も……実力はあるんですよ? けど、なんでそこまで名前が知られてないのかって……』
『お前も流石だよ。そこに気付いてたのか? 入部した時に聞いた2人のポジションもポイントガードだった。そして出身中はそこまで目立った成績じゃない。つまり……』
『飛び抜けて上手いからこそ、自然と試合をコントロールする側に立ってた』
『そうだ。ボールを運べなきゃ試合にならない。パスが来なきゃシュートは打てない。そしておそらくあの2人もお前と一緒で……仲間想いだ』
だからこそ、俺はそんな2人にシュートを打ってもらいたかった。持てる力を出し切って欲しかった。これからの……自分達の代で飛躍できるように成長して欲しかった。
『でも下平? 今はまだお前達が主役だぞ? 主役は主役らしく……最後くらいワガママ言いやがれ』
『かっ、監督……』
「流石は不思木監督だねぇ」
「やっぱ、監督は凄いよ」
「そんで? 本気出してくれるの? 私、3年近くも待ってるんですけど?」
「……そっか」
「長い間……待たせてごめんな?」
「おっ、ということは……」
「最後くらい……ワガママ言っても、皆許してくれるでしょ」
「だね。ふふっ」
明には随分助けてもらった。あの時だって明が居なかったら、バスケを続けられていたかどうかもわからない。
俺達の関係も、それが原因でバスケ部の雰囲気が崩れるのが怖くて……ずっと隠してくれた。
でも、明はそんな俺のワガママを許してくれた。
「けどさぁ? 大学のこと言うのは知ってたけど、私達の関係まで暴露するなんて聞いてなかったんですけど?」
「あははっ、ごめん」
「しかも皆の前で名前呼びとか……恥ずかしかったんだからっ」
「それもごめんよ?」
「全く……でも、久しぶりに本気の聖見せてくれるならチャラにしてあげるよ」
明の前では……15年間、変わらずに本当の俺をさらけ出すことが出来た。気が楽で、癒されて、心地良くて……
「明?」
「な……んっ!」
柔らかい唇は、いつも安心させてくれる。
「もっ、もう! いっつも強引なんだからぁ」
「そうかな?」
「その強引さ、ちゃんと部活でも発揮してよね?」
「分かったって。なぁ明?」
「なーにー?」
ふっ、そんな身構えないでよ。
「今までありがとうな? 支えてくれて。そして……これからも宜しくな?」
「……卑怯だぁ」
「ふふっ」
「笑うなぁ! ふんっ」
今までの分、明の望むことは何でもするから。
「なぁなぁ」
「もう! 今度はな……んっ!!」
明……
「はぁぁ……だだっ、だから不意打ちは……」
「好きだよ?」
「……バッ……バカぁ。私の方が好き……だもん」
絶対一緒に行こうな?
ウィンターカップ。




