61.手作り弁当は万能薬
「ふぅ」
いつもと変わらない朝、そしていつもと変わらない列車の座席。なのになんだろう、一昨日・昨日と楽しくて幸せで文化祭の疲れなんてなかったはずなのに……なぜか体、特に腕がダルいんですけど?
「おはよう! 海!」
「あぁ、おはよう湯花」
「ん? なんか疲れてない? はっ! もしかして打ち上げパーティーの準備とか後片付けで無理させちゃった!?」
「いやいや、それはありえないよ。てか、そんなヤワじゃないって」
やべっ、顔にまで出てたか!?
「ホント?」
「本当だよ。打ち上げパーティーは楽しかったし、準備も片付けも湯花と一緒で嬉しかったし、あのあとアレもちゃんと買って、準備……」
「アッ、アレ……?」
ん? どうした?
隣に座った湯花の顔を見ると、少し俯いてて若干顔も赤く見える。
風邪? それとも俺変なこと言ったか?
「そうそう、アレもちゃんと買って……はっ!」
しまった! ここ数日湯花と2人きりだった時間が長かったから、そのテンションで話してたぁ! こっ、ここは列車の中! 公共交通機関! アレって言って気付くのは湯花くらいだと思うけど、それでも……
「うぅぅ……」
そうなりますよね!? 俺も今更顔熱くなってきたもん!
「ごっ、ごめん! とにかく打ち上げパーティーは楽しかったよ! 問題はその後でさ?」
「そっ、その……後?」
「叶ちゃんのお兄さんかぁ」
「そうそう」
「テレビとかで見たことはあるけど、実際に会ったことないから……どんな人なのかはわからないけど」
そりゃそうだな。小学校も違うし、俺達が中1の時には望さん遠く離れた皇仙学院に行ってたし。
「まぁ元から優しい人だったからね? けど、さすがに家の前で遭遇した時は焦った」
「でも……謝ってくれたんだよね?」
「しかも土下座でさ? 驚きっぱなし。まぁ問題はその後だったんだけどさ」
「その後?」
――――――――――――
『かーいー?』
『ん? おかえりねえ……』
『あんたノゾ帰って来たの知ってたでしょ!?』
……はっ! アレ買えたことで満足しちゃって、望さんのこと忘れてた! しかもその口ぶり……まさか遭遇したのかっ!
『いや、その……』
『あんたから場所聞いたって言ってたけど? ったく、あいつもあいつだし、海も海だよっ!』
『いやいや、だってその辺ブラブラするって言ってたから、まさか姉ちゃんと会えるなんて想像もしてなかったし』
『はぁ……普通に大学の構内居たんだよ? まぁ久しぶりだったし希乃と一緒だったから挨拶して、折角だから大学の中案内してあげるってことになったまでは……良かったのよ』
ヤバイ……なんだろう? 嫌な予感しかしない。
『けど、浅はかだったぁ! 案内してるうちに、なんか妙に周りがザワザワしてさ、気が付いたら人だかりだよっ! 何? ノゾが凄いってのは何となく知ってたけど、そんな人だかり出来るくらいなの?』
『この辺りじゃかなりの知名度かと……』
ははっ、姉ちゃんバスケ以外のスポーツは疎いからなぁ。全国大会で結構な活躍してたのは知ってたみたいだけど……サッカーもたまにフル代表の試合横目で見るくらいだしなぁ。
『もう、希乃にも迷惑掛けたし、構内混乱させた容疑で学部長に呼び出しくらうわ……もう最悪っ!』
『でっ、でも晩ご飯要らないって連絡よこしたってことは、望さんと食べたんじゃ……』
『当たり前でしょ? 希乃バイト休みだったし、焼き肉食べに行ったよ? もちろん全部ノゾのおごりでね?』
『ぜっ、全部!?』
『当然ー! 高い奴から順番に注文してやったよっ』
うわぁ……やることちゃんとやってる! しかも望さん……おそらく姉ちゃんと2人で行きたかったんだろうなぁ。まぁ希乃さんもって言われたら断れないのも事実だろうし。
『じゃっ、じゃあ良かったんじゃ……』
『海? 知らせなかったことは重罪だよぉ? それと私は大学の件で大いに疲れた。その責任は重いよぉ?』
『なっ、何が条件だ』
『ふっふっふ』
――――――――――――
「ってことで、それから約1時間ずっと肩揉みに、背中から腰までのマッサージを休みなしでやらされたんだ」
「ふふっ、棗さんらしいね」
わっ、笑いごとじゃないぞ? めっちゃ指疲れたんだぞ? 腕疲れたんだぞ? ジワジワ筋肉痛なんだぞ?
「おかげで地味に疲れてるんだよぉ」
「そっかぁ、じゃあ……私マッサージしてあげよっか?」
はっ! マッ……マジか?
「マジ?」
「本当だよ? 海が良いなら……ね?」
湯花のマッサージ……なんてご褒美だ!? じゃあ早速……って、いかんいかん! ここ列車の中だっつうの!
「じゃあさ、今度お願いしても良いか? その……2人きりの時とか」
「うん。お任せあれ」
ふっ、なんかちょっと体力回復したよ。
「あっ、海?」
「ん?」
「えっと……はいっ、これ」
「これは……」
「お弁当だよ? 今日はちょっと……気合入っちゃったかなっ」
「マジか!? ……ありがとう?」
「ふふっ、どういたしましてっ」
……うん。体力全回復だっ!
「はーい集合!」
「じゃあみんな、今月末からついにウィンターカップ予選が始まる。知っての通り、インターハイ予選でベスト16以上だった高校が名を連ね、初戦から油断はできない」
ウィンターカップ予選……
「男子は翔明実業、女子は実力が拮抗してる黒前を含んだ4強の何処が行ってもおかしくない。特に男子、そろそろ王者の牙城崩しちゃっても良いんじゃないかな?」
王者翔明実業の牙城……それを崩さない限り、ウィンターカップへは行けない。
「あと1ヶ月弱、とにかく怪我には気をつけよう。そして戦術の基礎から応用まで、練度を上げて……男女でウィンターカップ……行こう!」
「「はいっ!」」
泣いても笑っても、これがキャプテン達と一緒に出られる最後のチャンス。春の屈辱、総体での悔しさと後悔を忘れたことはない。だからやるしかない! だろ? 湯花?
一緒に……ウィンターカップ行こうっ!




