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60.皆木 望

 



「元気してた? 海君?」


 普通の言葉を普通に話しているはずなのに、それはどこか透き通っていて、その立ち振舞は妙に輝いて見える。

 身長は辛うじて勝っているものの、その顔面偏差値は天と地程の差。しかも、どこかのアイドルグループに居てもおかしくないくらい爽やかな顔のくせに、そのサッカーセンスは抜群だ。


 森白中から名門皇仙学院へ進み、3年連続全国高校サッカー選手権大会出場。1年生からスタメンとして出場し準優勝。そして2年時には優勝。更にキャプテンとして挑んだ3年生時にも見事優勝し2連覇達成。

 そしてプロ入りが注目されるも、選んだのは大学進学。理由は定かじゃないけど、それでも大学サッカーの王者である鳳瞭大学へと進んだ……まさにエリート!

 ……のはずなんだけど、なんでそんな有名人が平日のこんな時間にここに居るんだ!?


 とっ、とりあえず自転車から降りてっと……


「よっと、あの望さん? 一体なんで……」


 それは一瞬だった。自転車から降り、スタンドを立てて望さんの方を向いた瞬間、


「とぅ!」


 えっ……飛んだ? えっ、えっ!?


 めちゃくちゃ高く飛んだと思うと、空中で姿勢を巧みに変えて、


 ズザー


 地面に這いつくばるような姿のまま……道路の上を滑るように俺に近付いてきた。

 なっ、なっ、何だ? 何だ? これはもしや……ジャンピング土下座!? けどなんで望さんが?


「望……さん?」

「すぅー、妹が大変申し訳ないことをした!」


 えっ?

 それなりに大きな声で、いきなり謝罪を口にする望さん。そしてそのおでこは、地面へと引き寄せられていく。


「えっ……」


 そしてそれがぴったりとくっついた瞬間、


「大変申し訳ないことをした。たまたま部活が休みになって、連休になったもんだから、季節外れの帰郷をしようと考えて昨日の夜帰ってきた。久しぶりに家族と会ったけど皆変わってなくて、安心して色々話をした。もちろん叶とも! それで俺は見事地雷を踏んだ。海君とのことを聞いたんだ。そしたらみるみる顔色が変わって、全部聞いた。別れた理由、その原因が叶にあるということも全部全部! 聞いた瞬間は驚いたさ、ショックだったさ、自分の妹ながら恥ずかしかった。けど、淡々と話す叶の目はなんというか……本気で後悔し、その業を背負っている気がした。それに本人同士がスッキリケリを付けたことに、俺なんかが出しゃばるのは場違いだって重々承知。けどそれじゃあ俺の気が済まない。昔からよく知ってる海君のこと、棗の弟であるなら尚更! けどそんな謝罪、海君が遠慮するのは目に見えている。だからこの通り、不意打ちで謝罪することを許して欲しい。そして本当に申し訳ない!!」


 めっ、めっちゃ早口! 良く噛まないで言えましたね!?


「どうか、どうか、どうか」


 ひっ、ひぃ! 地面にヘディングしてるんですけどぉ? 怖い怖い怖い!


「のっ、望さん! 近所の人たちの目も有りますし、しかも頭怪我しますから止めて下さいって!」


 傍から見たら俺が悪者だよっ!


「……そうか」


 えぇ! 切り替え早っ! もはや立ってるし!


「あっ、あの……おでこの方大丈……はっ! 血どころか傷1つ付いてない!?」

「ん? あぁ、ヘディングのしすぎかな? はっはっは」


 絶対違うと思います。それにしても、望さんがここに来た理由はそういうことか……


「あっ、話を戻すけど……多分面と向かってだと謝罪を受け取ってもらえないと思ってな」


 確かに……姉ちゃんの同級生で、昔よく遊んで貰ったから……妹のせいで頭は下げて欲しくはない。


「俺の我儘に付き合ってくれてありがとう。どうしても謝らなきゃって思ったからさ。こういう形を取らせてもらったよ」

「望さん」

「俺の言葉は届いたかな」


 届いたも何も、さっきの光景が記憶に残って、頭から離れなくなる可能性もありますけどねっ!


「届きましたからっ! 十分届きましたからっ!」

「うん、良かった。ふぅ、じゃあ1つ目的は完了」


 1つ?


「それより海君?」

「はい?」

「棗は……大学?」


 ……はい? ……棗。……姉ちゃん? 

 そうだった。そうでしたね? 望さんは昔から姉ちゃんのことが好きなんだっけ。本人は口には出してないけど、行動でバレバレだし……しかも姉ちゃんは姉ちゃんで望さんとは昔からの友達感覚で、ナチュラルにそういう行動とか雰囲気かわしてたんだよなぁ。

 ……って! やっぱ本命はそっちなんですか!?


「帰ってくること連絡してないんですか?」

「そんなことしたらサプライズにならないだろ?」


 サプライズって、むしろ遭遇出来なきゃ意味ないでしょ!?


「いや、そうですけど……講義とかサークルとかバイトなんかもあるんですよ?」

「なるほど……逆に考えると、それで出会えたら奇跡だよね? 運命だよね?」

「はっ……はぁ」


 ヤバい! ヤバい! そういえばこの人、姉ちゃんのことになると結構ズレた思考回路になるんだよな。その意気込み姉ちゃんの前で出して欲しいもんだけどね?


「よっし、そうと決まればその辺ブラブラしてよう。時間取らせて悪かったね海君。顔を見れて嬉しかった」


 ブラブラ……ってマジで姉ちゃんと偶然遭遇した演出でもする気なんですかっ! 

 あのね、あなたこの辺での知名度かなり有るんですよ? 有名人なんですよ? 年代別の代表にも選ばれてるんですよ? サッカーやってる時とのギャップが激し過ぎて、もしファンの人達が目撃した時の影響力とか考えてます?


「そっ、そうですか」

「それになんだか幸せそうな目をしてて……ホント身勝手だけどさ? ……安心した」


 幸せそうな……? 確かに今の俺には湯花が居てくれる。それ……分かるんですか?


「おっ、俺も久しぶりに望さんに会えて……嬉しかったです」

「はっ……! そっか、昔から海君は優しいもんな。ありがとう」


 そんな言葉を口にした望さんは……笑っていた。けど、その表情は何かから解放されたような……そんな風にも見える。


「じゃあ俺は行くよ。じゃあな義弟(おとうと)よ」

「お気をつけて」


 そう言って体を反転させ、背中を向ける望さん。その行動1つが妙に格好良く見えるのは、望さん本来の姿で間違いない。


 ……ん? 今義弟(おとうと)って言った? 言いましたよねっ! なに勝手に姉ちゃんとの結婚前提に話してるんですか! ナチュラル過ぎてツッコむことすら忘れてましたよっ!


「あっ、そうだ」


 ん? 今度はなんですか? 顔だけ振り返って……


「1つ確認なんだけど……」

「はい?」



「……田川……だっけ?」



 ……っ! どうしたんだ? 望さんの顔はさっきと変わらない優しい表情なのに……なんだこの圧力? 威圧感? あの名前を口にした瞬間、全身からビリビリ伝わってくる!


「彼……皇仙学院のサッカー部なんだって?」


 背筋が凍りそうだ、一瞬で鳥肌が立って止まらない! こんな望さんの姿……見たことないっ!


「そう……です……」

「そかそか。森白……皇仙……サッカー…………た……が……わ……うん。ありがとうね?」


 はっ! 消えた? 空気感や雰囲気が一瞬で!? けど分かるぞ。さっきの望さんの雰囲気、普段優しくて温厚な人ほどブチ切れた時恐ろしいってことを……垣間見た気がする。でも……


「あっ、そうだ義弟(おとうと)よ」

「はっ、はい?」

「黒前大学ってどの辺だっけ? テヘペロッ」



 そんな落差のあるギャップには、なかなか対応できないんですけどっ!!







 ――――――――――――――――――――――――――――――






 とりあえず、海君に謝罪は受け取ってもらえた。本人達でハッキリさせたことに兄である俺が介入するなんて余計なお世話かもしれない。けど、今回の件に関しては、どうしても俺の口から謝罪がしたかった。


 2人の関係は知っていた。だからこそ話を聞いた時は顔が引きつったよ。そしてあの覚悟を決めた叶の目は……今までに見たことのないくらい寂しくて、そして強かった。

 母さん達もその話はもちろん知っていたらしくて、いの一番で棗のお母さんに電話で謝罪したらしい。

 普通なら高校生の恋愛事情に親が出張るなんて有り得ないけど、昔からの知り合いって事もあって……連絡しない訳にはいかなかったんだろうな。


 けど、それを当人達は知らない。俺もそこまで詳しい内容は知らないけどさ? 海君が俺を見た時、前と変わらない表情で……会えて嬉しいと言ってくれたことがその答えなんだと思う。


 だからこの件に関して俺が口に出すことはもうない。謝罪なんて俺の気持ちが晴れるだけの行動であって、海君にとっては思い出したくないことを抉られるだけの行為なんだ。

 だから1度でも謝罪を受け入れてくれた彼には感謝しかない。


 そして、あの幸せそうな目。詳しい状況は知らないけど、確かに今の彼は充実した生活を送っている。それが分かっただけで……少しホッとした。


 あとは……あいつだけか。

 何軍だ? そこまで上手いのか?


 もちろん叶はバカで、どうしようもなく最悪なことをした。でも……お前も同じくらい悪いよ?

 ハッキリ言って妹贔屓かもしれないけど……



 仕方……ないよね?



 っと、暗い気持ちはリセット。今日はもう1つ目的があったんだ。



 棗の居る黒前大学……行っちゃおっ!




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