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57.旅館の娘だから出来ること

 



 肌寒さを感じる真夜中。立ち込める湯気の奥に見えるのは……バスタオル1枚で堂々と立っている湯花。

 これは夢だろうか? いや、目はバッチリ醒めているしそれは有り得ない。じゃあ幻覚か? 幻覚にしては妙にはっきり見えるし、あの声を聞き間違える訳がない。どちらにしろ、おそらく目の前の湯花は本物なんだと思う。だとしたら、とりあえずこう言っておこう、


「きっ、来ちゃったってどういうことだよっ!」

「えっ? ダメだった!?」


 そう言いつつ露天風呂に足を入れると、こちらに近付いてくる湯花。


「ダッ、ダメじゃない! いや、むしろ嬉しいし、むしろウェルカム……って、そういうことじゃないんだよ!」

「ん? じゃあ……どういうこと?」


 いやいや普通に来てますね。あのね、俺が心配してるのは来ちゃダメとかじゃなくて、


「いやいや。だっ、誰か来たらどうすんだよ! 男湯に女だぞ? お客さんでも来てみろ……」

「あぁ、それなら大丈夫だよ」


「へっ?」

「お兄ちゃんに協力してもらって、殿方の湯の前に清掃中のパネル置いてもらったんだ」

「清掃中……」


 清掃中のパネル……ということは余程モラルが無い奴じゃない限り、誰も来ない?


「うん。だからこの時間帯は……私と海だけの貸し切り状態なんだよ」

「マジか……」


 そうだ忘れてた。湯花ってここの娘なんだもんな。つまり……普通じゃ考えられないことでも、可能にできるのか!


「へへっ、旅館の娘だからできることだよ。本当はダメなんだけど……」


 いやそりゃダメだろ。掃除もしてないのにパネル出しちゃって。


「海と一緒にお風呂入れるなら、1回くらい良いかなって」

「そっ、そういうことか」

「そういうこと。しかも海、何それ? タオル頭の上乗せちゃって、ふふっ」


 俺の横まで来た湯花は、そう言って微笑むと……ゆっくりと腰をおろして温泉に浸かる。正直、バスタオル1枚とはいえ、濡れた瞬間に露わになるボディーラインが気になって、


 うおっ、体のライン丸わかりじゃねぇか!

 この至近距離だと、目のやり場に困ってしまう。


 ヤバいな……一緒に風呂に入ってるだけでもすげぇドキドキすんのに、この至近距離だぞ。肩は丸見えだし、しかも何気にやっぱり胸でかい……はっ!

 無色透明な温泉だからこそ、ここからでもうっすらと見えるバスタオル。しかし、その事実を理解した俺の頭によぎったのは、重大な事実。


 待て待て、俺って今タオル頭の上に乗せてるよな? ということは下半身がドフリーなんですけど? 俺が温泉の中のバスタオルを目視できるってことは、その逆も然り。湯花が俺の下半身を見たら、そこには……


 マズい。ただでさえ通常とは違う状態になりつつあるそれを、目に触れさせる訳にはいかない。それだけは阻止せねば! 

 だとしたら、どうする? まずは気を逸らして違うとこでも見てもらうのが1番なんだけど……意外と普通に言っても良いんじゃないか? うん。付き合ってるし、恋人同士だし。


「湯花?」

「ん?」


「ちょっとあっち向いてくれないか」

「どして?」


「あのさ、俺今裸なんだ」

「知ってるよ?」


「いやその、そういうことじゃなくてだな? 裸で、タオルどこにある?」

「頭の上?」


「そっ、そうだ。頭の上なんだよ。つまり言いたいこと分かるよな。あともう1つ、この状況で俺の下は見るなよ」

「言いたいこと? タオルが頭の上で海は裸。下を見るな……はっ!」


 その瞬間何かを悟ったような湯花は、両手で顔を抑えて、勢いよく顔を背けた。その姿を好機と見た俺は、すかさず頭の上のタオルを下半身に巻くように手早く装着すると、


「ははっ、ごめんごめん。もう大丈夫だよ?」


 ほっと肩を撫で下ろして、湯花に声を掛ける。


「だっ、大丈夫?」


 そう言いつつゆっくりこちらに視線を向ける湯花。その恥ずかしそうな顔は、やっぱりいつ見ても可愛い。


「大丈夫。悪いな、なんか察してもらって」

「うぅん、全然だよ。でも海?」


「ん?」

「いずれは……ねっ」


 なっ、なっ! なにを……

 突然の意味深なカウンターに、少々テンパってしまった俺だけど、何とか自我を取り戻して、


「おっ、俺だけだったら恥ずかしいだろ。お互いそう言う風にならないと……」


 なんてめちゃくちゃ臭いセリフしか口に出来なかった。


「へへっ、そうだね。私だけ着けてるのはフェアじゃないもんね?」

「いやっ、まぁ……」


 それはそうだけど、バスタオル1枚ってのも相当だと思うぞ。


「やっぱり水着着てこなきゃ良かったぁ」

「水着?」


 水着……? はっ、ははは、そりゃそうだよな? もしもの時を考えたらそれくらい準備するのも当然だ。


「うん。どうしても一緒にお風呂入りたくて、パネルは置いたけど……もしもの時、海に迷惑掛かっちゃうと思って保険としてね」

「そっ、そうだよな。それ聞いて安心したわ」


 なんだろう。ちょっとガッカリした自分が居るよ……いやいやでも一緒に露天風呂に入れるだけでも有り得ないからな? もっとこの状況に感謝するべきだろう。うん、ほぼほぼ有り得ないんだから!


 そんな俺の言葉を聞いた湯花は、また笑顔を見せると……ゆっくりと夜景を眺める。そんな姿を横目に、俺も隣に湯花が居るという状況を楽しみつつ、一緒に夜景に目を向けた。


「そいえば、海はなんでこの時間にお風呂?」

「あぁ、奴らのイビキと寝言がひどくてな。寝れたもんじゃないんだよ」

「そうなの? なんか面白いなぁ」


 おっ、面白いか? ……あっ、それにしても湯花はなんで俺が風呂入ってるの知ってたんだろう。


「面白いかぁ? それで、湯花はなんで俺が風呂入りに来たって知ってたんだ」

「それはね? 完全に偶然だったんだけど……私、皆とのお泊りが楽し過ぎたのか、なかなか寝れなくて。部屋に行って本でも持ってこようかと思ったの。だから自分の部屋行って戻ろうとした時に……」


「俺を見たって訳か」

「そうそう、それでパッと思い付いたんだよねぇ」


 なるほど……でもよくそんな瞬時に思い付いたな。けど、結果的にナイスっ!


「にしてもパネル勝手に置いて大丈夫なのか?」

「その点は大丈夫! お兄ちゃん起きてたから、了承済みっ」

「そっ、そうか。じゃあ安心だな」


 ……透也さん、なんか申し訳ないな。なんか結構巻き込んでる気がするよ。


「それにしても、気持ち良いねぇ?」

「あぁ。ここの露天風呂は気持ち良いけど、今は湯花が隣に居るからもっと最高だ」

「えっ?」


 あっ、やべ? めちゃクサいセリフだったか? 変な顔してないよな? そーっと……うっ! やっぱ俺の方に顔を向けてる! けど、笑ってる?


「えっと、本当のことだから」

「海にそんなこと言われるたびに、どんどん私も嬉しくなっちゃう」


 くっ! 夜、月明かりの下、露天風呂、バスタオル1枚、しかもその照れ顔……最高過ぎて、更に下半身に異常発生しそうなんですけど?


「そっ、そうか」

「ねぇ海?」


「ん?」

「私達、恋人同士に……なったんだよね?」

「……そうだよ。俺達は……付き合ってる。恋人同士だ」


 こっ、恋人同士って……口にするのもこんなに恥ずかしいのか!?


「だよね。あのね海?」

「なっ、なんだ」

「私ね、本当に海のこと好きなの。好きで好きで仕方ないんだ……だから……」


 うっ! 怒涛のラッシュだと! どどどどっ、どうしたんだ? 湯花?


「だから……?」

「海の色んなこと……聞きたいの。知りたいの」

「俺のこと?」


 俺のこと? そんなの湯花なら十分しってるじゃん?


「うん。海のこと……うぅん、違うかもしんない。その……」


 なんだ? 違う? 一体どういう意味なんだ?


「どした? 湯花、お前になら何でも話すけど……」

「……本当? あのね? 嫌な気持ちになったらごめん。でも私……どうしても知りたくて多分嫉妬もしてる」


 嫉妬?


「なんだ?」

「知りたいの……その…………叶ちゃんとはどこまでしてたのとか、どんなことしてたのかっ!」


 そう言って俺の方へ体を向ける湯花。その顔はどこか恥ずかしそうで、どこか不安そうで……勇気を振り絞って口にしたんだってのが一目でわかる。


 叶と……? そっか、そういうことか。自分では気になって仕方なかったけど、折角吹っ切れた俺に思い出させたくなかったって感じか。そりゃ……気になるよな。てか気にするくらい、それに嫉妬するくらい俺のこと思ってくれてるってことなんだよな。


 バカだなぁ、そんなの湯花に想い告げた瞬間に綺麗さっぱり無くなったよ。

 そしてごめんな? そんなこと言い出せずにいた湯花を察してあげられなくて。

 俺はもう大丈夫だから、だから……


「いいよ? 俺は大丈夫だから、湯花の聞きたいこと全部教えるよ」


 湯花が望むなら、何でも言うよ。


「ほっ、本当!?」

「本当だって、どうぞ?」


「うぅ、なんかそう言われると一気に恥ずかしく……」

「なんで湯花が恥ずかしいんだよ。嘘偽りなく話すからさ」


「ふぅ、じゃあさ……叶ちゃんとはキスしたんだよね?」

「したよ?」

「その……でぃ、でぃーぷきすは?」


 ディープキスか。ちょっと触れるくらいのはしたこと……あったな。今思えば本当にちょっとけど、あの当時はヤバかった記憶がある。


「軽く触れる合う程度なら……ある」

「そっか……」


 うっ、そんなしょんぼりしないでくれよぉ。


「けど……」

「っ?」


「あんなに激しいのは湯花が初めてだぞ?」

「はっ、激し……本当?」


「嘘は言わないって」

「……嬉しい」


 反応がいちいち可愛いな。


「じゃっ、じゃあさ!?」

「ん?」

「その……その……」


 そのあからさまなモジモジ、今度はなんだ? 


「ちゃんと答えてやるから、恥ずかしがるなって」

「だだっ、だって! ふぅふぅ……よし! あのね? その……叶ちゃんとはしたことあるの? その……」


「その?」

「だから、キスとか抱き締め合うとかの最上位版というか、その……ええエエッ…………うぅ、ダメだぁ」


 めっちゃ顔隠してんですけど? なんだ? キスとか抱き締めるとかの最上位? しかもえっ? 

 なんだ……なん……はっ! まさか、キスとかを越えた更なる()()のこと……か。よっ、夜の格闘技とかレスリングとかの異名を持つ行為のことか!? いや、この湯花の恥ずかしがりよう……有り得るぞ。


「湯花? もしかしてキスとかよりもっと情熱的に愛し合う行為のことか?」

「はっ! そそそっ、そう! それだよ! その……経験あるのかな……って」


 経験かぁ。さっき暴露した、ちょっとだけ触れ合ったキスをした時にそうなりかけたけど……お互い恥ずかしくなって、結局何にもなかったよ。それに今思えばアレの準備も何もしてなかったしな。つまり……


「ないよ」

「えっ!? そうなの?」


「なんでそんなに驚いてんだよ」

「いっ、いやだって……お付き合い長かったからとっくの昔に……」

「まぁタイミングとかも……な? それに今思えばそういう運命だったんだと思うよ」


「えっ?」

「俺の隣に居るのは湯花だろ。それにさ、今はその運命に感謝しかない」

「かっ、感謝って……」


 決まってるだろ? 俺の初体験、湯花に捧げられるってのが嬉しいんだよ。けど……口に出すのは恥ずかしいっ!


「俺に言わせるのか?」

「……うぅん、なんとなくわかった。多分私も同じこと……思ってるもん」


「本当か? 嬉しいよ」

「ふふっ、あっ、海? 私キス下手じゃない? 今までそんな経験1回も無くて、完全に自己流に身を任せてたんだけど……」


 そっか、誰とも付き合っことないって言ってたもんな。ってことは湯花のファーストキス貰ったのかぁ。なんか妙に満足感が湧いて来るな。

 それに、よくよく考えると……


「めちゃくちゃ上手いよ? てか、そもそもさ、湯花とキスできるだけで俺は満足なんだよ」

「それは、海のほほっ、本音?」


「嘘はつかないって言っただろ? 本音だよ」

「……どうしよう、本当に嬉しくて仕方ない。私も海とキスしてるだけで幸せな気持ちで包まれちゃう」


 ったく、悲しい顔から照れ顔、それにその笑顔……そのコンボはズルい。


「湯花?」

「海……んっ」


 その唇は、いつも以上に温かく感じて……


「へへっ」

「ふっ」


 改めて、湯花が隣に居ることが幸せに感じる。


「あっ、海?」

「ん?」


「山形君達のイビキとかうるさくて寝れないって言ってたよね?」

「あぁ、治まってれば良いんだけど……」


「えっと、あのね?」

「なんだ?」

「もし海が良かったら……」


 ん? 良かったら?


「私の部屋で一緒に……寝たい……な?」


 ねっ、寝たい? 私の部屋って湯花の部屋のこと? うん。そうだろうね? んで寝る……一緒に? 一緒……一緒……一緒にっ!? 


 待て待て聞き違いじゃないよな。違うよな?


「えっ、湯花。俺聞き間違えてないよな? 一緒に……湯花の部屋で?」

「はぅぅ……ダメ……かな?」


 昼寝とは違うぞ? 夜だぞ? 一夜を共に……マジかマジかマジかマジかマジかっ!

 そっ、そんなの……



 ダメな訳ないじゃないかっ!!!




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