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56.イツメンはどこへ行ってもイツメン

 



 辺りが夕焼けに照らされた頃、宮原旅館の前に停車する1台のハイエース。運転手の通称源さんにドアを開けてもらい、外へと出た皆が口々に漏らすのは似たような言葉。


「でけぇ」

「マジか」

「すっ、凄い」


「間近で見ると大きい」

「旅館ってよりホテルっぽくない?」

「何回見ても壮観だね」


 まぁ当然といえば当然の反応かもしれない。その存在は知っていても、近くに住む人ほど足を運ぶ機会が無いのは良くある話だ。しかもこの見た目はまさに高級旅館と言っても良い。

 だが、俺は知っている。子ども(小学生まで)無料、中学生以上100円という赤字まっしぐらな価格で、ここ宮原旅館の温泉に入れることをな。

 ……そういえば多田さんなんか来たことあるような感じだったけど?


「何回見てもって、雅ちゃん来たことあるの?」

「まぁね。私は何度か温泉入りに来てるよ」

「そうなの!? 全然気付かなかったよー」

「まぁ高校入ってからはご無沙汰だったしね。それにしても中学生以上100円って安すぎない?」


「100円? 安くね?」

「嘘だろ」


「ほっ、本当なの? 湯花ちゃん」

「安すぎだよぉ」

「んー? 本当だよ。小学生までは無料なんだ」


「それって結構ヤバくないか」

「俺毎日入りに来ちゃおっかな」

「白波……帰る途中で汗まみれになって終了だよ」

「はっ! そんなぁ」


 ふっ、なんか皆想像通りのリアクションしてくれて面白いな。けど、打ち上げパーティーはまだ始まってもないんだぞ。とりあえず中に入らないか?


「まぁまぁ、とりあえず中に入ろうぜ? 湯花、任せるぞ」

「了解ー、じゃあ皆付いて来て」


 そう言うと湯花は、興奮冷めやらぬイツメン達を誘導するかのように、玄関へと歩みを進める。そして、


 ガラガラ


「ただいまー」


 硝子戸から一歩旅館へと足を踏み入れた先で待っていたのは……着物を着た3人の女性達。

 うおっ。玄関に勢揃いしてどうしたんだ。湯花のお婆ちゃんである大女将、それに女将の巴さん。そしてあの人は……あっ! バイトしてる桃野さんだ! そんな綺麗どころが揃いも揃って……まさかお出迎え?


「ん? えーと……右から宮原さんのお姉さん?」


 山形、桃野さん若干笑ってるぞ。


「そして次に……またもや宮原さんのお姉さん?」


 確かに巴さんの顔は老けなんて微塵も感じさせないけど……はっ! 巴さん、なんか内心喜んでません?


「最後の方が……お母さんですかね?」


 山形、残念。全問不正解だ。


「ふふふっ、ようこそいらっしゃいました。大女将の(かえで)と申します」

「おっ、大女将?」

「えぇ、湯花の祖母です」


「「……えぇっ!?」」


 凄ぇ、見事なハモリ方だ。けど、驚くのも無理はないか。正直湯花のお婆ちゃんも年齢よりかなり若々しく見える。

 あれ? 巴さんと血繋がってないよね? お嫁に来たんだよね? なんか横に並ぶとより一層似ているような……


「皆元気良いわねぇ。初めまして、母の巴です。巴って呼んで下さいね?」

「お母さん!?」

「嘘だ……」

「ポッ……」


 おい白波、ニヤケんな!


「わっ、若過ぎじゃない?」

「うん……雅ちゃん来たことあるんだよね? 知ってた?」

「私来た時は、車運転してくれた……源さんだっけ? あの人にお金とか渡してたから……知らなかった」


 皆気を付けろよ。名前で呼んでって言われたからには、従わないとどうなるか分からないからな。


「皆さんこんばんわ。住み込みでバイトしてる桃野真白です」

「あっ、お姉さんじゃないのか。流石にそれは……」

「まぁ、将来的には私のお姉さんになるし、若女将にもなる予定だから……あながち間違いじゃないよね?」

「へっ……」

「もっ、もう湯花ちゃん?」


 将来的に……? あれ、めぶり祭りの時透也さんと一緒に来てたよな。もしかして……2人付き合ってるってことなのか!? ……透也さんもなかなかやるなぁ。


「はいはい。挨拶はそこまでにして早く部屋行こう?」


 そんな湯花の言葉で、3人への挨拶もそこそこに俺達は案内されるように部屋に向かう。そして……



「うおっ! 広い!」

「すげぇ」


「良いの? 湯花ちゃん!?」

「2部屋もだよぉ?」


 これまた期待通りのリアクションに、



「絶景過ぎるー! この露天風呂!」

「おいおい海? 何隠してんだよ? そりゃ!」

「あっ、止めといた方が良いよ? ある意味自信を……」

「やっ、やめ……」


「はっ! ……嘘だろ?」

「んー? どした谷地……っ!! マジか? 海……お前とんでもない化け物を……」

「化け物ってなんだよっ!」


 色々あったけど、友達との裸の付き合いと



「待って? 晩御飯めっちゃ豪華だよぉ……」

「湯花ちゃん、本当に良いの?」

「大丈夫。なんかお父さんが気合入っちゃったみたいでさ」


 想像以上の晩御飯。



「これだぁ! はっ!」

「白波、お前ババ引いたな?」


「ひひひっ、引いてないよ?」

「目泳いでるよ。結構部活中に見たことのある表情なんですけどねぇ」

「うっ、嘘だぁ……」


 大量のお菓子とジュースをお供に、トランプやUNOに花札。白波が持って来たボードの人生ゲームで大いに盛り上がった俺達は、ここ1年で1番と言って良いほどに笑いまくったかと思うと……



「よっと、それじゃあいいかな? まず始めに、これは俺が……いや、俺達が実際に体験した事だ。よくよく考えれば信じられないような事だなんだけど、実際に経験したんだから間違いない。もちろん、聞いたら作り話だって思うかもしれないけど……俺はいたって本気だから、その辺は覚えておいてほしい」


 電気を消し、蝋燭の火の明かりが異様な雰囲気を醸し出す中で、透也さんの恐ろしい体験談に身震いしたり……



 そんな充実感と満足感に包まれながら、イツメン達はふわっふわの布団の中で……


「ぐおぉぉ」

「ガー、ガー」

「ひっ、ひぃ! 赤い女!? 止めて止めてやめて……」


 ……寝れるかっ!!


 一体何なんだお前達! ぐおぉだのガーだの別種類のイビキ披露しやがって。しかも白波、お前どんだけさっきの話怖かったんだ。確かに話の途中で何回も隣の谷地に抱き着いてたもんな。


「ぐおぉぉ」

「ガー、ガー」

「かっ、鎌!? ダメダメダメ……」

「ったく、お前ら部活の疲れか。それとも日常的にそれか。後者なら即病院へ行くことをお勧めするぞ? 白波、お前は別の病院な。……ふぅ」


 やべぇな、目が冴えわたって仕方ないよ。寝れる気がしないというより、こんな中じゃ到底無理だ。どうしよう……あっ、確かお風呂は掃除中以外ならいつでも入れるって湯花言ってたよな? じゃあ風呂でも入って時間を潰して、その頃にはこいつらもマシになってる……と信じたいな。


 じゃあ、行きますか。




「ふぅ」


 時間も時間なだけあって、露天風呂は貸切状態。ここまで来るのに館内は静かで薄暗くて……まるで自分が知らない世界にいるようにさえ感じた。

 そして、1人でゆっくりと露天風呂に浸かりながら見下ろす夜景は……最高に綺麗だ。


 こんな時間にお風呂入れるのも、お泊りできたかなんだよなぁ。

 なんてしみじみ考えながら、完全にリラックス状態で……


「湯花にお礼……言わなきゃなぁ」


 そう呟いた時だった、


「そんなの必要ないよ?」


 何処からともなく聞こえてくるその声。

 ん? 湯花? 聞き間違いじゃないよな。……もしかして露天風呂に居るのか。


「湯花? お前も寝れないのかー」


 そう思って、壁の向こう側に居るであろう湯花に問い掛けると、


「ふふっ、どこ向いて話してるの?」


 またしても聞こえてくるその声に……違和感を覚えるのにそこまで時間は掛からなかった。

 俺は寝ぼけてない。けど不意に聞こえてきた声に思わず女湯の方へ声掛けたんだ。でも、今の声はその出何処がハッキリ分かる。でもなんでだ? なんで……


 俺の後ろから聞こえたんだ!?

 そんな疑問が頭の中を過りつつも、俺はゆっくりと体を振り向かせていく。


 待て待て、ここは男湯だぞ? 声の反響か何かだろ。さすがの湯花も……

 視線の先には、立ち上がる湯気。けどその先に見えたそれに、


 ドクン


 心臓の鼓動が大きくなるのを確かに感じた。


 いやいや……おかしいだろ? おかしいだろ。なんで……なんで男湯に……


「てへっ、来ちゃった」



 バスタオル1枚で堂々と立ってんだよ! 湯花さん!?




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