55.準備という名の2人の時間
文化祭の打ち上げから一夜明け、廊下に差し込む優しい日差し。
「じゃあ海、このお布団お部屋にお願いしていい?」
それを体に浴びながら俺は、
「了解! 任せとけ」
湯花と一緒に、イツメン達との打ち上げパーティーの準備に勤しんでいた。
よっし、それじゃあ持って行きますか。
俺達が泊まる部屋は3階の奥にある2部屋。湯花に聞くと、もしもの為に用意してある予備部屋らしいけど……
「ここだよな?」
部屋の内装は他の部屋と同じらしくて結構広い。備え付けのユニットバスが無いにしろ、普通に宿泊料取られても文句は言えないと思う。
いや、マジで良いのかな? しかも男女用に2部屋って……ヤバいだろ? 湯花のお父さん来たらちゃんとお礼言わなきゃな。
ここに着いたのは午前9時。もちろん巴さんは千那ちゃんのお世話してたから、バッチリ挨拶はできた。
『いいのよー。私も黒前高校のお友達に会いたかったし、月曜日はお客さんも少ないのよ』
『でも結構突然だったんじゃ……』
『そう? 一昨日には話聞いてたからそんなことないわよ?』
一昨日? ってことは1日目終わった時点で湯花の奴考えてたのか。けど一昨日でも十分突然だと思うけど……
『一昨日でも急じゃないですか?』
『まぁいきなり予約も、いきなりキャンセルも慣れっこだし……ねっ?』
マジか……その笑顔の裏に感じる場慣れ感が恐ろしいっす巴さん。
ガチャ
『あら? お嬢様の登場ね。あんまりう……海君と話してたら怒られちゃうのよねぇ』
『えっ、そんなこと……』
『まぁまぁ女の子はそのくらいが丁度良いのよ。あっ、海君?』
『はい?』
『羽目は外して良いけど……外し過ぎちゃったらダメよ?』
『えっ……』
なっ、なんてこと突然言い出すんですか!? しかも巴さんの口から出たとなると、とんでもなく変な想像しちゃうんですけどっ!
『海ー、おは……あっ! お母さんちょっと近付き過ぎだよっ!』
『ふふっ、ごめんごめん』
やばっ、動揺するなよ? 冷静に冷静に……
『もぅっ! 海、おはよっ』
『おっ、おはよう』
できるかなぁ……?
なんて心配だったけど、体動かしてると意外と何とかなるもんだな?
そいえば部屋の中掃除機かけるって言ってたっけ。じゃあ布団は部屋の玄関っぽいここに……
「よっと」
後は人数分だな?
とりあえず布団もOKだし、部屋も湯花が掃除機かけたし一段落ってことかな? ちょっと休憩……
「ふぅ」
座ってみるとやっぱ畳は良いなぁ、足伸ばすと気持ち良い。
「あっ、海。お疲れ様ー」
おっ? 湯花か。
「ん? 湯花もお疲れー」
「いやぁありがとうね? これっ、飲んで」
さすが湯花、気が利くねぇ。しかももちろん……
「さんきゅー。コーラ頂くよ……んーうまっ!」
「でしょ? へへっ。それじゃあ……」
ん? それじゃあ? あれ、何で俺に背中向けて……はっ! おっ、おっ、俺の脚の間に……
「よっこいしょー。ねぇ海? 背中……もたれかかって良い?」
マジか? 目の前に湯花の背中……しかも太ももとかが触れててヤバいんですけど。しかも背中を預ける!? 大丈夫か。俺大丈夫か? いや、けどここで断るわけにはいかないっ! 耐えろ俺!
「いっ、いいぞ?」
「ありがとう……えいっ!」
うおぉ! 背中が当たって、それに顔近っ! しかも……
「はぁー、海って結構がっちりしてるよね? なんか安心しちゃうなぁ」
その振り向くように見上げる格好はなんだ!? 普段意識しない鎖骨から首をかけて喉のシルエットまで見えて、なんかいつもより可愛くて……エロいんですけど? これは……ヤバい! 無理だっ!
「あれ? か……んっ」
そんな湯花の雰囲気に我慢できなくなった俺は、その瞬間顔を近付けてキスをしていた。そのあとすっと顔を離すと、湯花の顔は若干赤くなってて、それがさらに可愛さを感じさせる。
「こういうキスも……いいね?」
なっ、この場面でその照れ顔は反則すぎるだろ? こいつめ……
そんな顔が愛おしくて、もっとそんな顔が見たくなった俺は、そっと腕を肩に乗せると湯花を包み込むように抱き締める。
「ひゃっ」
湯花の髪の毛がめちゃくちゃ近い。めちゃくちゃ良い匂いがする。普通に抱き締める時とは違う満足感が俺を包み込んで、心地が良すぎる。
「海……」
「ん?」
「後ろからギュッてされるのやばいよぉ」
本当か? 俺も色々とヤバいよ。
「俺もだよ」
その後、数分もの間ずっとそのままだった俺達も互い空腹には勝てなくて……湯花の作ってくれたチャーハンを頬張りお腹を満たした。ここで湯花の手料理を食べれたのは嬉しかったんだけど、やっぱりその味付けも絶品で……つい食べ過ぎてしまったぐらいだ。そしてその影響からか……
「ふあぁぁ」
やっば。午前中動いて、湯花の作ってくれたチャーハンめちゃくちゃ食べたら……なんかちょっと眠くなてきたなぁ。
「よいしょっと、タオルとかもOKで……あれ? 海? 目こすってどしたの?」
「ん? いやぁちょっと眠くなってきてさぁ」
「そゆことかっ! じゃあちょっと昼寝しなよ? みんな迎えに行くの夕方だしさ? 準備ももう終わっちゃったことだし」
「えっ!? いいの?」
いいのか? なんか申し訳ない気が……
「もちろん、枕使って? 私ちょっとお母さんと話してくるからさ?」
「じゃあお言葉に甘えようかな。ちゃんとアラーム設定しとく」
「ふふっ、了解。じゃあ海……おやすみなさい」
「おっ、おう、おやすみ……」
おやすみなさいって……なんか良いな。
そんなこと考えながらも、俺は湯花の言葉に甘えるように脇に置かれた枕を手に取ると、部屋の真ん中に横になる。畳の匂いとその開放感がとんでもなく気持ち良くって、大の字になった俺の意識が遠のいて行くのに時間は掛からなかった。そして……
んっ、ん……あれ? 俺いつの間に寝てたんだ?
全身を包み込む気持ち良さを名残惜しく感じながらも、気が付いた俺は寝ぼけた目を開いていく。最初はぼやけていたけど、何度か瞬きすると鮮明に映し出される景色。そして下半身に掛けられたタオルケットに程良い温かさを感じた。
タオルケット? もしかして湯花掛けてくれたのかな。……あれ? なんか右半身おかしくね? 腕になんか乗ってるのか。しかも体が何か温かいっていうより……あつい?
次第にハッキリしていく意識の中で、その異変に気が付かないわけがなかった。下半身に感じる温もりとは違ったあつさ、そして右腕に感じる重み。その原因を確かめようとゆっくり視線を移していくと、そこで目にしたものは……
はっ、はぁ? 湯花!?
俺の右腕を枕にしながら、さらに俺に寄り添うように体を密着させて……添い寝している湯花だった。
うおっ! マジかマジか! めちゃ近いし、湯花の体温モロに感じてアツイ! しかも湯花の右手が丁度胸の辺りに置かれててドキドキするんですけど?
すーすー
って、当の本人は爆睡中か……じゃあ起こす訳にはいかないよな。
改めて湯花の顔を眺めると、気持ち良さそうな吐息に可愛い寝顔。それを見ているだけで自分もなぜか幸せな気分になる。
湯花の色んな顔見てきて、お世辞抜きで全部可愛く見えたけど……寝顔ももちろん可愛いな。こんな無防備な姿見せてくれるってのも……なんだか嬉しく感じるよ。
しかも……そうだ、湯花のお見舞いに来てお風呂入ってる時に色々話してなかったっけ? その時の願望の1つである添い寝はバッチリ。あと……
『私の方が先に起きて、海の寝顔ずっと見てるんだから。それだけは譲れないもん』
そうだ、そんなことも言ってたな。ふっふっふ、残念だけど俺が独り占めしてるぞ? ……って待て? 俺気付いたら寝てたよな? もしかして俺の寝てる顔……湯花にじっくり見られたのでは?
……ふっ、じゃあ結局おあいこじゃん。
でもまぁ、今は俺が楽しむ時間だよな? 湯花の寝顔じっくり眺めていよう。
なぁ湯花、俺は今……
めちゃくちゃ幸せだぞ?




