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52.文化祭スタート

 



「焼きそば2つお願ーい」

「了解。白波、盛り付け頼む!」

「はいよー」


「山形、たこ焼きは足りてるか?」

「あぁ。お前の言った通り、後ろでもう1個たこ焼き機使ってる。今の所ストック切れはなさそうだ」


 何だか忙しさの増してきた文化祭1日目。最初はそうでもなかった客足も、昼が近付くにつれて徐々に増えつつあった。そして例の如く、調理を担当する男子の取りまとめを仰せつかった俺は、焼きそばを作りつつ周りの状況も確認するという任務を全うしている。


 生徒会からの注意書き通り、窓も開けて換気もしてるし、カセットコンロは離して使用。とりあえず爆発とかの心配はないと。よし……


「フランクフルトまだー?」

「やべぇ。海ー! フランク追い付かない!」


 じゃないっ!


「予備焼いてたんじゃないのか!?」

「それもう出ちゃったんだよー」


 くっ! フランクは焼くのに時間が掛かるし、1度に焼ける量も限られる。それに圧倒的に出る量が多いと見越して、予備は大目に焼いておけって言ったんだけどな。それを上回るペースなのか!? けど、ここで待たせたらブーイングは間違いなしだ。だったら……


「谷地っ! 予備のガスコンロも使って2つ体制だ。人は足りるだろ? お客さん待たせるのだけはダメだ」

「りょっ、了解っ!」


「あと、ちゃんと離せよ? 隣り合わせで使ったら、とんでもないことになる可能性があるからなー」

「分かったぁ!」


「おぉ、いつになく張り切ってんじゃん海。なんかあったのか?」

「ん?」


 なんかって言われると、思い出すのは昨日の出来事。自分の気持ちを伝えて、そして絡み合うような大人の……ふふふ。


「おいっ、顔が気持ち悪りぃぞ」


 はっ! しまった! 


「ごっ、ごほん! 俺のことはいいんだよ。それより白波、手を動かすっ!」

「えぇ、いきなりスパルタ!?」


 危ない危ない。昨日のこと思い出すと自然と顔がニヤける。でも仕方ないよな。自分の気持ち伝えて、本当の意味で恋人同士になったんだ。

 それに今日の午後は湯花と文化祭回る約束してんだよ。そんな嬉しいこと控えてるなら……いつも以上にやる気も出る。


「何言ってんだよ白波。何とか昼のピーク乗り切るぞ?」

「おうよ。ガンガン指示頼む」




 そして訪れたお昼。大勢のお客さんは本当なら喜ぶべきなんだけど、そんなこと考えている余裕はなかった。とにかく急いで、待たせないように。

 どうしても人手が足りなくなったら、ウェイトレス係の女子にも手伝ってもらったりして……なんとか初日のピークを乗り切った。


 ふぅ……人の波も治まったし、なんとか乗り切ったかな? 

 まばらになったお客さんを見つめ、ゆっくりと椅子に座り込むと、


「ふぅ、疲れたなぁ」

「でもなんか、やり切った感あるよな?」

「そうだな。でも来年もご飯系なら、この時間帯やりたくない」


 そんなやり切った感満載の言葉が聞こえて来て、ホッとする。


「お疲れ、海」

「おう、白波もお疲れ」


 マジで白波もお疲れだよ。んで? そろそろ交代の奴らが来るはずだけど……


「いっよ! 頑張ってるかね?」

「サボってるのかぁ?」


「何笑ってんだよ! サボってる訳ないだろ?」

「お前明日地獄見るからな?」

「またまたぁ」


 おっ、噂をすれば続々と来たな? じゃあ俺達はもういいか。


「じゃあ後は頼むぞ? 前半組お疲れー」

「「お疲れー」」


 そんなこんなで1日目のお役目御免。やり切った俺は皆と一緒に教室を後にしようと、入り口辺りに差し掛かった……その時だった。


「よっ、海!」


 不意に自分の名前が呼ばれ、とっさに振り向いた先に居たのは……


「太一?」


 中学の友達、山本太一だった。


「なんだよ、来るならストメくれよ」

「悪い悪い。サプライズ感出したくてな? それに……会わせたい奴も居るし」

「ん?」


 会わせたい奴? はっ! もしかして太一のやつ彼女でも出来たのか?


「ほれっ、来いよ。早くしろって」


 そんな太一の言葉に、ゆっくりとその姿を現す人物。しかしその顔を見た瞬間、身構えてしまったのは言うまでもなかった。だってその人物は、直近における俺の記憶において、最悪な印象しか残っていなかったんだから。


「南?」


 太一に引かれるように教室へ足を踏み入れたのは、南美月……で間違いはないと思う。その顔を見た瞬間身構えたのは事実だし、これからもしかして何されるのでは? なんて考えが頭の中を過った。けど、よくよくその顔を見ると……


 ん? 顔が変……というか、なんかしんみりしてない? てかこんな南の顔見たことないかもしれん! 

 違和感しか感じられず、何て言っていいのか分からずにいた。


「悪いな海。けど、どうしてもこいつ言いたいことがあるって言うもんだからさ。なっ、美月」

「……うん」


 はっ! なに? めちゃくちゃ静かで大人しいんですけど。 


「なっ、なんだ?」

「えっと……その……」

「美月っ」


「えっと……ごめんなさいっ!」


 へっ? ごめんなさい?

 唐突にそんな言葉を言ったかと思うと、南は頭を下げたまま動こうとしない。


「ん?」

「こっ、この前喫茶店で怒鳴ったり、ひどいこと言ってすいませんでした」


 この前って……あの春季大会の時だよな? けど、なんでいきなり? しかもこの体勢はマズいだろっ! なんか俺が悪いことしてるようにしか見えないっ!


「えっと、とりあえず頭上げてくれ南」


 けど、南は動かない。


「太一」

「ほれ美月、顔上げろって」


 俺の救援信号を受け取った太一がすかさず南の肩を叩くと、ようやく顔を上げる。しかしながらその表情は依然として暗く、俺達の周りにはなにやら不穏な空気感が漂う。


 やばい……これはマズい。周りの目も気になるし、一旦教室から出なきゃな。


「まぁまぁ、一旦教室出よう」


 そう言いながら廊下に出ると、その後をゆっくりと付いて来る南と太一。やはり、その姿はあの時の……というより中学ん時のイメージからは想像できないものだった。


「あの……さ?」


 声も張ってないしなぁ。


「あの日、湯花に図星つかれて……自分のしてることが間違ってるって気付いた。叶にも電話越しにお節介だよって言われてさ。私が叶の為だと思ってしてきたことは、全て自分の為の自分勝手な行動だったって身に染みた。許してなんて言えない。けど、自分のしでかした過ちは償わなきゃいけない。だから私は……私は……あの時は本当にごめんなさい」


 どんな心境の変化か知らないけど、まさか南に頭下げられるとはな。そいえば前に太一達が俺の家来た時、チラッと言ってたっけ? 最近は大人しいけど……って。


「海、前に家に行った時に話したこと覚えてるか? こいつ一時期、本当に騒いでたんだ。俺達はウンザリしてたけど。でも、ある日を境にパッと皆木のこともお前のことも口にしなくなってさ。お前から話聞いて、なるほどって思ったんだ」

「太一」


「まぁ、こいつなりに反省でもしてるかと思ったけどさ……それだけじゃないだろ? 傷付けた人達に誠心誠意込めて謝らなきゃ、謝罪しなきゃ何も変わらない。それは自分でも分かってるはずだと思った。けどあんなこと言った手前、その一歩が出ないことも分かるんだ。こんな奴でも、一応小学校からの付き合いなんでさ。だから……連れて来た。この一言だけで許してくれとは言わない。けど、この謝罪の気持ちだけでも……受け取ってくれないか?」


 たぶん、太一の言う通りなのかもしれない。実際目の前の南の姿は今まで見たことないくらい憔悴している気はする。まぁ、それを信じるか信じないかは別としてだけど。

 ただ、太一に連れられてとはいえ、ここまで来た気持ちは……素直に受け止めるべきか。それにあの時何を言われたかなんて正直覚えてもないんだ。そんなこと霞むくらい、今の俺は……幸せで溢れてる。だからとりあえず……


「わざわざ来てくれてありがとう。南」


 お前の気持ち、受け取るだけ受け取るよ。


「えっ……?」

「まぁ正直ムカついたのはムカついたけどさ。けど、今となっちゃどうでも良い。そんなのイチイチ根に持ってたら楽しい高校生活が台無しになるだけだと思うし」


「……」

「だからここまで来た南の気持ちは受け取るよ」

「……ありが……とう」


 これでいいよな? まぁまた何か仕出かしたら、その時はその時だけど。あっ、それと……


「あっ、でも俺だけじゃなくて湯花にもちゃんと言えよ? 隣の教室だし……友達なんだろ?」

「湯花には玄関で会ったんだ。チラシ配っててさ? 私の顔見て……あんなこと言った私見ても……いつもみたいに笑顔で話し掛けてくれたんだ。それで……ごめんなさいって」


 たしかに今日のお仕事はチラシ配りって言ってたけど、まさか玄関で遭遇してたとはな。それでも変わらず笑顔で話し掛けられるのは流石だ。まぁ南達が店出た後、言い過ぎたって言ってたぐらいだしなぁ。


「そっか、そんな様子だったなら、湯花がなんて言ったのかは想像つくよ」

「うん」

「サンキューな、海。もうこんなことしないとは思うけど、俺も見とくからさ?」


 太一が居れば……大丈夫かな? にしても、何言われたらそんな関係になるんだ? 中学ん時は結構喧嘩というか言い争いしてた記憶なんだけど……まぁそこは2人の秘密か。


「よっし、じゃあ行くか。海、時間取らせて悪かったな」

「いや、大丈夫だ」

「勝と羽場さんも来てるからさ、何処かで行き会ったら宜しくな?」


 ん? 勝も来てる? しかもなんで羽場さんと?


「ん? お前ら一緒に来たんじゃないのか?」

「来たけど、今は別行動。まぁ一応目的は果たしたし、今から合流する予定」


「そういうことか、見つけたら声掛けるよ」

「頼むな? じゃあ……迷惑掛けた。行くか、美月」

「あっ……」


 ん? どしたんだ? 財布を……出した?


「雨宮、これ」

「ん? なに、このお金」

「あの時のコーヒー代。払わないで店出ちゃったから」


 えっ、コーヒー代のこと覚えてたの? いやぁあんな状態だったもんで、てっきり覚えてないかと。


「そんなことしてたのか? ったく」

「だって……とにかく受け取って貰わなきゃ困るよ。はい」


「いいよ別に。あの時のコーヒーは美味しかったし」

「でもっ!」


「だったらさ……俺達のクラスで焼きそばでも買って行ってよ」

「焼きそば?」


「今なら俺の作ったの残ってるはずだし、良いだろ? 南」

「……うん。分かった」

「じゃあ海が作った焼きそば貰おうかな? 行くぞ美月」

「あっ、ちょっと太一」




「じゃあなぁ海!」

「おう、またな」


 そう言いながら遠ざかっていく太一。俺の方を振り向いてもう1度深々と頭を下げる南。


「なにいつまでメソメソしてんだよ」

「だって……」

「海と湯花はお前の言葉を受け取ってくれたんだぞ? 許してくれるかは今後のお前次第。けど、ちゃんと1歩踏み出せたんだ。しっかりしろ」


 ん? なんだかんだ言って、あの2人……


「うっ、うるさい。でも……ありがとう」

「なっ、何だよいきなり。行くぞ?」


 良い感じじゃね? もしかしてそういう関係なのか? 俺達には内緒で……


「あの2人なかなかお似合いですなぁ」

「だな、もしかしたら……って! 湯花!?」


 聞こえてきた声に思わず反応しちゃったけど、気が付くと俺の横には湯花が立っていた。


「びっくりしたぁ。一体いつからいたんだ?」

「ふふっ、内緒」

「内緒かよっ」


 ったく、いつもなら心臓に悪いっ! なんて言うところだけど……


「にっしし」


 この笑顔見たら、むしろ嬉しい方が勝っちゃうんだよな。


「ったく、南からの謝罪あったらしいな?」

「ん? まぁね。そういう海こそー」


「まぁな」

「その顔見たらなんて答えたかはわかるけどねぇ」


「同じ言葉そのまま返すよ」

「ふふっ。あっ、海? ちゃんと引継ぎしてきた?」


「ん? もちろんバッチリだぞ?」

「じゃあさぁ……えいっ」


 うおっ! マジか? 手繋ぐんじゃなくて……うっうっ、腕ギュウ!? 待て待て体がいつもより密着して、それに……


「海? どうかしたぁ?」


 腕にむむむっ、胸が……柔らかい感覚がっ!


「はっ! 湯花? その……胸が……」

「んー? 胸ー? あぁ、ふふっ。わざとくっつけてるんだよ?」


 なっ! なっ!


「海だけなんだから……ね?」



 あぁ、どうしよう。その柔らかさに全神経集中しちゃって……


 左腕がパラダイスなんですけど!?




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