全日本大学バスケットボール選手権~有言実行~
―――さぁ、女子の熱戦冷めやらぬインカレ決勝。次は男子です―――
―――そうですね。こちらも良い勝負が期待できそうですね―――
―――なんと男女共に決勝が同じ大学同士。これはかなり珍しいんじゃないですか? 天女目さん―――
―――現王者、凰瞭大学の強さは言うまでもないでしょう。しかしながら相手の黒前大学はここ数年で力をつけて来た大学です。勢いそのまま、王者を食らう可能性もありますよ―――
―――黒前大学と言えば、近くにある黒前高校の生徒が多く入学してますよね? ここ数年で黒前高校の名前も良く聞くようになりました―――
―――名将不思木監督の下で力を蓄え、更に実力のあるメンバーが揃った。特にここ3年間の勢いは物凄かったですね―――
―――まさしくその通りです。そしてそこに負けじと、女子も奮闘。先程の決勝では鳳瞭大学を破っています。この辺り、鳳瞭大学は目の色が変わったんじゃないですか?―――
―――鳳瞭大学の生徒は、卒業を待たずにBリーグやWリーグのチームへ入ることもありますからね。 ごそっと戦力が抜ける時期も有るのは有りますが……それでも勝ち続けて来たプライドがあります。それを崩されたとあっては……―――
―――熱戦必須ですね? おっと時間が来ました! 天女目さん、引き続き宜しくお願い致します―――
―――こちらこそ、宜しくお願い致します―――
―――さて、試合開始が近付きました。全日本大学バスケットボール選手権大会男子決勝。対戦カードはなんと去年と同じく、鳳瞭大学対黒前大学。昨年は接戦の末8点差で鳳瞭大学の勝利で終わっていますが、今年も再現なるか? それとも黒前大学が高くそびえる壁を乗り越えるのか……注目です!―――
コート4面が横に並んでいる、広い会場。
火傷しそうなくらいの熱さと、眩しさを放つ照明。そして、
「鳳ー瞭! 鳳ー瞭!」
辺り一帯に響く声援に、地響きのような応援。今思えば初めてこんな雰囲気に遭遇したら、その威圧感に足がすくんでしまうだろう。
だとしたら、それを何度も経験出来た俺は幸せ者だ。だって……
試合が出来ることが嬉しくて仕方がない。
―――それでは黒前大学スターティングメンバーを紹介します―――
もちろんそれは俺だけじゃないはず。相手があの人なら尚更ね?
野呂先輩は親友として、その力をぶつけたい。
晴下先輩と丹波先輩は去年の雪辱を果たしたい。
そして俺は……その背中に追い付きたい。そして追い越したい。
だからこそ、ここまで来たんですよ? 俺達は。
その思いを……
―――6番、野呂大河君―――
―――7番、晴下黎君―――
―――9番、丹波嵐君―――
―――13番、白波聖覧君―――
ぶつけに行きましょう! 下平さんに!
―――14番、雨宮海君―――
対面する鳳瞭大学の面々。
見知った顔が並ぶ中、ひと際この状況を喜んでいる人物が1人。それは言うまでもなく、下平聖その人だ。
下平さん。俺が高校に入った時にキャプテンだった人。バスケの上手さやキャプテンシー。その全てに憧れ、その背中に追い付きたかった。
だからこそあの日……下平先輩が卒業して、最後の最後に戦えた1対1。あの敗戦が俺を更に奮い立たせた。
この日を夢見て、頑張ってきました。そして最短最速で……約束通り来ましたよ? 下平さん!
晴下先輩をキャプテンとしてスタートした新チーム。春には大会での活躍もあって、様々な中学校から入部希望者が来てくれた。まぁ春季大会は1、2年に経験を積ませる為に俺達の出番はなくて、決勝で翔明実業に負けたけど……インターハイ予選とウィンターカップ予選では見事優勝。
インターハイでは1回戦で鳳瞭と当たって、5点差でリベンジは出来なかった。けど、ウィンターカップではその雪辱を晴らして初優勝! あの高校王者の壁を乗り越えたんですよ? そして何より嬉しかったのは、晴下先輩と丹波先輩の黒前大学入学。その瞬間俺は思いました、この2人も……あなたを越えたいんだって。
そして去年。3年になった俺と湯花は偉大な先輩達の後を継いで、キャプテンになりました。運よく年代別の代表にも選ばれて、世界のレベルを肌で感じて……心の中は常に燃えてましたよ。新人戦だって勝ち進んで、東北大会でも優勝したんですよ? それに入部希望者だって更に増えて、選手層もだいぶ厚くなりました。
春季大会はいわずもがな、決勝で翔明実業に負けたけど……インターハイは2年連続、ウィンターカップは3年連続出場。そして、そのどちらも決勝は黒前対鳳瞭。もしかしたらここから既に黒前と鳳瞭の因縁は始まってたのかもしれないです。インターハイでは鳳瞭が、ウィンターカップでは俺達がそれぞれ優勝。いつのまにか黒前は冬の覇者なんて呼ばれる様になったんですよ?
そして俺と湯花、白波に多田さん……バスケ部に居た殆どの人が黒前大学へ入学した。
勿論俺達だけじゃない。翔明実業の九鬼、明進高野の坂城。この2人が黒前に来るなんて思いもしなかった。九鬼は俺と一緒に年代別代表にも選ばれる程の実力。坂城はちょいちょい調子が良い部分もあるけど、ポイントガードとしては全国レベルだと思う。
そして2年には晴下先輩と丹波先輩、さらに北海道から来たセンター式柄先輩。大学へ来てその戦力は……鳳瞭にも引けを取ってない。
去年はこの舞台で8点に泣いた。つまりまだ、誰もあなたの背中を越えてない。この試合に賭ける思いは……想像以上ですよ?
「うみちゃーん! 行けぇ!」
湯花! さっき試合終わったばっかりだろ? それなのにもう応援席まで? ったく……でもありがと。その声援が何よりも力になるよ。
「海君! 頑張れ!」
「ここまで来たら優勝だよぉぉ!?」
って! 月城さんに日城さん!? わざわざ来てくれたんですか? 嬉しいな。けど……2人共鳳瞭大学ですよね? 良いんですか?
「海君! リラックスー!」
「女子に続きなさいよ!?」
って望さんまで? 姉ちゃんに無理矢理言わされてるんじゃないですよね? ……ってんな訳ないか。今や2人の関係は幼馴染以上だもんなぁ……まぁ大学卒業したら結婚って聞いた時は驚いたもんだけどさ? 素直に祝福したいよ。特に望さんにはね。
それと…………来てたのか? 叶。
姉ちゃん達がそういう関係になるなら、顔を合わせない訳にはいかない。正直さ? あの時のことなんて、とっくの昔にどうでも良くなってた。だってそれ以上に俺は……幸せだったんだ。今も、これからも。
顔合わせの時、久しぶりに見たお前はよそよそしくて……最後まで話すこともなく、ただただ俯いてたよな。でも知ってるぞ? 湯花とは連絡取り合ってたんだろ。あの時から今まで。
……いつの日か、3人でまた笑い合える日が来ると……良いな?
っと! そんなことより目の前の試合に集中。後のことは試合に勝ってからゆっくり考えよう。何せ相手は下平さん率いる鳳瞭大学なんだから。
海東さんに榑林さん、守景さんに藤島さん。そしてキャプテンの下平さん。改めてそのメンツの豪華さに目を見張るよ。
1年の時に戦った鳳瞭学園に、藤島さんと下平さんが加わったスタメン。もちろん5人全員が年代別代表に選ばれてて、日本代表候補にも選ばれている……まさに最強メンバー。
でも俺達だって負けてないですよ? だから……
「手加減なしですよ?」
そして始まったインカレ決勝。サークル付近に敵味方が密集する中でボールがティップオフされる。
ボールを先に触ったのは野呂先輩。そして狙い澄ましたようにボールをチップさせると、それは力強く晴下先輩の元へ。
先制攻撃は……黒前大学。
「よっしゃ! じっくり行こうぜっ! 1本集中!」
晴下先輩からボールを受け取った丹波先輩。
ポイントガードはゲームをコントロールする……それが出来なくなったチームが負けだ。そんな言葉通り、おそらくどう試合を組み立てて行くのかを瞬時に計算しているんだろう。
丹波先輩。そのスピードは日に日に増して、不意を突くノールックパスはもはや先輩の代名詞。そして外のシュートもめちゃくちゃ練習して、弱点らしい弱点は本当に身長だけ……って言ったら怒られるので、もう言わないですよ。けど、俺は海東さん以上のポイントガードだって思ってます!
「晴下!」
「ナイスパスです! 野呂先輩」
野呂先輩。おそらく親友として、ライバルとして下平さんに勝ちたいはず。高校時代は縁の下の力持ちとして、大学でも変わらずに俺達を支えてくれている。そのガタイはさらに一回り大きくなって、ちょっとのちょっとじゃブレない。さすが既にBリーグのチームから声が掛かってるプレーヤーだ。
「白波! ナイススクリーン! 挨拶代わりに……よいしょぉ!」
晴下先輩。その豪快なダンクも先輩の代名詞になりましたね。元々のオールマイティーに加えて、いつの間にかクールオブクールと言う異名から、俺が知ってるスマイリーデビルの姿を取り戻してました。更に動きが良い意味でおかしくなりましたもん。そりゃ高校3年の時出場した大会全てでMVP取る訳ですよ。そして……この大会を最後に、アメリカへ行ってしまう。寂しいけど、先輩の実力を考えたら行くべきなんです。だからこそ、下平さんを越えて行きましょう!
「白波!」
「オッケー! 雨宮!」
そして白波。ふくよかだった体型も多田さんの協力で引き締まって、元々の身長の高さにスピードを兼ね揃えたセンターへと成長した。自分に自信を持てるようになって、弱点だったメンタルだって克服。白波はチームには不可欠な存在になった。まぁ今は式柄さんが居るから確実にスタメンって訳じゃないけど……ふっ、鳳瞭相手にも堂々としてるんだから大したもんだよ。
どうですか、下平さん。俺達の成長した姿感じてくれてますか? 出来ればそのまぶたに……焼き付けて下さい。
会場全体が暑い。
汗が滝のように流れて……体だって熱い。
でも心の中は何処か冷静で……試合も終盤にも関わらず頭の中は冴え渡っている。
はぁ……はぁ……
さすが鳳瞭。点を取ってもすぐ追いついて、追い付いたと思ったらすぐに離されて。でも……楽しい。
けど、そんな時間も長く続かないことは知ってます。試合には終わりがあることも。そうですよね? 下平さん。
試合時間は残り20秒、点数は75対75の同点。そしてボールは……
「雨宮!」
俺達……黒前大学!
同点で残りは……18秒になった。本来なら丹波先輩がいつも通り試合を作って攻めるべき状況。にも関わらずそのボールを俺に預けた意味が最初は分からなかった。けど……
えっ? なんで俺に? ……って! これは……全員がコートの端の方、俺と逆サイドへ位置取ってる?
同じコートに立っている仲間を見た瞬間、その意味を理解する。
鳳瞭大学のディフェンスはマンツーマン。つまり相手に対して1対1で守っている。だからこそ、そのオフェンスがコートの端に行けばそれに付いて行かなければならない。
勿論、律儀に付いて行かなくても、1人犠牲にしてゴール下でディフェンスする可能性だってある。けど、その1人フリーにしたオフェンスにパスが通った瞬間、数的不利になってしまう。
おそらく、まさか俺達がこんな方法を取るとは思わなかったんだろう。今からゾーンディフェンスに戻したところで、オフェンスから離れた瞬間ノーマークでボールを運ばれてしまう。それを分かっているからこそ、鳳瞭も下手に動くことが出来ない。
マジかよ? 俺に1対1で勝負しろって言うのか? しかも俺に付いてるのは……下平さんだぞ?
試合の最中とはいえ、この状態は1対1。そしてその瞬間、俺の頭にあの時の光景が蘇る。
鳳瞭学園で、全力を尽くした1対1。
あと一歩届かなかったあの瞬間。
……そうか、そういうことか。だとしたら神様ありがとう。これは最後に自分の力で下平さんを越えろって……リベンジってことだろ?
こんな機会は……滅多にない。チームとしても雨宮海としても、下平聖に勝つ。そのチャンスなんだ。
だったらちゃんと見て下さい? 感じて下さい? あれから成長した俺の姿。休むことなく練習してきた……
雨宮海をっ!
残り時間は14秒。その時は、瞬く間に……訪れた。
冷静になれ。今は同点、1点でも決めたら勝ちだ。となれば最後にシュートで終わることが大前提……つまり攻めろっ!
レッグスルーを繰り返し、小刻みに体を動かす。もちろんそんな動きに釣られるはずがないのはわかってる。だからこそ、途中で1歩だけ前へ踏み込む振りをすると、その時ばかりは流石の先輩も動かざるを得ない。それを確認した瞬間、すかさず逆サイドへドライブ。すると少しだけ先輩の重心が動いた。
視線はゴールに、そしてそのまま最短最速でシュートを……する振り!
シュート・ヘジテイション。あたかも一旦ドリブルを止め、シュートを打つように見せかけるフェイクは、その動きといかにシュートを打つと見せかけるかが重要だった。
……が、下平さんは1度このフェイクを見ている。あの時のように飛んではくれない。
やっぱりそうだと思いました! だからこそ本命はこれじゃない!
ボールを持ちなおした俺は、ありったけの力を込めてもう1度逆サイドへドライブを仕掛ける。
その思いがけないスピードに、下平さんの体勢がやや崩れるのを俺は見逃さない。そのまま中へ切り込んでいく……振りをして、レッグスルーでもう1度揺さぶりをかける。
その瞬間、今度こそ完璧に……下平さんの体勢は崩れた。
よし! このまま!
レッグスルーで体勢を崩し、ステップバックしてシュートを打つ。これは下平さんが得意な形。だからこそ……そのコンビネーションで越えたかった。あとは最短でボールを構えシュートを……
その時だった、視界の端に映り込んだ影。それは間違いなく……下平さん。
マジか!? どんな反射神経してんだよ! 完全に崩したのにまだ追い付いてくるのか!?
……そうだと思ってました!
下平さんはいつだって俺の想像を超えることをしてくる。このコンビネーションも、あの1対1で最後に予想外の3ポイントを打って決めたり。だからこそ、俺だってそれ以上のことをしないとダメなんだ。
見て下さい? 下平さん。これが、今の俺です。必死になってここまで来た俺の力です!
その瞬間、俺はそのまま斜め後ろに飛びながら……シュートを放つ。
フェイダアウェイシュート……後方に飛ぶことで相手のブロックをかわすこのシュートは決して簡単なシュートじゃない。後方に飛ぶことでボールのコントロールが難しく、体勢も崩しやすい。
でも俺は、ずっと練習してきた。揺さぶって体勢を崩してステップバック、さらにフェイダウェイで完璧にブロックをかわして……下平さんに勝つ為に。
指先から放たれたボール。それを下平さんは触れることが出来なかった。
そして、いつしか静まり返っていた会場に響いたのは……
スパッ
ネットを揺らす乾いた音だけだった。
―――77対75で黒前大学!―――
その審判の声と同時に、お辞儀をする両校のメンバー。そしてその後、俺の前にやってきたのは……
「負けたよ、雨宮!」
下平さんだった。
「これで追い付けましたかね?」
「ふふっ、とっくに追い越してるだろ?」
またまた、俺が追い越したと思ったら速攻で更に前に行っちゃうじゃないですか? 知ってるんですよ? あなたもアメリカ行くの。
「何言ってるんですか。アメリカ行ったら必ずNBA入りして下さいね?」
「NBAかぁ……あっ、とりあえず約束は果たしたから……新しい約束しても良いよね?」
「新しい約束ですか?」
「うん。いいでしょ?」
「勿論ですよ? 下平さん」
「じゃあ雨宮? 約束しよう……」
「あっちで待ってる!」
しっ、下平さん……ずるいっすね。でも先輩に言われたら……もちろん断れないですよ? だから……
「必ず追い付きます」
絶対に約束……守ります!




