107.自分で選んだ道
「私にも声掛けてくれれば良かったのに」
「すいません! でもいろいろ忙しいと思って……」
「湯花ちゃんもいろは先輩に気を遣ってくれたんだよね?」
「恋? あなたは両方の話知ってたんだから教えてくれても良いんじゃなくて?」
「うっ……すっ、すいません」
「まぁまぁ、いろっちぃ。そんなに怖い顔しないの。シワ出ちゃうよ?」
「先生は早く新聞部の予算書出して下さい? 期日近いはずですよ?」
「しょっ、精進します……」
「えっと……なんかごめんね? 雨宮君」
「いえ、全然ですよ。月城さん、なんか楽しそうな感じですよね?」
さっきまで居た体育館とはまた違った意味で賑やかさを見せている。ここは鳳瞭学園新聞部、通称鳳瞭ゴシップクラブの部室。
そんな中で、俺と湯花は……
「それにしても、折笠先生直々に勧誘されるなんて雨宮君凄いわね」
ある意味気になっていた渦中の人物、いろはさんと対面している。
いやぁ、どんな人かは気になってたけど……まさか対面できるとは。
体育館で十分バスケを楽しみ、先輩達に別れの挨拶を告げた俺達。次はどこを案内しようか迷っていた月城さんに、湯花が放った一言は、
『恋さんといろはさん、まだ居るんですかね? だったら新聞部の部室見てみたいです!』
まぁ月城さんの顔色が芳しくないところを見ると、やはり会わせたくない……もしくは会いたくないんだろう。その元部長さんに。
しかし、湯花のお願いを無下には出来ないようで……
『じゃあ……行こうか?』
その言葉に歩き続けること数分。辿り着いたのは、ある一室の前。周りの部室に掲げられてる部活名の書かれたプレートとは一線を画する派手な立て札、そしてそこに書かれている鳳瞭ゴシップクラブの文字。その瞬間、少しだけ異様な雰囲気を感じた気がしたものの、
『失礼しまーす』
月城さんの手によって、その扉は開かれた。
想像より広めの空間、真ん中に置かれた長机と数個の椅子。そしてその人は居た。さらに奥に置かれた高級そうな机に手を置きながら、高そうな椅子に座って佇んでいたんだ。
『あら、湯花ちゃん! いらっしゃい! あと……そちらの彼は初めましてね?』
いや、入った瞬間一発で分かったよ。それにしても……まさかの金髪ハーフさんとは。
新聞部元部長、葉山彩花。見た目通りの金髪ロングヘア―で、人形みたいに綺麗な顔立ち。そのモデルみたいな姿は正直凄ぇとしか言いようがない。しかも気品溢れる言葉遣いに、湯花はもちろん、初対面の俺にも結構好意的に話し掛けてくれてる。そもそもなんで月城さんは会うのを遠回しに嫌がってたんだ?
「めちゃくちゃ上手いんだろうねぇバスケ! ちょっと見せて見せて?」
そしてこの湯花や日城さんにも負けず劣らずの明るさを見せるのが、新聞部顧問の三月先生。
こういうところって真面目な先生ばかりってイメージだったんだけど……良い意味でその印象がぶっ壊されたな?
「ははっ、お世辞でも嬉しかったですけどね?」
『今からでも鳳瞭に来ないか?』
突然折笠さんに言われた言葉に、一瞬頭が追い付かなかった。
『えっ?』
それに何かの冗談か何かだと思ったんだけど……目の前に立ってる人物の目は本気のように見えてさ?
『ウィンターカップで見た時にピンと来たんだ。1年生にして光る物があるってね? そして、偶然にもここで出会えたんだ。これを運命と言わずしてなんと言うのかな』
『じょっ、冗談ですよね?』
『俺は冗談なんて言う質じゃないんだよ』
その言葉に……確信した。この人はマジで言ってるんだって。
その瞬間、嬉しかった。それなりに努力はしてきたつもりだったけど、まさか天下の鳳瞭学園の監督に認められるとは思えなかった。しかも勧誘まで……
『ほほっ、本気ですか?』
『本気だ。君さえ良ければすぐに手続きするよ?』
直ぐに手続き……
『もちろん、俺が校長に掛け合って特待生として迎え入れる。だから学費は免除だ』
『まっ、マジですか……』
がっ、学費免除?
『転校後、半年間は公式戦に出れないが……ウィンターカップからは出場できる。もちろんそのまま大学へだって進学できる』
待て待て、無条件でこの環境に入れるのか。この整った設備の中でバスケが出来るのか? それは素直に嬉しいぞ。入りたくても入れない人がたくさん居る鳳瞭学園へ入学できる。そう考えるだけで、少し心がグラついたっけ。
『このメンバーとだっていつでも練習できるんだぞ? 下平の居る大学の練習にだって参加できるし、大学へ行けばチームメイトとして一緒に戦えるんだ』
けど、
このメンバーと練習できる……先輩とも。それに一緒に試合に出られる……出られる?
嬉しいはずのその言葉が少し心に引っ掛かった。
確かに俺は先輩と一緒に試合に出たいって思っていた。ウィンターカップが終わり、もう試合に出れないって事実が突き刺さった時は、特にそう感じた。感じていたんだ。でも……それを変えたのは先輩の一言。
雨宮、俺達に最高の思い出ありがとな? お前らがあの日、俺のところに来なかったら……俺は変われてなかった。だからさ……上で待ってる
鳳瞭へ行くことが決まっている先輩からの一言。そして待っているという意味。それって……
インカレ……全日本大学バスケ選手権大会で待ってるって意味なんですよね?
そして、居なくなってから分かるその大きな背中。それに追い付くにはどうしたらいいのかって、必死に考えたら……答えは1つだった。
先輩に勝つしかない
一緒にプレーしたら楽しいのはわかる。でもそれじゃ永遠に先輩には追い付けない、追い越すことが出来ない。それじゃダメなんだ。俺自身が納得できないだ。だからこそ、同じチームには……いられない。
そう、黒前で……鳳瞭に居る先輩を倒すしかないんだ。
だから……
『折笠さん、あの……』
辺りがオレンジ色に染まる中、ゆっくりと歩みを進める2つの影。その後ろにはもう、昇降口まで見送りに来てくれた4人の姿は見えなくなっていた。
ここに居る間、ずっと俺達を案内してくれた月城さんと日城さん。初対面にも関わらず、笑顔で迎えてくれた葉山さんと三月先生。わざわざ外まで来なくても大丈夫ですって言っても、結局皆で見送ってくれてさ? 本当に楽しかったし、本当に嬉しかった。
ありがとうございます。
「ねぇ、うみちゃん?」
「ん?」
「本当に良かったの?」
「良かったって……」
「折笠さんの話だよ!」
「あぁ!」
「本当に良かったの? ……断って良かったの?」
あぁ、そのことか。湯花だって聞いてただろ?
『折笠さん、あの……めちゃくちゃ嬉しいです。けど……すいません』』
『俺、目標があるんです。超えたい人が居るんです。その為にも俺は……鳳瞭にリベンジしたい。倒したいんです! だから……鳳瞭には来れません!』
断って……良かったに決まってる。
「良いんだよ?」
「本当? 本当に本当?」
「本当だって。どしたんだ? 理由ならちゃんと言っただろ」
「わっ、分かってるけど……」
先輩と戦って、勝ちたいって言ったよな? なのに湯花、新聞部行く最中もかなり言ってて、最終的には納得してたはずなんだけど…………あっ! もしかして?
「なぁ湯花。もしかして、自分が足枷になってるとかって思ってないだろうな?」
「あっ……」
やっぱり……
「ふっ。なぁ湯花? 俺さ、笠原さんにあんなこと言われて嬉しかった。天下の鳳瞭学園の監督に褒められて、勧誘されたんだ。嬉しくないはずがない」
「わっ、私も嬉しかったよ? うみちゃんが認められたんだって」
「でもさ、俺はどうしても先輩を越えたいんだ。その為にも……同じチームに居ちゃいけない。同じ環境に居ちゃいけない。黒前で先輩に挑みたいって思ったんだ」
「うん……」
「もちろん湯花と離れたくないってのもあるよ?」
「やっ、やっぱ……」
それは本心だよ。俺にとってかけがえのない存在で、
「でも! 仕方ないだろ?」
「えっ?」
湯花が居たからこそ、俺はここまで上手くなれたんだから。
「俺は湯花が居ないとバスケ下手になっちゃうんだよ」
「そっ、そんなこと……」
それは俺自身が1番よくわかってるんだ。あとさ、言ってくれたじゃん?
「本人が言ってんだから信じなさい。大体、俺は忘れてないぞ? 湯花の隣に居るのは一生俺1人だって言ってくれたこと」
「はうっ……」
それは俺も一緒なんだ。
「めちゃくちゃ嬉しかったよ? 湯花も同じこと思ってくれてたんだって」
「うっ、うみちゃん……」
大晦日の時、神社でお願いしたのは……湯花と一緒のことなんだ。
「俺の隣に居るのは……一生、湯花1人なんだよ」
「……もう。いきなりそんなこと言って……恥ずかしいじゃんバカ。こうなったら嫌って言われても、しつこいって言われても……」
「絶対離さないんだからね……」
「望むところだよ」
「「ふふっ」」
いつまでも2人で一緒に……居られますように。




