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呼応  作者: はじめ
34/40

34

ぎゅうぎゅうにひしめいた

乾ききって白茶けた木壁と

錆びきったトタンの屋根の庇

湿った土のにおい


道と言えるのかどうかも怪しい隙間の道

昼でも薄暗い足元は

舗装はおろか砂利さえ敷かれない剥き出しの土

人ひとりがやっと通れるほどの隙間しかなく

入り組んで折れ曲がり

体を横にしなければ通れない場所もある


およそ人の住む場所でない

そんな感想が真っ先に浮かぶ

長屋を彷彿とさせる、細長い平屋の古屋群


実際住んでいないのだろう

右手側を見ればすぐ目前に窓があるが

朽ちかけた木枠に嵌っていたであろうガラスは見当たらず、暗い屋内に毛羽立った埃まみれの畳が見えている

人が住んでいる気配はない

ただの廃屋だが、得体の知れない気味の悪さがある

長く見ていたくなくて早々に目を離す


そうして左手側を見ればやはりすぐ目前に

同じく朽ちかけた木枠のガラス戸がある

こちらは曇りガラスなのか経年による劣化の曇りなのか判別のつかないガラスが

一応欠けることなくきれいに嵌っている

その引き戸の奥には色褪せた臙脂色の布が引かれていて中の様子はわからない

住んでいるのかもしれない

だが住んでいそうには見えない


妙な好奇心を覚えて、確かめたくなった

もし人が住んでいたら道でも訪ねればいいと、特段の躊躇もなく手の甲で軽く戸を叩いた

古いガラス戸はバランバランとけたたましい音を立てた

予想外の大きな音に反射的に仰け反り、少しだけ後悔した

しかし、ガラス戸の奥から人が出てくる気配はなかった

ほっとしたような、落胆したような心持ちで立ち尽くす

肩透かしを食らった好奇心がもう一弾大きくなって私を強気にさせた

思い切って戸に手を掛けた

ガラス戸は重く擦れる感触と共に、バラバラとうるさく開いた


申し訳程度に、ごめんください、と言って臙脂色の布をめくった

布はシャ、とレールを滑る音を立てて、引かれるままに開いた

開かれた向こうには何の変哲もない暗い廃屋の空間があるだけだった


土間になっているのか、四畳ほどの広い玄関の奥には上がり框があり、その奥は埃の積もった畳間になっている

なんだやはり住んでいないのかと、またしてもほっとしたような、落胆したような心持ちになって広い土間の床をぼんやり眺めた

土間には臙脂色の布を開けてできた四角い日向ができている

束の間できた日向の中を、塵と埃がふわふわと踊っている

際限なく舞う埃を目で追っていると、そこへすっと影が差した

ぎょっとして顔を上げたが、どういうわけかそこには何者もおらず、先程と何ら変わらない暗い空間があるだけだった

もう一度土間に目を落とす

ちょうど人ひとりぶんの大きさで、影ははっきりとした人間の輪郭を土間に描いている

おかしい

人がいないのに影が差すはずはない

あまりにおかしいことを目の当たりにしているからか恐怖は感じなかった

しげしげとおかしな影を見つめる

すると更におかしいことに気づく

私の影は自分の背後から屋内に向かって伸びている

それは私の背後から屋内に向かって光が差しているのだから当前のことだ

ところが謎の影は屋内から戸外の方に向かって伸びているのだ

まるで屋内の奥に光源があるかのような影の差し方だが、改めて屋内を見渡してみても闇が広がるばかりで光源などひとつもありはしない


思わず頭をかしげて、影の主になりそうな人や物がありはしないかと辺りを見回した

しかし背後にも狭い道のどこにも影の主になりそうなものは見当たらない

もう一度向き直ってみても影は依然そこにあり、私の影と並んで、しかし方向だけは逆に、そこへ差していた

影は私の影と同じように、ほんの僅かに揺れていた


これはどう受け止めたらいいのやらと考えあぐねていると、やおら影が動いた

私の影と平行に並んでいた謎の影は、私のほうに向かって伸びてきた

反射的に少し横に避けたが、影は私の動向など気に留める様子もなくするすると私の影の横を伸びていく

よくよく見れば、伸びているのではなく移動していた

本来あるはずの主を持たない影は、私の影とほとんど同じ大きさの影だけの姿で、するすると私の影の横をすべり、そのまま開いたガラス戸の框を越えて狭い道に出た

そしてどちらへ行くか迷ったように一度震えて、それからはもう止まることなくすうっと古屋群の奥へと消えて行った


なんだったのだろうと呆然としたまま影を見送って、ふと気づくと臙脂色の布を見ていた


またしてもおかしい

臙脂色の布はさっき私が引いて開けたのでガラス戸の横に纏まっているはずなのに

今はそれがなかったことのようにきれいに私の眼前に広がっている


更におかしいことには

臙脂色の布から光が透けている

まるで臙脂色の布一面に向こうから陽の光が当たっているかのようだ

臙脂色の布には薄ぼんやりガラス戸の木枠の影が映っている

それでようやく私は自分が屋内にいるのだと悟った

いつの間にか、先程まで向いていた方向とはまるきり逆の方向を向いて、廃屋の中に立っているのだ


何の音もないが、背後に何か得体の知れない気配を感じた

そうして始めておぞ毛立つような恐怖に襲われた

振り向けば何かとてつもなく良くないことが起こりそうで後ろを向くことができない

逃げ出したいのに指一本動かすことができない

私は臙脂色の布を見つめた

それしか縋るものがないかのように、ただじっと色褪せた臙脂色の、布の網目から透ける光を見つめた

好奇心に駆られた私のような迂闊者が、いつかガラス戸を開けてくれることを祈りながら

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