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呼応  作者: はじめ
30/40

30

生まれて以来どうやらずっとふてくされて生きている

当たり前のことではあるけれども

生きるためには食べて飲んで寝なければならない

もっと前提には

食べて飲んで寝るには金を得て住処と食物を得なければならない

更にもっと前提には呼吸をしなければ生きてすらいられない

そのどれもがわたくしにはご面倒でございます


やりたいことをやりなさいと

やりたいことをみつけなさいと

やさしい人は言う


最低限生きるための何もかもが面倒となれば

やりたいことなど一つぎりしかないのであって

突き詰めれば突き詰めるほどに

いつも同じ一つぎりの答えにしか辿り着けない

やさしい人はやさしく笑う

笑いながらだいたいの場合 少し困っている



小学校の通学路は長い長い畦道であった

下校時間には広く地平近くを見渡せるほどの空が

いっせいに赤く燃えだして

赤黒く影を作った雲の隙間から

黄金色の光の筋を射して寄こした

水を張った田は映し鏡になって

空と地面とからこのちいちゃな生き物を貫いた

以来ずっと

叱られて胸を詰まらせたときのように

どうしようもなく打ちのめされて

恐ろしいほどに長い畦道を

終わりが来ないまま一人とぼとぼと歩いている


私の側にはいつも恐れがいた

時にそれは私を脅かし

また時には守りもした

離れることの叶わない

殺したいほどに憎たらしく

また泣きたくなるほど頼もしい

腐れ縁の友に似た


深い深い絶望を感じた

私のものではない

まだ私の知ることのできていない

けれどもいずれ生き続けたのちに感じるかもしれない底知れない絶望

それを感じて私はこれ以降何も言えないのではないかと

しばらくの間言葉を探していた

それでいつものことながら

結局のところ思うままを言うしかないと至った

あけすけにいつものように

よく似た友を持つ友人に



車窓からは山藤がかわるがわる顔を出しては流れて去っていく

五月に帰郷するのは数十年ぶりか もしかすると初めてのことであったので

四十数分の間 こんもり繁った緑にこぼれる藤色を物珍しく眺めていた


生まれて以来どうやらずっとふてくされて生きている

いわゆる健康的精神ではない状態にあることを

生まれて初めて父に話した

父は意外にも 本当に意外にも

否定することも途中で口を挟むこともなく聞き

これまで気付かないでいたことを悪かったと言った


それで私の絶望の一端はきれいに消え失せた

鉛のようにのしかかる何かが消えた感触が確かにあった

けれども最低限生きるための何もかもが面倒であることは

何一つ変わらなかった


私の不幸は少しばかり減ってしまった

なけなしの不幸を土台に散文を書き散らしていたようなところがあったから

その土台が傾いてしまった今 何を書いても芯を取り逃しているような気がしてならない

私はただうろたえている

うろたえたまま まとまらない散文をこうして書いている



昭和三十年前後の写真と映像を好んで見ることがあります

なぜかはわかりませんがその頃の建造物や人の有様

文化やら文明やらに惹かれるきらいがあります

その頃へ生きた覚えはないのですが妙に懐かしく

よく見知った場所のような気さえします

きりりと帯を締めた和装の紳士も

スカートの裾を翻して颯爽と歩く洋装のご婦人も

今ではそれらのほとんどの人がこの世にいないものだということを

ある種の保険のように感じることも

その頃のものを好む理由の一つであるように思います

また今現在自分のいる場所の古い時代の写真を見ることがありました

今では隙間なく住宅がひしめいているこの場所が

広い原っぱにまばらに電柱が立つだけの大地であったのを見て

いつかまた遠くか近くかの未来にそれに近い大地に戻る日を夢に見て

何か温かく心が救われるような思いがするのでした

目を閉じずとも見える心地がしてきます

膝より高い草に覆われたどこまでも続く平野に

夜風のそよぎや虫の声までもが聞こえてくるようです

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