恩義の謎
カラフルな視覚エフェクト、壮絶な効果音に目まぐるしいフラッシュ…心拍数をあげながらいよいよ集中力はマックス!
…その瞬間、三浦康男は脳汁を噴出させながら左手でガッツポーツをしていた。
(やった!777 確変揃いだ)
その日も彼はパチンコホール「キングダム」にいた。
思えば、18の頃から40歳の今日までパチンコ愛好家だ。
多方面、多岐にわたって興味を示すけれども何事も長続きせずパチンコ店通いが唯一の趣味とも言えそうだ。長く続けているおかげで、それは彼の仕事にも入り込んでいる。案ずるなかれ、良い方に作用しているのだ。康男は広告関係の仕事に携わっている。主に右脳でデザインし左脳で具体化するいわゆるクリエーターである。良い広告のアイデアはひらめきだ。それは机に向かっていては到底浮かばない。自由で大胆で時代の少し先を行くプレゼンテーションを彼はパチンコをしながら考えているのだ。というよりもやはりその場所で良い「ひらめき」が浮かぶのだ。
彼の勤務先は電脳社、都内では中堅どころの広告代理店である。康男は、紙面広告のプランニング、新聞の広告展開などを担当していた。仕事はまあまあ順調だ。それでもたまに大きな凡ミスをする。
5月、クールビズに衣替えしたその日、康男は楠田部長の大目玉を食らった。
「康男ー!ちょっと来い!」
「はい」
(康男は思い当たることが何もなかった。作業中の岩間製菓の広告も順調に進んでいる)
「昨日の夜、制作から岩間製菓の原稿確認があったぞ。毎夕新聞15段、全段注文のはずが、半分になってるぞ。発注ミスだ。どうするんだ康男ー!」
康男は大きく後頭部を打たれたような衝撃だった。信じられない発注ミスだ!
あり得ない話だ。
大急ぎで毎夕新聞の草薙さんに「誤発注の電話」を入れたが無理だった。二週間先の15段がまだ空いている筈が無い。せめてその日の新聞に掲載予定の会社名を教えてもらうのが関の山だった…。康男は全国紙3紙の紙面を押さえていたが当然同じ失態だった。
こういう時、全力でフォローしてくれる楠田部長だが、今回だけはお手上げだ。鈴木広告局長と会議室にこもりスポンサーへのお詫びと補償の打合せを行っている。
今回の岩間製菓の広告内容は多媒体も連動した新商品の全国展開であるだけに事態は最悪、超がつく最悪であった。発売日初日の全面広告だったのである。補償で聞いてもらえば良いが、今後の取引停止ということになれば失う仕事は5億10億ではおさまらない。
彼は、会社を飛び出し途方に暮れ後悔に打ちひしがれた。やがて康男はぷーっと一服した後、ついに頭が空っぽになった。プツゥと眉毛を一本抜いて決めた。
(これからの身の振り方を含めて「齋藤」に相談してみよう)
齋藤とは、斎藤光太郎、大学以来の友人であった。
斎藤は、康男と同業の仕事についていた。同業といってもスケールがまるで異なる国内トップの広告代理店「電報社」に籍を置いていた。共に二流大学の卒業生ながら斎藤は優秀だった。正確にはいつの間にか優秀になっていた。学生時代には仲間で馬鹿をやっていた間柄だが知らないところで見識を広げていたんだろうと靖男は思っている。彼とは妙に馬が合い仕事のジャンルも同じことから友人関係が続いていた。困り果て、斎藤に相談するのは今回で三度目になる。
「おう 康男、ひさしぶり。元気か?」
「まあ…。」
「どうしたんだ?」
康男は事のあらましを齋藤に語った。身の振り方をどうすればいいんだろう?ということを彼に聞きたいのだ。だまって話をきいていた齋藤だが、やがてふーっと深呼吸をしてプツゥと眉毛を一本抜いて、明快なアドバイスをおこなった。
「康男、こういう時に一番大事なことは何だろうか?」
「…。直謝りしかないかも」
「古臭いかもしれないがこういう時は誠意だ。失敗は誰にでもあるんだ。誠意で動こう」
「何をすれば?」
「予定通り、15段の原稿を作るんだ、ピカピカのとびっきりの原稿を作るんだ。《日付がズレてでも》掲載したくなるような原稿案だ!」
「えっ」
「時間が無い、ウチのスタッフを送るから一緒に作業してくれ」
「わ、わかった」
康男は少し落ち着こうと、喫茶店でコーヒーを飲んだ後、東新橋の会社に戻った。制作部に顔を出した彼であったが、驚きの情景を目にする。齋藤が言っていた電報社のスタッフと自社の社員がテーブルで打合せを行っているのだ。
早速 名刺交換をすると、
吉岡奈緒子とある。年齢は30代半ばくらいか…。
「三浦課長、吉岡さんってあのJPN広告大賞を二度受賞している人ですよ」
制作部の林が教えてくれた。
楠田部長にもすでに話は通っていて、数日共同で作業をすることになっていた。
「みなさん、集中していきましょう!」
「はい」
(凄まじい統率力だ)康男は呆気に取られていた。
紙面取りを間違えたのだから、1/2紙面の原稿も準備しないといけないではないだろうか?不安に思いながらも3日が過ぎた。
3日目の朝、岩間製菓に報告すべき限界の日とあきらめ、小ざっぱりと身支度し会社に出社すると、社内が活気に満ち溢れていた。制作部の面々と助っ人の吉岡が一面広告のカラー原稿を仕上げたのだ。配色の良いパステルカラーの紙面広告である。ほぼセンターに岩間製菓の新商品が並んでいる。(日本画の様だ)康男はそんな印象を受けた。
CMタレントが箇条書きでコメントを載せている。(中央の黒点を20秒ご覧ください)
「おおっ」
紙面上の立体広告だ。
そして、ごあいさつ、というQRコードをスマートフォンで読み込むと、岩間製菓新潟工場の工場長の挨拶VTRが出てくる。別なQRコードからは工場での生産ラインのVTRが登場した。
CMタレントからのお知らせでは、QRコードを通しキャンペーン告知が展開される。特製のクオカードが当たるようだ。
「これは素晴らしい」
楠田部長が近寄ってきた。不思議なことに怒っていなかった。
「毎夕新聞の草薙さんに電話してくれ!俺は用件は聞いたがな?わっはっは」
まさに判決を受ける気持ちで出社したが、部長の様子がどうもおかしい。彼は毎夕新聞の草薙さんに電話をかけた。
「電脳社の三浦ですが…」
「三浦さん、楠田部長に聞かれましたか?」
「いえ」
「そうですか!実は岩間製菓の全面広告の掲載がご希望の日に可能になりました。他の新聞社も一緒です」
「えええええっー」
「私も詳しくわからないのですが、上から連絡があって変更しましたのでその連絡でした。」
「あっ、ありがとうございます。」
康男は、その時齋藤の顔が浮かんだ。(齋藤だ、間違いない。斎藤がやったことだ)
その日の午後、鈴木広告局長から呼び出しがあった。
「三浦君、どんな手を使ったんだ。まったくわからない。」
「私もわかりません、偶然かと。」
「偶然ではない!中央紙の全面広告枠が簡単に空くはずはない。原稿だってそうだ、あの原稿は新鋭の日本画家が描いたそうじゃないか?」
「わかりません。」
「とにかく、よくやった。先程、岩間専務から電話があってね、今回はTVCMを変更して、キャンペーン告知は新聞主導にしたいということだったよ」
「はい」
「若い人の新聞離れが進んでいる中で、会社としても業界としてもありがたい。」
10日後、岩間製菓の新聞広告は無事全国展開された。スポンサーも大満足だという。
康男には楠田部長から社長賞の金一封と休暇が与えられたのである。
齋藤には連絡を入れたが通じない、LINEメールも既読表示はあるものの返信がなかった。康男は特段あてもなく「キングダム」にいた。今日は北斗の拳の新台だ。平日の日中なので余裕で座れた。
(それにしても齋藤はどんな強硬策を使ったんだろう。多分 人脈・知り合いをあたって、変更手続きをしてくれたのだろう、それにしても…)
ボっとしてるその瞬間、数字が揃った。777だ!
「いい感じじゃないか?」
「えっ」
隣に座った男はなんと齋藤だった。
「さいとー!」
「なんだお前、サボりか?」
「ちがう ちがう」
店内のBGM音量が大きいので、つい大声になってしまう。
「今夜、少し空いてないのか?」
「大丈夫だ」
「じゃ~ 8時にカレンで」
「了解、じゃあ」
カレンというのは康男行きつけのバーであった。長く通い詰めている。接待でも使うし、プライべートでも訪れている。マスターの高木も学生時代からの友人であった。康男はその店にとっておきのウイスキー(山崎18年)を数十本隠してあった。高木は料理も出来るから、簡単なオードブルを頼み寿司の出前をお願いしてあった。
8時少し前に齋藤は吉岡奈緒子を伴ってカレンに現われた。
康男はお礼も言いたかったし彼女の訪問を歓待した。
「吉岡さん、今回は大変お世話になりました。本当にありがとうございました。」
「いいえ、たいしたお役にも立てず…」
「とんでもない、とても感謝しています。」
「それにしても…良かったです。」
奈緒子は少し涙ぐんでいた。
(えっ?)康男にその涙の意味は分からない。
そして彼女は30分ばかりで帰って行った。
「齋藤、今回は助かった、どんな手を使ったんだ?」
「どうしたと思う?」
「紙面を買っていた他の広告主の掲載日を変更させたんだろ、あの手この手で」
「そうだ」
「さすがだな」
「いや、変更させるのはそんな苦労でもない。その事後処理が大変なんだ。代替えの企画を練らないといけないから。昨日までドタバタだったよ。ハハハ。」
「そうだったか。」
山崎18年は本当に銘品だと思う。ウィスキーながらほんのりラムレーズンの香りがする、高級なアイスクリームの香りもする。心地よく良いながら三人は夜更けまで語り合ったのである。高木は「カレン」を貸し切りにしてソファに毛布を用意した。康男は飲み過ぎた時、この店に泊っているのだ。
高木がいびきをかいて眠りだした頃、康男はあらためて齋藤にお礼を述べた。
「齋藤、本当にありがとう。恩に着る。」
「何を言ってる。当然だ。」
「そうかな?」
「俺はお前に恩義があるんだ、前にも話をしただろ。」
「そうか?」
「そうだ。」
…実は康男は、その「恩義」というものが何かわからないのだ。
「あれから何年になるかな?」
「大学1年の時だから、20年以上前になるな。」
(20年以上前の話か…)
その年は季節が早く6月は晴れた日がほとんどなかった。週末の広告主との会食の後、康男は、カレンに立ち寄った。カウンターで薄めの水割りを飲んでいると齋藤の言葉を思い出した。
「ところで高木、学生時代の齋藤のことを覚えているかい?学生の頃、斎藤は俺に恩義があるっていうんだ。」
「なんだよ、康男。齋藤は言ってたじゃないか?お前に世話になったって。」
「なんだよ、それ?」
「お前は彼奴に大学の授業料を貸してやったのさ。俺なんか一万円も貸してくれなかったって今だに言われるよ。」
「なんだ、それ?いくら貸したんだ。」
「50万円とか言ってたな。納期を過ぎると退学になるって。それにしてもあの時分にお前はよくも50万円も持っていたな!」
(んー思い出せない。俺が金を貸したのか?)
無理に思い出せないものは思い出さない、康男はそういう男だった。また、今日も有給消化の為、パチンコ「キングダム」にいる。ゴルゴ13の新台だ。ズキューン、とピストルの音がなり激熱のリーチがかかった。3、2、1、0、プッシュボタンを押す!白い煙を出して数字は外れて消えた。
…が、次の瞬間、画面の電飾が反転、七色に展開し、777の数字が浮かび上がった。復活大当たりである。
ドキューン!!!
激しい鼓動が康男の胸を打ち、同時に20年前がフラッシュバックした。
(思い出した。俺は大学に入学したての頃、まだ友達も少なく毎日パチンコをしていたんだ。儲けた金を焼き海苔の缶に詰め込んでいた。一日3万円から5万円くらい勝って、たまに数万負けても1カ月で相当な大金になったんだ。)
康男が齋藤に貸したお金はそのあぶく銭だった。どうせ身に付かない金だからと躊躇せず、斎藤に渡したのだった。海苔缶の中身は数えたことが無かった。缶ごと彼に渡したのだ。(そうか、あの中身が50万円もあったのか?)
それから、康男はこのことを齋藤に話すことは無かった。季節が変わりお盆を迎える。
康男は、5年前に癌で亡くなった父親の墓参りに来ていた。
彼と違ってまじめな父は生前にしっかりと終活作業を進めており小さな墓石も準備していた。線香と小さな墓花を用意して定位置に向かうと、思わぬ人物と出くわすこととなった。
「なんだ、斎藤じゃないか?」
「康男!」
前段の吉岡奈緒子も一緒である。
「お前んちの墓はここじゃないだろ?」
「今年はタイミングが合ってしまったな。」
「どういうこと?」
「俺は三浦孝蔵さんの墓参りに来たんだ。お前のおやじだよ。」
「えっ」
(~筆者は眠くなってしまい、いきなりクライマックス~)
齋藤の話によれば、亡くなった康男の父は、斎藤の父親の恩人だということであった。齋藤の父親が経営する印刷会社が傾いた時、地方銀行に勤めていた康男の父がその危機を救ったという。しかも銀行に無断で数億の金を動かしたのだそうだ。おまけに彼は取引先も復活させたという。
「知っての通り、俺のおやじも4年前に亡くなった。おやじは生前、お前の父親に恩返しをしたかった、としきりに言っていた。俺と俺のおやじは『二代にわたって』助けられているわけだ。」
「そんなことがあったのか?」
康男は、話を整理して改めて齋藤に感謝した。
「色々ありがとうな、斎藤。」
「それよりな、康男。この先は共同で行こう。奈緒子さんもお前にひとかたならぬ恩義があるそうだ。」
「えっ?」
「お前はどうも危なっかしい所があるから、一緒に仕事をした方がいい。」
齋藤は、吉岡さんも入れて一緒に会社をおこそうというのである。既に複数のスタッフとスポンサーが決まっているらしい。
3人は話し合いの末、1年後に会社を設立することにした。
…3年後、会社は従業員50人規模だが極めて優良な広告代理店となった。康男が失敗を仕出かす度に齋藤と吉岡が新発想のアイデアを生み続けている。
康男は相変わらずパチンコは続けている。
~終~
(吉岡奈緒子と康男のエピソードは別稿にて)






