三話あっちからこっち
高杉が目を閉じ、力を入れた拳がワナワナと震える中で、記者の問い掛けが続く・・
「マウスはゲージの中に入れてましたか?」
「はい」
「研究室は密室ですよね。たとえゲージから逃げたとしても、まだ研究室の中に居たんじゃないですか?」
「何度かゲージから抜け出した事がありましたが、名前を呼ぶと出て来ました・・でも・・もう、いくら呼んでも出て来なくて・・」
「マウスに名前は付けてましたか?」
「はい、トムと・・」
「ペットにしてたんですか?」
「ペットと言うか・・長く一緒に研究してましたから、仲間と言うか、友達みたいな・・」
「ほーっ!マウスが友達ですか!あなた、他に友達は?」
「いません・・」
「あなたにとって唯一の友達であるマウスを自分の研究に使用していた訳ですね・・」
「・・・・」
高杉は目を閉じたまま、下を向いた・・
「それなら、あなたにとっては友達でも、マウス・・いや、トム君からしてみれば、あなたは悪魔ですね・・毎日、検査や実験、いろんな薬を注射される。よく友達だなんて言えますね!」
『僕になついてたんです・・』
高杉はボソッと小声で呟いた・・
「はぁ?・・なんです?」
高杉は目を開き、立ち上がって大声で
「僕によくなついてたんです!僕達は、多くの人が喜んでくれると信じて、一生懸命頑張っていたんです!」
高杉の目に涙が滲み出ていた・・
「喜んでくれると頑張っていた・・あなたの事を世界中の人がどう言っているか知っていますよね・・ペテン師ですよ!今や、世界中の人があなたの事をペテン師だと言っている・・研究者として、あなたはどう思います?」
「ぼ・僕は子供の頃から夢だったんです・・沢山の人が喜んでくれる研究をすることが・・」
「それが今や、ペテン師ですか・・」
高杉は、目を真っ赤にして記者を睨み付けると
「僕は、世界中の人が幸せになって欲しいと思って研究を・・みんながぁ・・幸せ・・うっ・・」
高杉の目から涙がこぼれていた・・・記者は、それを目にして更に語気を強める。
「あなたは世界中の人を欺いたのですよ!作っても居ないものを作ったと言い!無いものをあると言い張る!泣いても許されませんよ!捏造した事を認め、世界中の人に謝罪しなさい!」
「だから・・ちゃんとあるんですって、スーパージョブ細胞はありますから・・」
「あると言ってれば逃れられる!大間違いですよ!もう誰もあなたを信用していない!さぁ!捏造を認めて謝りなさい!この、ぺてん師め!」
高杉がどれだけあると言っても、記者はしつこく否定を繰り返し、ぺてん師と罵る・・
高杉は疲れ果て・・
「もぉーっ!・・だからぁー・・ちゃんとあるんですって!しっつこいなぁ~・・スーパージョブ細胞は、ある!ある!ある!ある!あるんです!」
大声を張り上げると、記者は軽蔑の眼差しを向け
「意地でも捏造を認めないつもりですか・・失望しました・・私達は、真実が知りたかったのに・・これ以上あなたと話しても時間の無駄ですね・・」
記者の冷たい視線・・・晒し者にされた高杉は、怒りと悔やさに天井を見上げ
「ちっきしょお~・・俺が、何をしたって言うんだ・・スーパージョブ細胞は絶対にあるんだ!俺はちゃんと作ったんだから・・何で信じてくれないんだ・・」
長年の苦労を思い出し、押さえきれないが悲しみが込み上がると
「うわぁあ~ん!うわわわわぁ~~ん『プッン!』」
刑事が停止ボタンを押した・・
「大人が大声張り上げて、泣いてンじゃねぇよ!」
高杉は目を閉じ俯いていた・・
「で、お前はヤケを起こして、公園で刃物を振り回したんだなっ!」
「ちっ違います!俺は刃物なんか振り回してないです!」
「ほーっ!このヤロー!オレにまで嘘ついてゴマかすつもりか!」
刑事が目を見開いて高杉の胸ぐらを掴み掛けたその時!
「トン!トン!」
ドアをノックする音が響き
「梶刑事、ちょっと宜しいですか?」
取り調べ室に赤いピンヒールを履いた髪の長い女と大柄でサングラスの男がズカズカ入って来た!
「何だ?てめぇら!」
「私達は、国家情報保安保障局の者です!」
女はそう言うと、1枚の紙切れを目の前に出し
「その男をこちらに引き渡してもらいます。ここに署長のハンコも押して有りますので」
梶は、強面の顔を更に強面にして立ち上がり
「てめぇら!手柄を横取りするつもりか!」
女に詰め寄ると、サングラスの男が割って入る!
強面男二人が顔を近付け睨み合う横を女がすり抜け
「あなた達は、にらめっこでも取っ組み合いでも、お好きになさって!」
と言って、高杉を連れて出て行った・・
女が高杉を助手席に乗せ運転席に乗り込むと、サングラスの男が後ろに乗り込んで来た。アクセルを踏み込み警察署を後にする・・
高杉は強面の刑事から開放され、ほっと一息付いたが、ここにも強面がいる・・チラチラ後ろを振り向き、落ち着かない様子でいると運転席の女が
「気になる・・彼の事?」
「まぁ・・」
「彼は、ウチで雇っている殺し屋よ!」
「えっ?殺し屋・・冗談ですよね・・」
「冗談?・・私は冗談は言わない主義なの・・でも安心して、あなたには何もしないから」
「俺・・何処に連れて行かれるんですか?」
「新宿にある私達の支部よ」
「取り調べですか?」
「まあ、そんなところね・・」
「俺、包丁なんか振り回してないです。どうか、信じて下さい!」
「そうねっ!あなたが包丁を振り回していない事は分かってるわ!」
「本当ですか!じゃあ、この手錠外してくれます?」
「ごめんなさいね・・外してあげたいけど出来ないの・・警察の手錠でしょう。ガキがないの、我慢してねっ!」
車は新宿の地下駐車に入っていった・・地下二階の一番奥の駐車スペースに車を止め、女がリモコンを取り出しボタンを押すと、壁が開き車ごと中に運ばれ閉まった・・
壁の中は8畳ほどの車庫になっていて、正面にはエレベータと下へ向かう階段・・
「さぁ!今から地下300メートルまで降りるわよ!」
ピンヒールの女が笑顔を魅せている・・
高杉に嫌な予感・・エレベータに乗ったら最後、もう戻って来れないかも・・何とも言えない胸騒ぎを感じていた・・・