第9話・なんでネームしかできてないんですか? ミライさん
「あぁ〜……腹いてぇ、っつか腸がいてぇ」
木製の椅子に座りながら、俺は思わず声を漏らした。
結構アッサリ決断したはいいのだが、考えてみればギルドでの生活しか知らない俺が、学び舎で順応できるのだろうか……。
なんか手続きは既にマスターがやってたらしく、一週間後に試験。
そこで合格すれば再来週には編入とのことだった。
「マスターってさ、絶対後先考えずにスカウトするって顧問に宣言して慌てた口だよな。俺が来る前に手続きほとんど終わってんのがいい証拠だ」
机を挟んだ対面には、明るい茶髪のポニーテールを揺らしたミライが座っている。
「絶対そうだよ〜、アルスのこと伝えるまで毎日ずっとソワソワしてたもん。あの大英雄さんが逆らえない顧問って誰なんだろうね〜」
ケラケラと笑うミライ。
服装は薄手のシャツにショートパンツ、そんな格好なのはここが彼女の自宅だからである。
「マスターって、ああ見えて結構抜けてるところあるのよ。かなりの頻度でお皿割るし、わたし的には裏で経理でもやっててもらう方が安心なのよね〜」
上機嫌そうに話している。
だが、俺は姿勢を整えると同時に目を据えた。
「さて、雑談はここまで。今日俺がわざわざ家まで来た理由はわかるよな?」
「うっ……」
汗だくで目を逸らそうとするミライへ、俺は置いてあった原稿用紙を突きつける。
「こっち見なさい、これ––––なんでネームしかできてないんだ? 同人誌即売会まであといくつですか?」
「い、一か月切ってます……」
「この惨状でよくマスターのことを言えたな、まったく……」
俺は広いテーブルに、道具一式を展開した。
全てマンガを描くための物だ。
「トーンやベタ、仕上げ作業まで面倒見てやる。お前はとにかく描け」
「ありがどぉおぉおおおっ!! アルスぅ! あんたホント最高の男だよぉ!!!」
「俺が借金沙汰でゴタゴタする前は、よくこうして手伝ってたしな。その代わりコーヒーと飯をいただく」
「いいよいいよ! じゃんじゃん食って!」
本当にこいつは、黒髪で陰鬱そうな顔してた時とあんま変わんねえな。
まぁ、そこが良いとこではあるんだけど……。
「ところでさ、ミライ」
向かい合いで原稿作業を進めながら、俺は手を止めずに聞く。
「『同人誌即売会』って、結構歴史長いよな」
「そうねぇ、今年の夏コミで確か20年目。きっかけというか前身は、どこから来たかわかんない黒髪の外国人が、自国の文化として出店を出したのが始まり」
「日本人とか言ったか? お前の母親もそうだよな」
「うん、わたしは日本人と王国人のハーフよ。子供の頃トラックに轢かれたと思ったらここにいたんだって」
「何だそりゃ」
ふと時計を見れば、深夜1時を過ぎていた。
さすがに眠気が襲ってくるが、『神の矛』にいた時はこの時間帯も普通に働いてたので慣れてはいる。
休憩がてら窓際でコーヒーを飲んでいると、マグカップを持ったミライが近づいてきた。
「マジありがとね、アルスが手伝ってくれてなかったらホント詰んでたよ」
「気にすんな、給料入るまでにまだ結構あるし俺も助かってる。学業やバイトこなしながらとかお前普通にスゲェよ」
窓から入ってくる夜風が、ミライの髪を揺らした。
思えばここは女子の家、しかも二人っきりで苦楽を分かち合うムード。
「なんか……」
「なんか……」
俺とミライは、ふと見つめ合った。
「「めっちゃ恋愛イベっぽくね?」」
綺麗にハモる。
腐ってもヲタク同士、どうやら全く同じことを考えていたようだ。
「ありえねぇ〜、アルスがわたしの恋人ぉ?」
ジッと見つめてくるミライは、殺人級に可愛いくニッと微笑んだ。
「うん、友達でいいや!」
「ぶっ殺されたいかよ?」
「女の子にグーは駄目! グーは! っつかアンタ恋愛とか興味あんの?」
「そら思春期だしな」
さらに近づいてきたミライが、いやらしい笑みを浮かべながら見上げてくる。
ちょっ、近い……。
「じゃあさ、アンタがもし学園の生徒会長になったらわたしが付き合ってあげるよ。絶対無理だろうけどね〜wwwwww」
ご近所さんに聞こえそうな声で爆笑するミライ。
そんな彼女に、俺はコーヒーを一気に飲み干すと––––
「偉そうなことは、ちゃんと自分の原稿終わってから言うように」
悪戯っ子相手の要領で、ミライの頬を軽くつねった。
学園ね……、そもそもちゃんと入学できるのだろうか。
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