第89話・到着! 温泉大都市ファンタジア
「あっ、おかえりアルスー♪! 大丈夫だった? まぁアンタなら大丈夫だろうけど〜」
車内に戻ると、敵を完全に制圧したらしいミライが飛びついてきた。
にへら顔の彼女をポンポン撫でながら周囲を見渡す。
「俺は大丈夫、心配かけたな」
ユリアとアリサも無傷のようで、鉄道会社の職員や同乗していた軍の人と話している。
だが、一様に困惑が漂っていた。
その理由はすぐにわかる。
「これはまた……」
亜人少女の見た目だったホムンクルスは、死体のほぼ全てが気色悪い植物に変わっていた。
「あっ、会長……戻られたんですね」
「とりあえずな。そっちも無事でよかった……まぁ疑問は残ったみたいだが」
見下ろす俺へ、迷彩服に身を包んだ男性が近寄ってきた。
「君かい? 敵の飛行艇を撃墜し、車上の敵歩兵を殲滅したのは……」
「不本意かつ成り行きではありますがね……、軍の人ですか?」
「あぁ、私はミリシア陸軍の兵站部 輸送護衛課の者だ。3等軍曹を拝命している」
鍛えられた体格の軍曹は、帽子を下ろすと額の汗を拭った。
「正直……実に助かったよ。あの機関砲では射角が取れない上、焦った新兵が無闇なフルオート射撃で銃身加熱を起こしてしまった」
「あぁ、それででしたか」
機関砲というのは、撃ち続けているとバレルが熱せられる。
そうなれば変形し、精度悪化はおろか最悪撃てなくなるのだ。
「君たちは冒険者かい? ずいぶん腕が立つようだが……」
「いえ、王立魔法学園の学生です。今日は生徒会で旅行に来ただけだったんですが」
「なるほど……! 大陸一の学び舎で名高いあの学園か。そこの生徒会となれば実力も納得だな」
国防省を始め、政府や軍上層の人間は王立魔法学園出身が多いと聞く。
ここから幹部学校へ行く軍人も少なくないのだとか。
「––––ところで会長、この後はどうしますか? ひとまず倒しはしましたけど……」
植物をピョンっと飛んだユリアが、アリサの手を繋いでやってくる。
ウーン……当事者になってしまったとはいえ、敵を撃退した以上もう出来ることなんてないしなぁ。
そう頭を悩ませていると、察したように軍曹が前へ出る。
「君たちは旅行の最中だったんだろう? おかげで民間人の犠牲者はいないし、後始末など我々に任せてもらって構わない」
「大丈夫なんですか?」
「問題ない、元々列車の護衛は私の管轄と責任になっている。後日警務隊が聴取に行く可能性はあるが––––」
軍曹は俺にくっつくミライを見て、微笑んだ。
「せっかく温泉都市と名高い【ファンタジア】へ来たんだ、“彼女さん”や友達を楽しませてあげるといい」
ボンっと、ミライの顔が一気に赤くなった。
「い、いや……っ。わたしとこいつまだそんな関係じゃないし、キープというかライトな感じっていうか、別にまだ恋人同士じゃ––––」
こいつ……、アルテマクエストで実質“告白”みたいなこと言ったのにまだ照れてんのか。
ふと見れば、ものすごく焦ったそうにしたユリアがミライを睨んでいた。
「ブラッドフォード書記、貴女……もう実質会長へ告ったようなものなんですから、わたしの解釈的にもサッサとくっついて欲しいんですが」
「こっ、このカプ厨めっ! ……だってまだ、アルスを正面から求められる人間になれてないもん。本当の告白はもっとあとって決めてて……」
「そう思うのは勝手ですが、引くて数多の会長のこと––––グズグズしてたらあっという間に取られますよ? たとえば……」
意味深にニヤついたユリアが、自らを指さした。
「わたし……とか」
「おぐっ!」
ガックリと項垂れるミライを見て、ケラケラ笑うユリア。
微笑ましく一緒に笑った軍曹が窓を指す。
「ほら、見えてきたよ」
俺はその光景を見て思わず胸を打たれた。
それはまるで外国のような、王都と全く違う高層建築群が飛び込んできたのだ。
「ようこそ【温泉大都市ファンタジア】へ、ちょうど今日から一週間––––水の天使の祝福を願う『豊水祭』が始まる。ぜひ楽しんでいってくれ」
生徒会初の温泉旅行––––その目的地は発展した水の都。
俺はこの時まったく思っていなかった……この街で、繋がりを断割された“アイツ”と出会うことになるなど。