第82話・逆襲を誓う竜王級と大英雄
「あ〜、疲れた……」
騒動の事後処理を終えた俺は、疲労困憊の状態で家に帰りついた。
喫茶店の扉を開くと、カウンターから声が掛けられる。
「お疲れアルスくん、ずいぶん大変な1日だったみたいだね」
喫茶店ナイトテーブルの店主にして、俺へ道を示してくれた大英雄––––グラン・ポーツマスこと、マスターだ。
食器を拭きながら、ニコニコと温かい笑顔で迎えてくれる。
「ホントですよ……、どういう思考回路してたら学校でモンスターを召喚するのか理解に苦しみます。まぁ収まったので良いですが」
「ハッハッハ! どこの世界にもそういう連中はいるもんさ、けどまぁペナルティくらいは付けてやって良いんじゃないかな?」
「異世界研究部は、来学期の活動予算を7割カットしてやるつもりです。悪の生徒会呼ばわりされようが知りません」
案外……フィクションでよくある生徒会権限で部活廃部の下りは、こういう背景があるのかもな。
客もいないので適当な椅子に座ると、マスターが紅茶を持ってきてくれる。
「紅茶……どうだい?」
「あぁすみません、いただきます」
俺の正面へ向こうも座る。
マスターは改まったようにして、その頭を下げた。
「君には重ねてお礼を言わせてくれアルスくん、先日は妹のカレンを救ってくれてありがとう……もしアイツ1人だったら、きっと殺されていただろう」
アルテマ・クエストでの件を聞いたマスターは、あれから何度もこうしてお礼を言ってくれている。
現在カレンは動けるまでに回復したが、まだこの家の2階で療養中だ。
「そう何度も言わなくて大丈夫ですよ、元はと言えばラントの狙いは俺だったんですし」
「……」
妹大好きなマスターは、帰宅したボロボロのカレンを見て本気で取り乱していた。
あんな姿は初めて見た……。
そんで、今はカレンを毎日看病しているらしいのだが、過保護すぎてウザがられている(可哀想)。
「マスター、1つ伺っても良いですか?」
「なんだい?」
「マスターはどこまで掴んでいるのですか? ……闇ギルド『ルールブレイカー』について」
「……普段なら適当に誤魔化すんだけど、君は不運にも当事者だしな。––––いいだろう」
姿勢を正したマスターは、端正な顔を真面目そうに俺へ向けた。
「ヤツらは––––君の古巣、『神の矛』と組んでアルスくんの能力を奪おうと全力を出している。ラントが差し向けられたのもその一環だ」
やはりか、どこまで逆恨みすれば気が済むんだろう。
俺をギルドから追い出しておいて、困ったら戻ってきてくれと懇願……挙句は復讐者気取りか。
「マスターはどう動くおつもりで?」
「僕かい? そんなの決まっているだろう………ヤツらは僕の妹に手を出した。……たった、たった1人の家族にだ」
全身からカレンと同じ蒼焔を滲ませ、マスターは憤怒に満ちた笑顔を作った。
「完膚なきまでに殲滅するつもりさ、大英雄として、カレンの兄貴としてね……それは君もだろう? アルスくん」
さすがによくわかってらっしゃる……。
俺の腹づもりはとっくに決まっていた、ヤツらが手段を選ばぬというのならこちらも同様だ。
「えぇ––––もちろんです。理想を追い求める努力もしない、他人を蹴落とし奪うことしかできない人種には、嗚咽し悔やみ泣き叫ぶまで思い知らせます」
そう優しい笑顔で返す。
連中は一線を超えてきた、向こうがその気なら応えねばならないだろう。
元の弱さが嫌で目を逸らすなら、改めて自分がいかに矮小かを思い知らせる。
遺跡で爆散したラント同様、俺にけしかけたことを泣いて後悔するまで拳を振り下ろそう。
全身の骨を砕いてでも、グリードとミリアには代償を支払ってもらう。
っと、物騒な本音は口に出さずとりあえず胸中へしまった。
「良い返答だ、生徒会長殿。まぁ息巻いてみたが現状だと後手に回るしかないがね……まだ本拠地まではわかっていないんだ」
「大丈夫ですよ、俺はそちらの続報を待っていますので。それに……どうせ連中から仕掛けてきてくれるでしょう」
「大丈夫かい? 連中の嫉妬は激しい……天才に部類する君の仲間も既にリストへ入れられているだろう」
「俺も––––おれの生徒会役員たちも、人工宝具でイキってるだけの能無しに負ける玉じゃありません」
そう、だからこそ迎撃態勢は万全にしておきたい。
「マスター、壊れた宝具を修復する方法ってないんでしょうか?」
今日の戦闘で真っ二つに折れてしまったユリアの宝具、『インフィニティー・オーダー』についてだ。
なぜああなったのか、直せるのか……この人くらいにしか聞けない。
「宝具が壊れるというのも珍しい、非常に申し訳ないが僕も専門外でね……こう見えて使うのもままならん男だ」
「けれど」と付け加え、マスターは手近な紙にメモをサッと書いた。
「旧知の仲に、宝具を専門とするヤツがいる。彼女に聞いてみれば色々わかるんじゃないかな?」
渡されたメモには1つの名前––––“ルナ・フォルティシア”と記されていた。
宝具の研究や、活用についてなどについて知見があるらしい。
だがそれよりも、俺は名前のインパクトに驚いた。
「王国屈指の天才魔導士……大英雄に並び立つという、古の大賢者ですよね? この人」
「あぁ、宝具ヲタクの彼女ならきっと詳しい。今は【温泉大都市ファンタジア】に住んでいたはずだ。もうすぐ夏休みだろう? 息抜きもかねて行ってみるといい」
光明が見えてきた。
さっそく明日みんなに相談してみよう、温泉大都市か……生徒会として親睦も深められ––––
「………………」
そこまで言って、俺は気づいてしまう。
俺以外、全員……女子じゃん、童貞の俺が温泉行こうなんて一体どう切り出せば良いんだよッ!?
いきなり最大の壁が立ちはだかってしまった––––