第75話・後方で守られてばっかのヒロインじゃ萌えない
「ど、どうしようアルス……! 気絶した2人でもう荷台いっぱいなんだけど!」
パニック気味のミライが、焦った表情でこちらへ駆け寄る。
俺は運転席に入りながら指示した。
「親から貰った足があるだろっ、軽傷のお前は悪いが走ってもらう」
「マジ……?」
「マジ、体操服とかいうネタ装備が輝く瞬間だ。一番動きやすい格好してるんだから我慢してくれ」
キーを回し、エンジンスタート。
既に背後からは、重武装魔導機兵が迫っていた。
誰も殺さない、誉れある王立魔法学園の生徒会長––––その意地にかけて必ず生還させる!
「行くぞッ!!」
アクセルグリップを握り込み、ケッテンクラートをハイモードへ。
ギアを操作し、急発進した。
後部の2人は、落ちないようロープを使いくくっているのでとにかく飛ばす。
横をミライが雷を纏い、全力で並走していた。
「次曲がるぞ!!」
「オッケェ!」
ハンドルを切り、急カーブ。
上へ……! とにかく上へっ。なりふり構ってなどいられない。
こいつらを振り切らないと、カレンたちへの治療すら不可能だ。
しかし、事態はなかなかに切羽詰まり始める。
「クソッ! 左だ! 迂回する!!」
俺はケッテンクラートの操縦に忙殺されており、攻撃が一切できない。
押し寄せる魔導機兵は、着実に増えていく……。
ジリ貧なのは確実、アレに賭けるべきか。
だが……僅かでも不確実な可能性に頼っていいのか?
「ゥっ……」
カレンが苦しそうに呻き、魔力がさらに減少していく。
マズイ、1秒でも早く治療しないと本当に彼女は死ぬ……。
アクセルはもう止められない。
敵は次々に湧いてきた。
そして、恐れていた事態が現実となる。
「そんなッ……!!」
並走していたミライが、絶望したように漏らす。
広大な通路を埋めるようにして、魔導機兵が壁を形成していた。
天使とやらを止める最終防衛線だろう、一斉に魔法陣が視界いっぱいへ広がった。
もうなりふり構ってなどいられない、俺は叫んだ。
「ミライッ!!」
「は、はいっ!」
「お前に託すッ!! あのふざけた壁をブチ抜けッ!!」
「ッ!?」
敵との距離が迫るも、彼女は未だ逡巡していた。
涙目で抗議してくる。
「む、無理だよ! わたしなんかがアイツらに……そんなことできないよ! さっきみたいにアルスがやってよぉッ!!」
「甘ったれんなッ! 俺が運転をやめたらカレンたちは死ぬんだぞ! それに––––」
俺は一縷の望みに賭けて、ミライへ怒鳴った。
「悔しくないのか!? オーガにも、魔導機兵にも、ラントにも負けて……! 後方で守られてばっかのヒロインじゃ萌えないってのはお前が昔言った言葉だろッ!」
ハッと、ミライはうつむきかけていた顔を上げる。
「忘れんなッ! お前は映えある王立魔法学園のトップランカー!! そして俺の生徒会で、ユリアに認められて書記を務める魔導士だ!! 創作と同じ、やる前から諦めてんじゃねえっ!!」
渾身の想いを込めた叫びは––––ミライの心を突き動かすに十分だった。
荷台の空いていた小さいスペースへ飛び移った彼女は、ペン型魔法杖を両手に構える。
「あーあ……、ホントずるいなぁアルスって。この状況の無茶って普通無理なんだけど––––」
ミライの魔力がドンドン上がっていく。
これは彼女だけの力じゃない、アーティファクトであるペン型魔法杖が、ミライの魔力と共鳴しているようだった。
「アンタに言われたら、不思議とやっても良いかなって思わされるッ!」
ミラーに映っていた彼女の姿が、大きく変わった。
全身に雷がほとばしり、茶色だった瞳がエメラルドグリーンに染まっている。
より頼もしく、凛々しい容姿へ。
「血界魔装––––『雷轟竜の衣』!」
カレンと同じ系統の変身……、もはや別人レベルで魔力の質が上がっている。
見立て通り、彼女とほぼ同水準かそれ以上だった。
全く……相変わらずエンジン掛かるのが遅いんだよ。
魔導機兵軍団の魔法が、同じくしてこちらへ一斉発射される。
だが、俺はもう不安すら抱いていなかった。
ケッテンクラートの速度を上げて突っ込む。
「ありがとうアルス、やっぱアンタはわたしの特別……最高のヲタ友だ。これで少しでも––––竜王に近づけるなら」
杖を構えたミライは、文字通り残った全ての魔力を杖へ集中––––解き放った。
「レイド・スパーク……フルバーストッッ!!!」
発射されたミライ全身全霊の一撃は、相手の攻撃ごと魔導機兵軍団を跡形もなく吹っ飛ばした。
俺は生徒会長として、役員たちの可能性を信じる。
その方針に間違いがなかったことを、改めて確信した。
「さぁ、帰るぞ––––全員生きて王都にっ!」
全ての障害物を除去した俺たちは––––遂に地上へ飛び出した。