第74話・言っただろう、どんなに泣き叫ぼうと容赦しないって
瓦礫が飛び散る、俺は変身を維持したままゆっくり粉砕された玉座へ歩き寄った。
「魔法以外の技も覚えておいてよかったよ、かつて俺の近接特化エンチャントを付けていたお前だからこそ……近接勝負のみで圧倒すべきだと思っていた」
『ソード・パニッシャー』は、カレン&ペイン戦の後で習得していた。
休み時間にたまたま出会った、特別顧問のラインメタル大佐から教えてもらったもので、物理攻撃としては最大威力を誇る。
魔法の効かない対アリサ用だったが、結果オーライ。
ラントのスーツは砕け、ボロボロの上半身が剥き出ていた。
「ぬぅ……ッ、貴様、貴様ぁ……!」
アドレナリンのせいで痛覚が鈍っているのか、まだ身を起こそうとするラント。
俺は歩きながらハンドガンを抜き、わずかにスライドを引いて薬室チェック。
弾の装填を確認し、反撃しようと試みるヤツの右腕を撃ち抜いた。
「ぐおあぁあッ!!?」
ブローバックの反動と同時、血が溢れ出る。
下がりきったスライドが、再び弾丸を咥え込んで元の位置へ戻った。
セミオートマチック拳銃なので、もう次弾が撃てる。
苦しむラントへ銃口を向けながら、俺は冷たく見下ろす。
「っがああ! 右……いあ! 右腕がっ! っああぁあ!!」
「その人工宝具、誰から買い取った? ぜひ業者さんの方を教えてほしい」
「い……、言うわけないだろうバカがっ! お前みたいな卑怯者のズル野郎に渡す情報など––––」
発砲音が2回響く。
右腕のほぼ同じ箇所を狙われれば、人間は想像を絶する苦痛に襲われる。
案の定、涙目になったラントが声を震わせた。
「る、『ルールブレイカー』……だっ! 三大闇ギルドの一角……ミリアのヤツが接触した! 俺はただ流れで、また強くなれると聞いて……!」
「やっぱりそういう系か、もう一つ……誰にこの遺跡のことを聞いた? なぜ俺たちの動向を知っていた?」
あくまで事務的に、淡々と問い詰める。
視界の端で、無惨に気絶するカレンが映るたびに顔をぶち抜きたい衝動が襲った。
けどまだだ……。
ラントはしばらく渋ったものの、左腕に追加で風穴を開けられたことで抵抗を諦める。
「灰髪の女だ……っ! お前と同じ髪色の、たぶん14歳くらいだ! アイツが能力のマニュアルと一緒にこの遺跡やお前について教えてくれた!」
「名前は? っつーかそんな得体の知れない子供に魂売るなよ……どんだけラクしたかったんだ」
「があぁ……っ! 俺たちは能力を買っただけです! どうか見逃してください……! なんでもするっ、魂を売ってもいいのでぇッ!!」
泣き叫び、涙と鼻水で顔をグチャグチャにするラント。
つい数分前まで散々イキっていた男が、スーツを剥がれればこのザマか……。
数秒の沈黙。
何に期待したのか表情を醜く緩めたヤツへ、俺は銃口を向け直した。
「困ったらすぐ誰かへ売ってしまう安い魂なんざ、別にいらない。それに––––」
ミライの頬についたアザ、女性魔導士の腹を貫いた熱線跡、瀕死のカレンが視界に重なる。
「言っただろ、お前がどんなに泣き叫んでも––––––決して許しはしないッ」
ガバッと起き上がったラントが、鋭利な歯で俺の首元へ喰らい付こうとしてくる。
それより早く、残弾全てをヤツの心臓目掛けて発射した。
激しい発砲音と、硝煙が眼前を埋め尽くす……。
––––キィンッ––––!
拳銃がホールドオープン。
落ちた金色の空薬莢が、床を跳ねた。
ラント・ガスドックは、恐怖に引き攣った顔で俺を睨め付けていた。
胸のフェイカーが、途端に輝きを増す。
「助けてくれ……ッ、アルス!」
「……丁重にお断りする」
俺はヤツの体を思い切り蹴った。
吹っ飛んだ先––––フェイカーがラントの体もろとも大爆発を起こした。
持ち主が死にかけたら発動する、証拠隠滅用の炸裂魔法だろう。
俺は見届けるのもバカらしくなって、爆風を背に振り返った。
カレンをおぶったミライが、駆け寄ってきた。
「終わったの……?」
「始まった……って言った方がいいかもな、それより2人を車へ乗せるぞ」
「えっ?」
瞬間、遺跡中に大音量でサイレンが響き渡った。
耳をつんざくほどのボリュームで、女性のアナウンスが流れる。
『警告! 警告! ICBM発射サイロへの天使侵入コードを検知!! 全原子炉を緊急停止、非戦闘員は至急退避してください!』
すぐさま『広域探知』を発動。
施設内の壁から、膨大な数の魔導機兵が出現したのを確認した。
あらかじめラントが設定していた置き土産だ……、俺単体ならともかく。
「どうしよう……アルス」
未だ意識がないカレンと女性魔導士を、人数オーバーのケッテンクラートへ乗せる。
時間はもう残されていない。